Christmas special 2018
フカイ
第1話 イブの赤い川
赤いテールランプが数珠繋ぎに並んでいる。
環状線は今日も渋滞だ。
夜六時。
仕事を終えて、家に帰る男や女たちは、早く家族のもとに帰りたくって、うずうずしている。上空から見れば、その小さなうずきが夜のなかを連なる、赤い川となって見えるはずだ。
けれども彼らは、たとえば5月16日や、11月21日のように、どんよりしてはない。
だって今夜は12月24日だから。
全てのクルマのバックシートには、赤や緑にラッピングされた箱が積まれている。
ある箱は、両手で抱えるほどに大きい。
その箱の中には、一頭の木馬が分解されて入っている。その運転手の彼は家に帰ってから、何事もなかった風に家族と食事をとり、妻とともにひとり息子を風呂に入れ、寝かしつけるだろう。その後、バックシートにおいておいた箱を部屋に持ち込み、居間のクリスマス・ツリーの下においておくだろう。
朝になって、息子が起きて来たときに、彼が最初に見つけるのはその大きな箱のはずだ。彼と妻は大げさに驚いてみせ、サンタのおじさんの訪問の話をするに違いない。
そして朝食の後、土曜の朝、彼はスパナとドライバーを使って、サンタさんからの贈り物を組み立てることになる。組みあがった木馬にのって、嬉しそうに前後にゆれる息子の写真を撮るとき、彼と妻の胸は、あたたかくときめくだろう。家族、という枠組みをこのうえなく尊いものだと、彼らは思うはずだ。
ある箱は、クルマの助手席に置かれたアタシェ・ケースの中にしまわれている。
運転手の彼が、お金を貯めて買ったプレゼントだ。細長いビロード布の箱に収められたそのプレゼントは、彼が生まれて初めて、たったひとりで入った宝石店で買い求めたものだ。その店に入ったときの自分のことを、彼は何度も思い出す。
慣れない店の敷居をまたぐだけで、のどがからからになって、手に汗がにじんだものだ。でも精一杯、世慣れた大人を装って、彼は店員を呼んだ。慇懃なスーツ姿の女性店員は、彼の緊張を察し、なるべく優しくおだやかにたずねた。「プレゼントですか?」彼はうなずき、そしてキラキラと輝くショーケースを見つめた。
長く交際したガールフレンドへの、一番高価なプレゼントだ。一粒のダイアモンドが、プラティナのリングに収められ、そのリングを中心にすえた、シンプルだけどとても美しいネックレスを、彼は買い求めた。リングの裏側には、親密な言葉で、メッセージを彫りこんでもらった。
今日は外食をやめて、彼女の部屋で過ごす予定だ。彼女は今日は早めに帰宅し、彼のためにとても立派なご馳走を作っているはずだ。ふたりの、心づくしのプレゼントを贈りあい、夕食後、彼は彼女を街の教会に連れだそうと思っている。揺れるろうそくの炎をみながら、彼は今夜、彼女に人生を捧げる言葉を告げるつもりだ。
彼女は、渋滞の中からスマートフォンで、
ママは急いで帰るので、もうすこしだけ待っていて欲しいと、保育士を通して娘に伝言した。彼女の自動車の助手席には、小さな箱と、大きな箱のふたつが置いてある。大きな箱には、街の洋菓子屋で予約しておいたクリスマスケーキが入っている。
母子ふたりの家庭ではフルサイズは食べ切れないので、今日は3インチの小さなものを買い求めた。小さな方の箱には、
生活に余裕がなく、彼女はいつも仕事につぐ仕事の生活を送っていた。普段はこうしてデイタイムの仕事を終えて帰宅し、娘と食事をとってから、オンラインでのパート仕事をこなす日々だ。だから娘がいい気になって電話をかけすぎると、かなり家計にひびくのは分かっていた。けれど、娘自身が何度もせがみ、彼女もいつかはいつかは、と思っていたのだ。確かにセル・フォーンは確かに子どもにはあぶないこともあろう。けれど、それよりもいつでも娘とつながっていられる安心感を、彼女は自分自身のクリスマス・プレゼントとしたかった。
環状線の渋滞の中で、すべてのクルマの助手席やバックシートやトランクは、誰かへの想いでいっぱいだ。
小さな箱も、大きな箱も。軽い箱も、重い箱も。高い箱でも、安い箱でも、どれもが、運転手から大切な誰かへの、心のこもった贈り物だった。
赤いテールランプの川は、同時にあたたかな、思いやりの川だった。
誰かが誰かのために生きる日。
誰かが誰かのことを思う日。
大切な誰かのために、誰もが家路を急ぐ。
イブの日の環状線は、いちばん身近な誰かを想うドライバー達の気持ちが連なる、赤い川だった。
#クリス・レアの「driving home for christmas」のためのBGM
https://www.youtube.com/watch?v=2JAQPZfycgk
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