万次郎劇場 その2
十本語騒動 その2 番外編
「おおおう!! 牧田さん! いや、雪さん! 待たせたのう!!」
巨体を揺らし、手をぶんぶん振りながら、待ち合わせ場所に指定していた駅の改札に桑原万次郎君が姿を現した。
万次郎君の住んでいる駅と私の住んでいる駅の丁度中間に高校の最寄り駅があるから、そこで待ち合わせをするしかなかった。
駅から高校までは歩いて七分くらいの距離だけど、一緒に通えるなら通いたいと万次郎君が言い出したので、駅で待ち合わせをすることになっていた。
「ううん、全然待ってない」
私は五分ほどしか待ってない。
これは待ったといえるのかは分からない。
「ならば、良かった! 雪さん! いざ学校へ!」
学生服を着ていなければ、三十代に見える万次郎君が学校へと歩き始めたので、私も遅れまいと歩き出す。
万次郎君と並ぶと、万次郎君は歩く速度を私に合わせてくれたのか、前にも後ろにも行かず、常に私の横を歩いていてくれた。
「そういえば、雪さん、知っておるか? 最近、巷では奇妙奇天烈なパンが流行っているそうだな」
全く考えもしていなかった話題をいきなり振られて、私は何の事だろうかと考え始めた。
「流行っている……パン? 何だろう?」
父親の会社が倒産した事もあって、私は世辞に疎くなってしまっていた。
お金がない事もあって、流行廃りについてはあまり気にかけないようにしている。
「パンケーキなぞという名だそうだ。パンなのか、ケーキなのか、どちらなのか分からんのだよ。双方を備えた謎のパンであるのか、それとも、パンのようなケーキであるのか、どっちなんじゃ」
「ホットケーキって分かるかな?」
「当然知っておる」
「それがパンケーキの正体なんだよ」
「なななな、なんと! ホットケーキの別名がパンケーキであったとは! しらなんだ!」
万次郎君は大仰というのがしっくりするくらい目を見開いて驚いている。
「今度、確かめに行ってみる?」
そう提案してみても、お小遣いなんてほとんどないから、今からお金を貯めないとダメだけど。
「そ、そ、そ、そうじゃな! 食べに行くしかあるまい!!」
万次郎君は顔を真っ赤にさせて、大声を張り上げた。
何事かと多くの人達が私達を不審そうな目で見つめる。
「そのうちにね」
「否否否否否否否否否否否否否否否否否否否否!! なるべく早い方がいい! 善は急げだ!」
万次郎君、妙に鼻息が荒いけど、どうかしたのかな?
「でも、お金が……」
私はそう言ってしまった。
万次郎君は分かっているはずなのに。
「雪さん、心配はご無用! 1日3万円の日給で2日ほど働いたからな。軍資金は潤沢にあるのだ! 他者の為に使う予定であったのだが、申し出を断られてしまってのう」
「1日3万円って……悪い事でもしたの?」
「雪さん勘違いしてもらっては困る! 俺にしか務まらんようなキツい建築業の仕事をやっただけじゃ! 土地に居座っていた怨霊とタイマンした程度じゃ!」
「……大変だったんだね」
音量とタイマンって何だろう?
大変な仕事だから3万円もらえるんだろうけど、どんな仕事なんだろう。
「全額、俺が出す! だから、お金の心配はする必要はない!」
「でも、それだと万次郎君に悪い」
「デートだと思えば良いだのよ! ゆ、雪さん!! そ、そうじゃ、これはデートじゃ!」
万次郎君の顔がゆでタコみたいに真っ赤になった。
「デート……か。うん、それでいい」
私は勢いで万次郎君に告白したけれども、その後どうすればいいのか迷っていた。
万次郎君は同情心から私の告白をOKしてくれたのか分からなかったから。
「ウオオオォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
万次郎君が獣みたいな咆哮を上げたから、私は驚いて身をすくめてしまった。
そんなに嬉しかったのかな、私とのデートが。
デートは初めてだけど、ちょっと怖いかもしれない。
私なんかがデートなんてしていいのか分からないし。
私みたいな人間が幸せを感じていいのかな?
「お金の心配などいらん! 俺が稼げば解決じゃ! なので、雪さんは俺に付いてくれるだけでいいんじゃ! 俺とパンケーキを食べる事だけに集中すれば万事解決だ!」
「ありがとう、万次郎君」
万次郎君は見た目からは想像できないくらい優しい人でした。
妄想なのか、それとも、願望なのか、はたまた、本当なのかは私には判断できないけど、万次郎君本人には三国志に出てくる『張飛益徳』の生まれ変わりだと主張しています。
高校生には見えない豪胆な顔つき。
それと、張飛益徳そのもののような顎髭など類似点があったりするので、万次郎君が言うとおり生まれ変わりなのかもしれません。
けれども、私はその正否を確かめる手立てがないので、あまり関係のない話なのかもしれない。
私にとって万次郎君は万次郎君でしかないだから。
「……む?」
学校の手前まで来たところで、万次郎君が足を止めて、厳しい顔つきをした。
「どうしたの?」
学校の方が何故か騒がしい。
校門付近で荷物検査でもしているのかな?
「血の臭いがする。雪さん、ここで待っていろ。何やらきな臭い」
「私も一緒に行く」
万次郎君だけを行かせてはいけないような気がして、そう言うと、
「危険だと思ったら、戦場から離れるんだ、雪さん」
万次郎君が駆け出す。
私も遅れまいと、万次郎君の後を追った。
するとどうだろう。
学校にたどり着いてみると、多くの人達が血を流して倒れていて、陰惨な雰囲気が漂い始めていた。
何があったんだろう?
万次郎君が走り出す。
私もつられて走り出した。
何人かの生徒が血を流して倒れているのが見えてきた。
男の子も女の子も関係なく血を流していて、無差別という言葉が脳裏をよぎった。
「雪さん! 衛生兵を!」
学校で何が起こっているのか察してか、万次郎君が叫ぶ。
「……えっと、万次郎君、そんな人いないよ?」
「ぐぬぬ……そうであったな!」
何が起こっているのか万次郎君には分かっているようだった。
走る速度を速めて、校門を抜けた。
「そこの巨体! 俺の死神の刀を食らいやがれ!」
校内に入ると、黒い服を着て大きな刀を持った男が万次郎君に襲いかかったけれども、
「殺意を込めていない斬撃など豆鉄砲に相応しいわい!」
そう叫んで振り下ろされた刀を真剣白刃取りするなり、黒い服の男を瞬時に鉄拳で叩きつぶして、さらに奥へと進んでいった。
「……待って……万次郎君」
私の声など聞こえていないようで、先を急ぐ万次郎君の背後に黒いタンクトップの男がいきなり貼り付いた。
さっきまでいなかったはずなのに。
「俺の背後をとったと思ったか! 小童が!」
万次郎君は背後に現れたタンクトップの男を察知していたようで、私には何をしたのか見えなかったけれども、万次郎君の姿が一瞬消えたと思ったら、タンクトップ男がどこかへと吹き飛んでいた。
タンクトップ男の姿が見えなくなったのと同時に、万次郎君が出現して、校内へと向かう。
「万次郎君!」
叫んでも、私の声は届いてはいなかったようだ。
走る速度をゆるめず、先へと進む。
そんな万次郎君の後ろ姿は危なっかしい反面、胸にキュンとくる。
ああ、私は闘神のような万次郎君が好きなんだ……。
だから勢いで告白なんてしちゃったんだ。
私は万次郎君の背中を追いかける。
それだけでも幸せと思える。
私はこんなにも魅力的で、猪突猛進な男の子が好きなんだと改めて思った……。
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