第27話 頃合い
「
「誰ですか?」
「俺だよ」
「俺さんなんて知り合いはいません。ひょっとして詐欺ですか?」
「優しい先輩の藍沢俊平でございます。これでいいか?」
「何だ、藍沢先輩だったんですか、一瞬、誰かと思っちゃいましたよ」
「嘘をつくな嘘を。固定電話ならまだしも、携帯にかけてるんだから、誰からの着信か出る前から分かるだろう」
「詐欺の件は冗談ですが、声を聞くまで誰からの着信か分からなかったのは本当ですよ。先輩の連絡先をふざけた名前で登録したままなのを忘れていまして、一瞬、混乱してしまいました」
「何だそれは。ちなみにふざけた名前って?」
明日学校で顔を合わせたら、それをネタにからかってやれと、悪戯心で追及するが、
「お兄ちゃんハートマークで登録したままになっていました。知らない内に兄が出来たのかと、一瞬戸惑ってしまいました」
「もはや懐かしいネタを引っ張り出しやがって」
激動の数週間を経た今。初対面の時の、呼び名を決める際の問答もいまや懐かしい。
「登録名、ちゃんと変えておけよ?」
「はい。しっかりと」
「兄上に変えるなよ? 古風にすればいいってもんじゃないって」
「先輩はエスパーですか?」
――いやいや、本当にそうする気だったのかよ。
電話越しに大きな溜息をつきながらも、次の瞬間には俊平は表情を引き締めていた。
おふざけはここまで。ここから先は、二人にとってとても大切な話の時間だ。
「いい加減本題に入らせてもらうが、今し方、藤枝と親しい中学時代の先輩と会ってきた。色々と興味深い情報を得られたよ」
「情報とは?」
話題の転換に、流石の繭加も気を引き締めたようだ。電話越しの吐息には、新たな情報への期待と不安が混じっている。
「藤枝と橘先輩は交際していたらしいが、僅か半月ほどで橘先輩の方から交際を解消。橘先輩の死は、交際解消から間もなくのことらしい」
「それが事実なら、芽衣姉さんの死の原因が藤枝との交際にあった可能性は高いですね」
「時期が時期だからな……」
駅前の雑踏を眺めながら、俊平はしばし思案する。
今回得られた情報は大きいが、同時に手詰まり感も感じる。
藤枝の被害者の一人である
所詮は警察でも探偵でもない高校生グループによる調査活動。情報収集もそろそろ限界だろう。
当事者である橘芽衣がもうこの世に存在しない以上、残る当事者は限られている。
遅かれ早かれそうする予定だったのだ。そろそろ頃合いかもしれない。
「御影。可能な限り情報もそろえた。ここらで決定的な証言が欲しいところだ。思い切って本人に問いただしてみないか?」
「私も同じことを考えていました。藤枝の彼女の振りも疲れてきましたしね。ジョーカーを切るにはいい頃合いです」
「意見の一致とは珍しい。明日は雨だな」
「残念ながら、明日の降水確率はゼロパーセントですよ」
互いに軽口を叩くのは余裕の表れか、あるいは余裕が無いがための強がりか。
少なくとも俊平の瞳に宿るのは、狩人の如き鋭い眼光であった。
「さてと、忘れずに買い物買い物」
通話を終えた俊平は、駅前の家電量販店の方へと消えていった。
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