万次郎劇場 その1
万次郎、走る! 番外編
「お館様! お館様! 一大事だあああああ!!!」
昼休みという事もあって、全員が事務所でくつろいでいると、ドタドタのいう盛大な足音と共に巨漢が事務所に飛び込んできた。
最初の頃は驚いてはいたが、今となってはもう慣れたので、事務所にいた全員は穏やかな心でその来訪者を受け入れていて、猪突猛進という表現相応しいほどの勢いで事務所に飛び込んできた万次郎を全員が温かい目で見やった。
「ん~~~~、万次郎? どうした?」
特に所長をしている
椅子に腰掛けながら、孫を見るような温い目で万次郎を見つめる。
「お館様! また仕事を斡旋して欲しいんじゃ! メチャクチャ稼げる奴を!」
万次郎はお館様と呼んでいる峰見正三の前に来るなり深々と頭を下げた。
ここは大手ゼネコンの下請けを主にしている土建屋で、下請けに仕事を出したりしていることもあって、間口が広く常に人手を求めていた。
以前、万次郎がアルバイトの面接に来て、
『俺は稼げる仕事がしたいんじゃ! 百人力の仕事をすると約束する! 良い仕事を紹介してくれ!』
そんな事を主張した事もあった。
最初は半信半疑であったが、とりあえず働かせてみると、百人力の仕事を本当にこなしたため、今では『仕事ができて信頼できる男』というふうにその会社では認知されていた。
「万次郎はいくら稼ぎたいんだ? 1日1万か? それとも、2万か? 今なら2万の仕事があるが、それでどうだ?」
普通の人ならば、日給1万だが、万次郎は特別だからと提示した金額だった。
「400万稼げる仕事を紹介して欲しいんじゃ!」
「……よん……百万?」
「ああ、400万じゃ。俺は二日で稼ぎたいんだ!」
「……むむむ」
峰見正三は腕を組んで唸った。
「二日で四百万は無理だ。マグロ漁船か、蟹工船ならば、稼げるかもしれないけどな。でも、そんな仕事は高校生には紹介できないんだ。すまないな」
「残念だ! ならば、稼げる仕事はないか! 400万に近づければ良いのだが」
「オートバイでも欲しくなったのか、万次郎?」
「断じて違う!」
「なら、どうして、400万が欲しいんだ? その理由を教えてはくれんか? 理由次第では私にも考えがある」
「俺の旧友の両親が夜逃げをしたんじゃ! しかも、旧友を置き去りにして! 400万円を二日後までに用意しないとその旧友が売られてしまうんじゃ! 俺はそれをどうにかしたいんだ! だから金を稼がないといけないんだ!」
旧友を救いたいという一心から来る一途な眼差しにほだされて、峰見正三は心からこう思った。
『この男の願いをどうにかしてやりたい!』
病気になった時などに貯めているお金が400万円以上ある。
それを一時的に貸してもいいかもしれない。
万次郎の真剣な態度を見て、峰見正三は本気でそう思った。
「400万ならば、私が立て替えてやろう。その金を持って、借金を返してくるんだぞ」
「……お館様。しかし、それでは……。ん?」
いつのまにか、万次郎の背後に、事務所にいた人達が集まっていた。
万次郎は振り返るなり、驚きの表情を見せ、
「峰見所長だけに良い役目は独占させないぜ」
「万次郎! 俺達も手を貸すぞ! 400万なら、皆が出し合えば、すぐだ!」
「そうだ、そうだ!」
「こんな時は私達を頼って!」
皆の言葉を聞いて男泣きし始めた。
「俺は幸せ者じゃ! 皆に助けられ、兄じゃにも助けられ、良き両親に巡り会い、良い人に囲まれて、俺は三国一の幸せものじゃ! だが、皆の好意だけしか受け取れんのだ! 俺の兄じゃも稼ぐと言っていた! 俺も兄じゃと同じように一人で稼がねばならぬのだ! すまぬが皆の好意しか受け取れなんだ! すまぬ! すまぬ!」
そんな万次郎をみんなが見守りながら、
「だったら、その兄じゃとやらが400万用意できなかったら、私達のところに来るんだぞ。残りのお金を貸してやろう。その後はもちろん死ぬ気で働いてもらうけれどもな」
峰見正三はそう提案すると、
「……うむ。その時はよろしく頼む。お館様!!」
「よし! 私も良い仕事を紹介しなくてはいけないな! ちょっとキツいが、1日3万円の仕事だ。どうだ? やってみないか、万次郎?」
「お館様、感謝する! その仕事、当然受けるに決まっておろう!」
泣きはらした目をしながらも、万次郎は男気の溢れる顔でそう答えた。
峰見正三の紹介もあって、万次郎は1日3万円の仕事を2日間して6万円を稼いだ。
3日後に万次郎は颯爽と事務所に現れて、
『皆の気持ちはありがたかったが、借金400万は兄じゃが一気に返済して終わってしまった。俺の働きも無駄になるとは、さすがだ、俺の兄じゃは! 400万を2日で稼いでしまうとは! しかし、あの時の厚意を無碍にするワケにはいかんのだ! もし、人手が足りないようならば、俺に言ってくれ! いざ鎌倉へとばかりにかけつけて、百万力の働きをしてみせる!」
感謝を表すように深々と頭を下げた。
峰見正三も含めて、こう思ったのであった。
『桑原万次郎は豪傑だと認識しているけど、その上を行く兄じゃとは何者なんだろう?』
そして、こうも考えていた。
『万次郎が心酔するほどの人物なのだから、聖人君主なのではないだろうか』
とも。
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