第35話 深層解明

「だーれだ」


 喫茶店で桜木さくらぎと別れ、帰路へとついた俊平しゅんぺいは、駅通りの往来で、突然何者かに背後から目隠しをされた。背伸びした背丈感と声から、それが誰なのかは直ぐに分かった。


朱里あかりちゃん」

「正解」


 目隠しを取り、高梨たかなし朱里あかりは即座に俊平の正面へと回り込んだ。

 トレードマークでもある赤縁の眼鏡は、今は着用していない。制服もやや気崩しており、普段は一番上まで止めているブラウスのボタンも緩め。

 明るい声色は裏腹に、口持ちに笑みはない。瞳には無邪気さと冷静さが混在した好奇の色が宿っており、今の朱里は普段とは明らかに雰囲気が異なっている。


「イメチェン?」

「というよりも、こっちが素の私かな。学校や、友達と会う時以外はいつもこんな感じ」

「それはそれでいいんじゃない。俺は嫌いじゃないよ」

「俊平先輩のそういうところ、私も嫌いじゃないよ」


 口調までも変わっている朱里を前にしても、俊平は動揺一つ見せずにいつもの調子でそう返す。


「それで、俺に何か用?」

「少し俊平先輩とお喋りしたないと思って、学校からつけてきたの。もちろん、桜木先輩とのデートも目撃済みだよ」

「そいつは好都合だ。俺も、君とは一度しっかり話をしてみたいと思ってた」

「気が合うね」

「まったくだ」


 お互いに作り物染みた笑みを浮かべて皮肉を交わす。

 

「往来でする話でもないし、場所を変えようよ」

「いいだろう」


 〇〇〇


 二人は駅通りを抜け、高校にも近い児童公園へと場所を移した。

 薄暗くなった公園にはほとんど人気が無く、少し前まで溢れていただろう子供達の活気は微塵も感じられない。

 

 静寂に包まれた公園は、内緒話をするにうってつけだ。

 朱里はブランコに、俊平は近くの手すりに腰をかけて話題を切り出す。


「私の素に、大して驚いてないみたいだけど、いつから純朴眼鏡っ娘が仮面だと気づいてたの?」

「確信は今の今までなかったさ。ただ、始めから警戒はしてたから、いざこういう事態になっても動揺しなかっただけだ」

「どうして警戒を?」


「人のダークサイドを覗き見ることを活動内容とする『深層しんそう文芸部ぶんげいぶ』の部員って時点で、警戒する材料は十分だろう。御影みかげに関してはたちばな芽衣めいの死の真相を知りたいという根底があるが、君の、友人を思っての所属というのは理由として少々弱い。所属理由はもっとシンプルに、活動内容が自分の趣味嗜好と一致するから、という可能性を俺は考えていた。もちろん、印象通りの、友達思いの純朴眼鏡っ娘だというならそれならそれでも良かったけど、結果は御覧の通りだしな」


「初対面の時のデレデレは?」

「言っただろう。君が印象通りの友達思いの純朴眼鏡っ娘だというのなら、それならそれでも良かったって。あれは一応俺の素だよ」


 笑顔のまま俊平は平然と言ってのける。穏やかな雰囲気ながらも決してペースを握らせない。


「油断ならない人。私みたいな美少女が手を握ってきても、大して緊張もしてなかったくせに」


 繭加と桜木さくらぎ志保しほを尾行し、恋人の振りをして手を繋いで歩いた時のこと。

 あれは朱里の悪戯心から出た提案だったのだが、同年代の男子なら絶対に意識するであろう状態を俊平は平常心で、手汗一つかかずに純粋な作業としてやってのけた。

 俊平が女の子慣れしたプレイボーイだというのならともかく、藤枝と違って良くも悪くも女性関係の噂はまったく聞こえてこない。かといって、女性に興味が無いとも考えにくい。だとすれば残される可能性は、美少女に手を握られた程度じゃ動じない、なにか強い思いが俊平の中に存在している場合。例えばそう、この場にいない誰かに向けた強い愛情のような。


「確かに君はとても可愛いらしいけど、今更、君に手を握られたくらいじゃ緊張しないさ。あくまでも俺の価値観だから悪く思わないでほしいが、俺は君以上に魅力的な女性をよく知っている。ちょっとやそっとじゃ、俺の気持ちはどこにもなびかない」

「橘芽衣さん?」

「正解」

「片想いとかじゃなくて、?」

「正解」


 俊平は笑顔で頷いた。


「そろそろ本題に入ろう。君はどこまで知って、いや、推測している?」

「言い直すなんて意地悪だね。まあいいか」


 ブランコから着地し、朱里は手すりに腰掛ける俊平と至近距離で向かい合う。


「私が俊平先輩に疑念を抱いたのも初対面の時、より正確には、繭加ちゃんから先輩のことを聞かされた時かな。先輩は橘芽衣さんと近しかったって話だし、藤枝以外にもう一人異性の存在があるとすれば、それは先輩なんじゃないかと睨んでた」

「そう考えるに至った理由は?」

「先輩、橘芽衣さんの日記の現物を見たことは?」

「まだない。御影から内容を少し聞いたくらいだな」

「私はね、繭加ちゃん立ち合いの下で、一度だけ、ザっとだけど現物を見せてもらったことがあるの。私、記憶力には自信があってさ。日記の内容は記憶済みなんだ」

「恐ろしい話で。君の前じゃ迂闊に弱みは見せられないな。それで、肝心の日記の内容とは?」

「橘さんって不思議な日記の書き方をする人でさ。日記の中に個人名は登場せずに、彼や彼女みたいな三人称で書かれているんだよね」

「よく本を読む人だったし、日記も一つの物語と捉えていたのかもしれないな。基本的に自分以外の誰かに見せるものじゃないし、自身の記憶と一致さえすれば大きな問題もないし」

「なるほど、そういうことか。流石は元恋人」


 疑問が一つ晴れ、朱里は大仰に手をポンと鳴らした


「中学卒業頃を境に、日記には頻繁に『君』と呼ばれる人物が登場する。当初はこれが藤枝だと思ってたけど、四月に差し掛かると『君』とは別に『彼』が登場するようになった。だんだんと日記の更新頻度が減り、内容も支離滅裂になっていく。単なる気まぐれや書き間違いとも考えられるけど、もっとシンプルに『君』と『彼』、二人の男性が存在していたとすればしっくりくるんだよね。私の推理だと、『君』が俊平先輩で、『彼』は藤枝」


「たぶん正解だと思う。俺は現物を見ていないが、時期的に考えて『君』は俺だろう。本人談によると藤枝は、高校入学後に橘芽衣にアプローチを開始した。四月に登場した『彼』はあの人で間違いないだろうな」

「経緯を聞いても?」

「自分語りなんて柄じゃないが、たまにはいいか――」


 過去に思いを馳せるかのように静かに目を閉じ、俊平は記憶の中の橘芽衣と再会する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る