ファンタジーではなくなった

半間 蛇九

第1話

 1999年、ノストラダムスの言った恐怖の大王が地球に現れることはなかった。

『神』は現れたけどね。



 ●



 1999年、この世界の常識がかわる瞬間は唐突にやってきた。

 世界各国で今まではファンタジーの世界の住人だった『妖怪』、『神』、『悪魔』、そのた諸々全ての空想上の存在が確認された。

 いや、空想ではなかったようだが。


 世界は阿鼻叫喚、様々な問題が起こったらしい。

 そりゃそうだ。

 夢見がちな人々は歓喜し、科学者は発狂。

 幸いだったのは、空想上だった存在が基本的に友好的な存在だったことだろう。

 解剖大好きな過激派人類は多少いたらしいが、ファンタジーには勝てなかったらしい。


 今では小学校の授業でも習う歴史の復習だ。

 その頃はいろいろと大変だったらしいが、100年も昔の話だ。

 今ではもうすっかり世間も落ち着いた。

 だから手に汗握るバトルファンタジーなんて期待されても困る。

 これはごく普通の高校生が送る、ありふれた日常の物語なのだから。



 ●



 あーあ、どこかにおっぱいの大きいエルフでも行き倒れてねーかなー。

 ……まぁ、そんなラノベみたいな展開ないってのはわかってるんだけどね。

 しかし、俺は健全な男子高校生。青春真っ盛りの妄想が爆発するのも無理はないでしょう。

 エルフが無理なら今なお根強い人気を誇る某名作よろしく、宇宙人のお姫様が裸で目の前に現れてくれてもいい。

 父さんが隠していた秘蔵コレクションの中からあれを見つけたときは正直引いたけど。


「……アンタそのうちホントに通報されるわよ」


 毎朝の日課である俺の妄想タイムを邪魔するのはこいつの義務かなんかなのか?

 狐耳を頭につけ、4本とサイズが半分の1本、合計4.5本分の微妙な量の尻尾をなびかせる幼馴染がそこにいた。


「ん?そのあからさまなツンデレボイスは理恵じゃないか、相変わらず残念なおっぱいしてんな」



 思ったより飛んだ。



 ◯



 その時の様子を、後ろを歩いていた先輩カップルはこう語る。



「どうせ太郎のヤツが理恵に胸のことでも言ったんでしょう、いつものことよ」


「今日はよく飛んだな!あれだけ飛ぶのはなかなか見れないぞ」



 ◯



 体の芯に響く恐ろしくいい一撃だった、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 学校と真逆に飛ばされた上に、パズルよろしく木に引っ掛かったせいで、いつもより時間をとられて遅刻した。


「すいません、道路を横断しようとしているおっぱいの大きいエルフのお姉さんの荷物を持つのを手伝っていて遅刻しました」


「留年したくなかったら今すぐ両手に水を満タン入れたバケツ持って廊下に立ってろ」


「任せてください!いつもやってるんで得意です!」


「じゃあ頭にもバケツ追加な」


 慈悲はなかった。

 原因の一旦である理恵は頬杖ついて校庭を眺めていた。

 なんだ、校庭になんかいんのか、巨乳か、巨乳でもいんのか。



 視認できないスピードで消しゴムが飛んできた。



 ●



 授業が6つあって半分以上の時間を廊下で過ごした、おかしいねぇ。


「あんた授業中にふざけなきゃ死ぬ呪いでもかかってんの?」


「失敬な、俺はいたって真面目だ」


「今すぐ医者行ってこい」


 やだ、私の幼馴染、辛辣。

 いつからコイツはこんな女になってしまったんだ、小学生の頃はかわい……いや、変わってねぇな。


「私は部活行くけどアンタは?」


「俺はこれからGTOに、反省文を提出しに行くから遅れる」


「あぁ、昼休みに騒いでたあれね。Tuitterで微妙にバズった木に卍型に絡まったアンタの動画だっけ」


「そのおかげで朝の嘘がバレちまったからな、提出しねーと親に報告するって脅された」


「だからって午後の授業いっぱい書くものじゃないでしょ、馬鹿じゃないの?じゃ、先行ってるから」


 罵倒だけして去っていったなあの貧乳。

 だから貧乳なんだよ、巨乳の包容力がねーもんあいつ。



 指弾だとッ!?



 ●



「鬼塚先生、反省文を提出しに来ました」


 相変わらずの強面な女教師がそこにはいた。

 鬼のハーフであることを証明する角が今日も立派です。


「田中か……おい、その手に持った原稿用紙の束はなんだ」


「反省文です」


 なんだその異様なものを見る目は。

 先生の言った通り、原稿用紙10枚以上書いてきたのに。

 なぜそんな深いため息をつきながら頭を押さえている?


「……ちなみに何枚ある」


「150枚ありますね」


「……内容は」


「序盤は嘘をついた事に対する謝罪、それ以降は動画のバズり方が中途半端だったので、その理由に対する自分の考えと、その対策案をひたすら上げて、その中でも実現可能なものを……」


「もういい……それを渡せ」


 なぜかご立腹のようなので大人しく手渡した。

 なぜだろう、太郎ぜんぜんわかんない。


「ウガァァァァァァァァッッッ!!!」


 絶叫しながら原稿用紙の束を破り捨てる鬼がそこにいた。

 と、同時に後世に残すべき名作がゴミと化した瞬間だった。

 フシューって息吐くのやめて欲しい、命の危機を感じる。


「……今すぐ目の前から消えるか、挽き肉みたいになるか選んでいいぞ」


「これにてドロン!」


 クラウチングスタートの構えをした瞬間、頭上でビュウォッッッ!!!って空気の流れを感じた。

 後ろを見ると、青筋を立てて口から白い息を吐きながら、腕を振り切った体制の鬼がいた。

 本格的に命の危機を感じたので全速力で走った。

 マジ走った。






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