第41話 ほんのおねえさん

 ここは渋谷のNHKのスタジオ。

「みんな! ほんのおねえさんが始まるよ!」

 谷子が本を読む、ほんのおねえさん。2チャンネルEテレで絶賛放送中。1チャンネルで他局から血塗れの進撃の巨人を強奪するくらいだから、教育チャンネルでほんのおねえさんが放送されても問題は無いレベルだろう。

「みんな! お正月はゆっくりできたかな? 100才のおばあちゃんがお餅を喉に詰めて死にかけたから、良い子のみんなはお餅を食べる時は細かく切ってから食べてね。」

 やはりほんのおねえさんは、良い子の見る番組なので、人に優しい。高齢者社会ということもあり、NHKニュースの「ストップ! 詐欺被害! あなたも騙されない!」注意喚起と、大人と子供が見ても安心できる正義貫徹の朝ドラのような番組である。大人が子供に見せても安全な内容を、放送倫理を徹底しているだろう。

「今日の本は、魔法少女エルメスちゃん! 遂にほんのおねえさんが書きあげたわよ! それでは早速、読むから、みんなは聞いていてね。それではみんな、せいの、合言葉は、本が大好き!」

 こうしてスタジオのライトは消され、ほんのおねえさんだけに照明が当たる。ほんのおねえさんの世界に視聴者は招待される。ほんのおねえさんの声は心地良いf分の1のゆらめきで、聞いている大人も子供もお姉さんも現実を忘れ、まるで自分が本の世界にいる気持ちになる。


 2019年。新しい年がやってきました。

「ああ、今年も私は一人でお正月を過ごしている。さみしいな。」

 一人のおばあちゃんがいました。一人暮らしで、子供も孫もお正月になっても故郷には帰って来ません。

「食べきれないから、おせち料理も作らないし、黒豆をパックで買っただけ。はあ~。私はこのまま一人で死んでいくのね。」

 歳をとると家からも出ず、ただただ自分の寿命が尽きるのを待つばかりでした。これは何もしていない若い人も同じ気持ちですね。

「あ!? そうだ! お餅を買ったのよ! お餅を焼いて、お正月ボッチを楽しみましょう!」

 おばあちゃんはお餅を買ったのを思い出し、オーブントースターで焼いて食べようとします。

「お餅。」

 この時、おばあちゃんは何かを思い詰めたように考えてしまいました。

「お餅が膨れてきたわ。おいしそう。」

 おばあちゃんはお餅を見つめながら笑顔で涙を流します。

「私はお餅を食べて、眠りにつきます。これで、もう、一人で寂しい思いをしなくてもいいんだ。おじいさんは天国で私を待っていてくれるかしら。」

 おばあちゃんは箸でお餅を持ち、大きなお餅を口の中に入れる。

「う!? 苦しい!?」

 これがお正月に多い、高齢者のお餅を喉に詰まらせた自殺の真相である。2時間サスペンスの脚本家も思いつかないミステリー脚本。

「バタ。」

 おばあさんは床に倒れてしまいました。しかし、おばあちゃんは幸せそうな笑顔でした。

 めでたし、めでたし。


 ここは渋谷のNHKのスタジオ。

「ごめんなさい! 魔法少女エルメスがお餅を詰まらせたおばあちゃんを助けるという良いお話にしようと思ったんだけど、あまりにも傑作過ぎて「お餅を喉に詰まらせた、幸せなおばあちゃん」が出来てしまった。うるうる。」

 ついついほんのおねえさんも本を読みながら涙を流している。魔法少女エルメスなどというアメリカンジョークドラマのような悪ふざけが出来なかった。短編コンテストに応募しておこう。

「みんな、読書、最高! うるうる。またね。うるうる。」

 視聴者は涙を流し、ほんのおねえさんの好感度もアップ。NHKには、ほんのおねえさんに対する苦情と賞賛の電話が3日間鳴り響き、SNSも大炎上、職員は過労死寸前。日本政府も急遽、各地方自治体にお正月休み返上の高齢者の生存確認のために公務員の職員のお宅訪問を義務化を決定した。


 つづく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る