真相編

第28話 俺はあなたの味方じゃない

「話って何だい、繭加まゆかちゃん」


 決戦の日に選ばれたのは、たちばな芽衣めいの命日から三週間が経った5月28日であった。


 放課後を利用して、繭加の方から藤枝ふじえだを校舎の屋上へと呼び出した。

 藤枝の表情にはまるで警戒心が浮かんでいない。これまでは距離を詰めることをあまり好まなかった、繭加の側からの初めての呼び出した。その姿はむしろ上機嫌だった。

 

 これから自身のダークサイドが暴かれるとも知らぬ男の姿は、神の視点ならば道化としか映らぬであろう。


「それは、全員が揃ってからです」

「全員って何? 君が話があるっていうから来たのに、他にも誰か来るってこと?」


 藤枝の脳内に疑問符が湧き上がるも、質問を紡ぐ間もなく、残る役者も舞台に揃うこととなる。繭加にとっては心強い協力者たち。藤枝にとって招かれざる客といったところか。


「どうもです。藤枝さん」

「初めまして。お邪魔虫なのは百も承知ですので、私のことはあまり気になさらず」


 やや遅れて、朱里あかり俊平しゅんぺいが屋上へと登場。自分の出番はないからと、朱里はそそくさと隅へとけた。

 俊平は荒々しく扉を閉めると、逃がすつもりはないと言わんばかりに、両手をズボンのポケットへと突っ込んだまま、扉へと背中を預ける。


「見知らぬ女の子が入って来たかと思えば俊平まで。いったい何事だい?」


 困惑しながらも、藤枝はまだそこまで危機感は抱いていないようだった。

 気心知れた後輩である俊平の存在が大きいのだろう。藤枝の俊平に対する信頼はそれだけ強いものだ。

 

 これから、この場で最も信頼している人間から敵意を向けられようとしている。信頼も今となっては皮肉なものだ。


「私と藍沢あいざわ先輩は同盟ですので、こうして共に真実を究明することは当然の流れなのです」

「繭加ちゃん。一体何を言っているんだい?」


 不愉快そうに藤枝がまなじりを上げた。これまで何でも思い通りにしてきた者の高慢さか。置いてきぼりが不愉快のようだ。


「私達はずっとあなたのことを調べて回っていました。あなたのダークサイド、心の闇を覗き見るためにね」

「君や俊平が、僕を調べていた?」


 寝耳に水。今この瞬間まで、その可能性はまったく疑っていなかった。


「一体、僕の何を調べるっていうんだ?」

たちばな芽衣めいの死の真相ですよ」

「……橘芽衣……だと……」


 藤枝は緊張から瞬きの回数が増え、生唾を飲み込んでいる。

 表面上は平静を装っていた藤枝が目に見えて動揺を露わにした。

 橘芽衣の名を出した瞬間の目に見えた変化。すでに十分に蓄えた確信が、さらに強まっていく。


「君は一体何者なんだ?」

「私、御影繭加は、橘芽衣の従妹ですよ」

「き、君が……橘くんの……身内」


 初対面時に俊平に対して言ったのと同様の台詞とトーンで繭加は微笑む。

 その言葉も、受け止める側によって意味は大きく異なる。

 俊平にとっては驚きと共に興味の対象でもあったその告白は、藤枝にとってはただただ恐怖でしかないようだ。呼吸がそれまでよりも荒くなり、焦りは汗粒となり頬を伝い落ちている。


「俊平! これはどういうことだ?」


 繭加を直視することを恐れ、藤枝の視線は関係の深い俊平の方へと向く。

 中学時代から仲良くやってきた先輩後輩だ。彼ならばきっと、自分を無碍に扱うような真似はしないはず――


「御影の言った通りです。俺達は橘先輩の死の真相を明らかにすべく、あなたを探っていた」

「俊平……」

「はっきり断言しておきます。俺はあなたの味方じゃない」


 凍てつく眼光と共に放たれた、突き放すかのような「あなた」という言葉。

 何時だって目上の者への敬意を忘れず、「藤枝さん」と呼んでくれた俊平からのその言葉は、事の深刻さを藤枝へと痛感させた。

 この場に味方など一人もいない。頼れる後輩が敵に回った以上、それは最も警戒すべき脅威の誕生に他ならない。


「ホストは私です。目を逸らされるのは、いささか不愉快ですね」


 俊平を見つめる藤枝の視線へと割って入り、繭加は藤枝を見据える。

 口元に浮か微笑みは妖艶で、黒髪と色白な肌の印象も相まって、魔女の誘惑のようにも映る。


「……何が聞きたい?」


 この眼差しからは決して逃げられない。追求を逃れることを諦めた藤枝は、観念したかのようにその場へと座り込んだ。状況にストレスを感じているのだろう。苛立ちを表すかのように、右手で無造作に髪をかき乱している。

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