8、命の時間と育てる夢。


 アルスは、私の引越し先を教えるという条件で王都へ帰って行った。

 神殿が行方不明になっている私について、どう動いているのか探ってくれるらしい。

 持つべきものは優しい幼なじみ勇者だよね。ロリコンだけど。


 ジルベスターが買ってきてくれた甘味をテーブルに広げて、ティータイムをする私と竜の親子の三人。

 さくさくほろほろなクッキーを頬張りながら、引越しについて話し合うことにした。


「俺の住処に、部屋を二つ追加しておいた。しっかり鍵もかけられるようになっているから安心してくれ」


「ありがとう」


「これで父上も家の中で寝られますね!」


「ん? 寝ずの番はするぞ? ヴィーの安眠のためだからな」


 息子の言動に首をかしげるジルベスター。いやいやちょっと! これじゃ私、ただの鬼畜じゃん!


「い、いいよ。家で寝ていいから」


「そうか? ヴィーは優しいな」


 ピクリと胸筋を動かしたジルベスターは、目尻を赤くして嬉しそうに微笑む。漂う中年の色気がやばい。キュンキュンしてしまう。


 愛してるだの番(つがい)だの騒いでいる元邪竜のオッサンだけど、私の意思はしっかりと聞いてくれるし、常に私のことを守ってくれている。

 これが大人の余裕なのかなって思っていたら、どうやら違うみたい。


「父上は、早くオリヴィア殿と結婚すればいいのに。早く諦めさせてくださいよ」


「な、何を言う! お、おおお俺のような子持ちやもめを、ヴィーのような愛らしい少女が好いてくれるわけないだろう! それに……」


 あれだけ迫っておきながら、なぜそこでひよるのかこのヘタレオッサンめ。

 半眼でジルベスターを見れば、私の視線から目をそらしてもじもじしている。手に持っているクッキーを割って、割りすぎて粉状にしているけど、それ後でちゃんと食べなさいよ?


 とりあえず私は、もじもじしているオッサンに続きをうながす。


「それに、何?」


「それに……邪竜となってヴィーに倒された俺には、もうあまり時間がない」


「え……?」


「少しの間だけでも、ヴィーの番として……そういう気分でいたかっただけなんだ。すまない」


「父上、まさか寿命が?」


 父親そっくりの褐色の肌を青ざめさせたエルヴィンに、ジルベスターは弱々しく微笑む。


「すまない。お前の子を、孫を抱いてやりたかったのだが……それは無理そうだ」


「そんな! 父上!」


 言葉が出なくなった私は、ただ親子二人の会話を聞くだけの存在になっていた。

 だって、私のせいでジルベスターは……竜としての命をなくしてしまった……。


「違うぞ、ヴィー。そもそも俺は邪竜になった時点で死ぬはずだった存在だ。それがこうやって生きている、それだけで奇跡のようなものなのだぞ」


 でも、だからって、そんなのないよ。

 まだ少ししか一緒にいないのに。

 仲良くなれたのに。

 ちょっとだけ、好きになるかもって、思っていたのに……。


「泣くな。泣かないでくれ。ヴィーは本当に優しくて愛らしい。大切な、俺の番だ」


「ジルゥ……うう、ふぇぇ……」


 思わずジルに抱きついた私は、涙と鼻水に濡れた顔を逞しい褐色の胸筋にうずめる。ついでにくんかくんかして、いい匂いを堪能する。くんかくんか。ずびずび。

 いやだ。これがなくなるのはいやだ。

 するとエルヴィンが、私の心を代弁してくれる。


「父上、いやです。もっと生きてください」


「ああ、そうだな。今の状態ならば、お前の成人くらいは祝えると思うが」


 ん? エルヴィンの成人祝い?


「短いです……あと二百年くらいだなんて……」


 わずかな命、長ぇなおい。

 それでも竜族にしては短いんだろうけど、あきらかに私のほうが先に死ぬやつだよね。これ。

 

 え、ちょっと待って。

 もしジルと夫婦になって私が先に死んだら、またこのオッサン邪竜になるんじゃね?


「マジかぁー」


「ん? どうしたヴィー」


 ジルの着ているシャツで涙と鼻水を拭くと、私は涙目のまま彼の顔を見上げる。

 ただ見ているだけなのに、みるみる頬を赤くしていく美中年。うん。可愛い。


「ヴィー、あまり可愛らしい顔をしないでくれ。俺にも我慢というものがあってだな」


「しょうがない。ちょっとがんばってみる」


「ん? どういうことだ?」


 こてりと首をかしげるオッサンに萌えつつ、私は脳内で色々考えを巡らせていく。

 幸いにも、まだ私は若い。それに祈りのおかげで健康優良児だ。

 なんとかしてみせようと決意を固めていると、突然部屋の真ん中あたりに魔法陣が展開される。


「結界の中に魔法陣を展開させている!?」


「エルヴィン、構えろ! 何かが来る!」


 竜の親子が魔法陣に警戒している後ろで、私はこれからくる衝撃に備え、テーブルに広げた甘味たちを慌てて回収する。

 あの悲劇は、二度と起こしちゃいけない。


 強烈な光を放ち、魔法陣から現れたのは……。


「あ、まだ引っ越してなかったんだね。ごめんごめーん」


「イアン!」


 お菓子を戸棚に放り込んだ私は、ふんわりとした金髪をなびかせた笑顔の魔法使いに駆け寄る。

 顔見知りだったことにホッとしているエルヴィンの横で、ジルベスターはムッとした表情をしている。イアンは幼なじみなだけだから威嚇しないでほしいんだけど。


「わぁ、すんごい圧がくるね」


「ジル! ハウス!」


 私に叱られて、しゅんと威圧を引っ込めるワンコ……もとい、元邪竜のオッサン。

 イアンは大事な幼なじみであり、私の夢を唯一笑わなかった大切な人でもある。そして、いつも私を甘やかしてくれる、優しいお兄ちゃんみたいな存在なのだ。


「ふふ、調教師みたいだね、オリヴィア」


「そんなんじゃないよ。ねぇ、それよりどうしてイアンはここに来たの?」


「僕も一応心配はしていたんだよ。それと、いつものやつを持ってきたんだ。さすがに切らしていると思ったから」


「わぁ! ありがとうイアン! ちょうど欲しかったの!」


 後ろでジルベスターがまた不機嫌になっているのが分かる。

 でも、しょうがないんだよ。

 これはイアンにしか作れないものだし、ね。


「早く大きくなるといいね」


「うん! がんばる!」


 イアンの差し出す紙袋に入った豊胸クリームを、私は満面の笑みで受け取るのだった。


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