第16話 作戦会議

「それでは、藤枝ふじえだ耀一よういちのダークサイドを探るための作戦会議を始めましょう」


 そう言うと繭加まゆかは、足元に置いていたリュックサックから取り出した、ダークサイドの記されたファイルや大量の写真を机の上に並べていく。


「ここに並べたのは、私がこれまで収集してきた藤枝に関する情報です。作戦会議をする上での参考にしてください」

「よくもまあ、こんなにたくさん」


 机に並べられた情報量はかなりのものだ。流石に本業の探偵や興信所などには及ばないものの、これを女子高生一人でやったのだから大したものだ。


芽衣めい姉さんのためですから」

「そうか」


 確かに、人のダークサイドを見ることは自体は繭加の趣味には違いない。だが、今回の対象者である藤枝燿一は、たちばな芽衣めいの死に大きく関係しているのだ。趣味とは異なる感情も強く働いているのだろう。真実を求める探究心、大切な人の死の原因を作った相手への復讐心、その両方が繭加の原動力となっている。


「実は俺も、藤枝さんについて少し調べてみた」

「早速情報を集めてきてくれるなんて、熱心ですね」


 繭加は目を見開き驚きの表情を浮かべている。協力関係にあるとはいえ、俊平しゅんぺいがここまで積極的に藤枝に関する情報を入手してきたことが意外だったからだ。


「藤枝さんと付き合っていた女子生徒を一人発見した」

「本当ですか!」

「なるほど、そういう反応か」


 これだけの情報を集めておきながら、桜木さくらぎ志保しほの存在を知らないというのは少し意外だった。となると、昨日のやりとりに幾つかの疑問が生じてくる。


御影みかげ、俺を焚きつけるために昨日は少し話を盛ったな?」


 情報量からして、繭加が藤枝に狙いを絞ったのは事実だろうが、少なくとも悪評を裏付けられる程の情報はまだ得られていないのだろうと推測した。


 昨日の会話の中で、俊平が藤枝の知人であることは早々に繭加に知れた。それを受けた繭加は藤枝が黒であると強調し、俊平の心にある藤枝に対する疑念を刺激したのだ。一度着火した疑念の火は、記憶の導火線を辿って印象的だった出来事を思い起こさせる。思考は疑念の火をより激しく延焼させた。

 駄目押しで、繭加が情報の肯定という形で油を注いだ。これでもう、俊平の中の疑念の火は当面鎮火することはない。


 結果、疑念を抱いた俊平は能動的に働き、独自のルートで繭加も掴めなかった新たな情報を入手してきた。繭加の目論見は大成功だったといえるだろう。

 

「藍沢先輩は鋭いですね。少々手詰まり感があったので、先輩の顔の広さに頼らせていただきました。知人が絡んでいるのなら、強い確信があるように見せかけなければと思いましてね」

「……その場で見抜けないとは、俺も間抜けだな」


 悪びれる様子もなく、繭加は屈託のない笑みで白状する。

 そんな繭加を前にしても、俊平は怒るような様子は見せない。昨日の話が完全に繭加の想像であり、藤枝が潔白であったなら俊平も怒り心頭だったろうだが、結果的に藤枝の悪評は恐らく事実で、繭加の盛られた話を裏付ける結果となった。多少は不愉快でも、藤枝に対する失望感の方が強く、怒りが表面化してこない。


「それで、手詰まり感というのは?」

「悪評について確信を深めつつも、実際の被害者の特定に至らず悩んでいたところなんです。内容が内容だけに、なかなか個人情報までは入手出来ませんから。入学一ヶ月の一年生の身分では、先輩方に質問しずらいですし。友達も朱里あかりちゃんしかいませんし」

「そ、そうか」


 余計な事を言ってしまったような気がして、俊平は苦い顔をする。

 ともあれ、俊平が今から話そうとしている情報は、繭加にとっても有益な物のようだ。


「それで、その女子生徒というのは?」

「言う前に一つ条件がある」


 俊平が右手の人差し指を立てると、繭加と朱里は同時に首を傾げる。


「その女子生徒に話を聞く時は、節度を弁えて相手の気持ちを順守すること。相手が嫌がったら無理に聞かない。これが条件だ」


 砂代子さよこ達が危惧していた通り、桜木志保から藤枝に関する情報を得るということは彼女の傷を掘り返す行為に他ならない。情報を得ることを前提としている時点で、すでに砂代子達との約束は破ってしまっているが、必要以上に桜木志保を傷つけないように配慮することが、俊平のせめてもの心遣いであった。


「分りました、その様にしましょう。私の目的はあくまでも、藤枝の本性をあぶり出すことにありますから」

「俊平先輩に賛成です。出来れば誰にも傷ついてほしくありません」


 繭加と朱里が頷いたところで、俊平は言葉を続ける。


「名前は桜木志保。俺と同じ二年生だ。藤枝さんとは先月まで付き合っていたらしいが、どうやら何股か掛けられていたらしいな。詳しい事情は友達にも話していなかったみたいで、真相は本人のみぞ知るところだ」


 情報元が砂代子と亜季あきだということは語る必要が無いだろうと判断し、名前は出さなかった。それを知ったところで繭加と朱里が何かをするとも思えなかったが、可能な限り砂代子と亜季は今回の一件からは遠ざけておきたかった。約束を破り、第三者に桜木志保の名前を漏らしてしまっているという罪悪感もある。


「桜木志保さんですか、うまくお話しを聞ければ、藤枝の正体を暴く突破口になるかもしれませんね」


 繭加は顎に手を当て考え込んでいる。どうやって桜木志保から情報を聞き出すのか、早速そのシュミレーションを始めているようだ。


「普通に考えたら、見ず知らずの人に恋愛絡みの嫌な記憶を快く話してはくれないよね。少なくとも私なら嫌だな」


 険しい顔をして朱里は繭加に指摘する。

 友人である繭加に対しての発言なので、俊平と話す時と違って言葉使いが柔らかい。


「私達一年生組が話を聞くのは、なかなか大変かもしれませんね。朱里ちゃんの言う通り、見ず知らずの、ましてや入学間もない一年生に、そんな話を打ち明けてくれるとは思えません」

「確かにな」


 接し方にもよるかもしれないが、面識の無い人間が突然失恋話など振ったら、相手に不快感を与えてしまうに決まっている。


「俊平先輩が聞き出すことが出来ないんですか? 先輩は交友関係が広くて、コミュニケーション能力も高いと繭加ちゃんから聞いてますが」

「お褒めに預かり光栄だけど、それは厳しいだろうな。俺も直接の知り合いってわけではないし、内容的に異性には特に言いにくいだろう」


 口にした理由はもちろんだが、本音を言えば情報源である砂代子達の手前、自身が桜木志保に藤枝の話を聞くのは気が引けた。


「ここまで来て諦めるわけにはいきません。無理は承知で桜木さんからお話しを聞くしか――」

「待て、俺との約束を忘れたのか?」


 感情的になりつつある繭加を俊平が諌める。約束とはもちろん、桜木志保の気持ちを順守するということだ。今の繭加では、確実に桜木志保に害を与える結果となる。


「でも、芽衣姉さんのためにも――」

「まあ、落ち着けって。俺に考えがある」


 仮にも情報を持ってきた張本人である。俊平もそれなりの作戦は考えてきている。


「無関係の人間だと話を聞くのが難しいのなら、無関係の人間じゃなくればいいんだよ」

「無関係じゃなくなる……ですか?」


 いまいちピンときていないようで、朱里は小首を傾げる。

 俊平の言葉を理解できていないのは、繭加も同じようで、「藍沢先輩、寝言は夜中にしてください」などと真顔で言っている。


「おい御影。真顔で言うな真顔で」


 すかさず物申すと、咳払いをして仕切り直し、俊平はプレゼンテーションを開始する。


「話を聞く側、つまりこちら側も、藤枝さんの被害者だということにして桜木に話を聞いてみるってのはどうだ? 共通点を作ることで、無関係の人間から被害者同士に関係性を変えるんだ」


 もちろんこの方法は確実ではないが、被害者同士ということになれば、相手から見たこちら側の印象が大きく変わってくる可能性はある。うまくいけば、藤枝に関しては、友人以上に深い部分にまで踏み込むことが出来るかもしれない。


「成程、その方法なら初対面でもうまくいくかもしれません。藤枝は多くの女性と関係を持っていたといいますし、その内の一人ということにすれば、恐らく怪しまれることは無いでしょう」


 繭加の中では俊平の案は好評価だ。これまで入手した情報を駆使すれば、藤枝の被害者の一人に成り済ますことも可能だろうと繭加は確信している。


「でも、本当にうまくいくでしょうか? 例えば、桜木さんに話を切り出すにしても、やはりいきなり藤枝氏の話題を出すのは不自然ではないですか?」


 朱里の言うことはもっともだ。俊平だって自信満々に提案したわけではない。あくまでも実現可能かつ、なるべく誰も傷つかずに済む方法を考えての案なのだから。


「そこは、うまく作戦を考えるしかないな。そこでだ、今から作戦会議といかないか? どういう風に話を切り出せば自然か、どうすれば桜木志保からより多くの情報を得ることが出来るかを」


 丁度この場には三人いる。三人寄れば文殊の知恵とも言うし、きっと上手くいくはずだ。


「今日の藍沢先輩は頼もしいですね」

「いつもの間違いだろ?」


 そうは言いながらも、褒められて悪い気はしない。


「それで、お二人さんの演技力は?」


 被害者同士という設定で行く以上は、繭加と朱里のどちらかが演技をして桜木志保に近づかなければいけない。相手に心を開かせる必要があるため、それ相応の演技力が求められる。


「……」

「……」


 俊平の期待虚しく、女子二人は沈黙をその答えとした。


「じゃあ、脚本力は?」


 演技も重要だが、話の辻褄が合わないのも大問題だ。演技力に自信が無いのなら、尚更脚本を作って練習しておくことは大切だ。


「……」

「……」


 デジャブを感じさせる沈黙が流れ、俊平の瞬きの回数が増加する。

 気まずいのは繭加と朱里も同様で、不自然な作り笑いを浮かべて沈黙を誤魔化している。


「……前途多難だな」


 俊平は項垂れて、大きな溜息を発した。

 どうやら俊平の仕事は思ったよりも多くなりそうだ。

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