第27話 2018大晦日

 ここは渋谷のマンション。

「大晦日!?」

 9才の谷子は忙し過ぎて、大晦日があることを忘れていた。

「しまった!? 忘れてた。」

 谷子は本を読むことに夢中になり過ぎて、12月31日になっていることに気づかなかった。

「お餅を喉に詰めると救急車ですよ。2019年のお正月の迎え方。」

 ちなみに谷子が読んでいた本である。

「お父さん、お母さん、今年もありがとうございました。来年もよろしくお願いします。」

 谷子は慌てて両親に挨拶をする。

「何を改まってるの? ことあり、あけおめ、ことよろでいいのよ。」

 母、谷代は元渋谷ギャル。言葉を短縮して使うことは得意だった。

「それでいいの!?」

「いいのよ。お父さんは明日が早いから、もう死んでるから起こさないでね。」

 父、谷男は年賀状の配達があるので大晦日は紅白歌合戦も見ないで、布団を引いて眠りについている。

「はい。」

「谷子、大家さんのおばあちゃんの家に避難しよう。」

 渋井家は、生活リズムが不規則な郵便配達員の父を残し、大家さんのおばあちゃんの家に行く。渋井家の大移動。毎年の恒例である。

「今年もありがとうございました。」

「いいんだよ。堅苦しい挨拶は。」

 大家さんのおばあちゃんは気軽に渋井家を受け入れてくれる。毎年のことなのでもう、慣れているのだ。

「さあ、なんでもいいよ。今日は、どんな年越しそばをデリバリーしようかね?」

 大家さんのおばあちゃんの松トウは一人暮らしをしているので、谷子たちが遊びに来てくれるのが嬉しい。

「伊勢海老の年越しそば!」

「私はキャビアとフォアグラとトリュフの乗った世界三大珍味年越しそば!」

「谷子ちゃんはいいけど、谷代さん、あなたは遠慮しなさいよ。」

「すいません。つい。」

「まあ、いいわ。大晦日だし。」

 大家さんのおばあちゃんはお店に電話をかけ始める。

「もしもし、渋谷軒さん。私だけど。普通の年越しそばを1つ、伊勢海老の年越しそばを1つ、キャビアとフォアグラとトリュフの乗った世界三大珍味年越しそばを1つ。よろしくね。え? 急に言われても困る? 私も今、急に言われたのよ。あなたたちが作ってくれないと困る。え? 無理? あっそう。いいのよ? 人通りの多い場所だから借りたいっていう人は多いのよ。もちろん店を明け渡して立ち退く覚悟はできているんでしょうね? え? 今から伊勢海老を釣りに行って来る? 出来るんじゃない。それなら最初っからやりなさいよ。年が変わる前には届けてね。よろしくお願いします。」

 こうして電話は切られた。

「良かったわね。希望の年越しそばが今年中に届くわよ。」

「やったー! 伊勢海老! 伊勢海老!」

「なぜにラーメン屋さんで年越しそばなんですか?」

「私の道玄坂のテナントビルの1階で店をやっているんだもの。オーナーの命令は絶対なのよ。これ不動産の常識。」

 大家さんのおばあちゃん。孫のような谷子には優しいが、その他の者には厳しいのだった。

「さあ、年越しそばが届くまでに、後6時間はあるから、紅白歌合戦でも見て、ゆっくりしましょうか? もしお腹がすいたら、ホテルからシェフでも読んで、お好み焼きを鉄板で焼いてもらいましょう。」

「やったー! 鉄板焼きだ!」

「神戸牛のサイコロステーキもお願いします!」

「谷代さん、あなたは遠慮しなさいって。」

 母、谷代は谷子のお母さんでなければ、来年は冷たい東京湾に沈められて迎えることになっただろう。


つづく。

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