十本語編

朝の食卓 ver2.0



 朝食は賑やかになっていた。


 俺と両親しかいなかった食卓。


 万次郎が加わり、つい先日からはモブ子が加わったせいか、良い意味で随分と騒がしくなった。


 五人で食事を食べていると、ずっと前からこんな雰囲気だったように思えてくるから不思議なものだ。


「兄じゃ、醤油取って」


 と、モブ子。


「はい」


 僕はさっとテーブルの端にあった醤油の小瓶をモブ子に渡した。


「兄じゃ、お茶を」


 と、またまたモブ子。


「はいはい」


 僕はさっとお茶をいれてモブ子の前に置いた。


「兄じゃ、デザート」


 と、またまたまたモブ子。


「あいよ」


 冷蔵庫に入っているプリンを取り出して、モブ子の前にそっと置いた。


 僕は自分の席に戻り、ご飯を再び食べ始める。


「……あれ?」


 ふと自分がおかしな事をしているような気がしてきた。


 僕、モブ子のパシリになっていやしないか?


「もう尻に敷かれているのか。早いものだな。もうどんな未来になるのか見えてきたな」


 父親がからからと笑うと、


「兄じゃとキラはお似合いじゃな! 息がぴったりと合っておる! まるで長年連れ添った夫婦のようだ!!」


 万次郎が意味不明な事を口走っている。


 僕とモブ子が夫婦だと?!


 万次郎、それだけはありえない。


 絶対にあり得ない。


「僕とモブ子のどこが?」


 モブ子はどう思っているのだろうとちらりと横目で見ると、美味しそうにプリンを味わっており反論さえしないというか、全く気にもとめてないといった様子だ。


「高レベルの意思疎通ができておる! 俺と兄じゃと同等、いや、それ以上かもしれん! 義兄弟以上のものといえば、夫婦しかあるまい! これぞ、アイコンタクトか!」


「……はい?」


 俺とモブ子は夫婦レベルの意思疎通を?


 俺はデザートを美味しそうについばんでいるモブ子をもう一度見やる。


 父親もそうだが、万次郎までどうして僕とモブ子を夫婦だなんだと結びつけたがる。


 僕としては、こんな女は御免被りたいんだけど。


 性格悪いし、僕に対して感謝の気持ち一つ抱いていないような女だ。


 それに、これがもっとも重要な点で、僕のを見て、鼻で笑うような女だよ?


 そんな女のどこに魅力を感じろと言うんだろう。


「あげないわよ」


 僕の視線に気づいたモブ子が食べかけのプリンを手で隠すような素振りを見せた。


「そんな事しないって」


「……兄じゃのデザート、私がもらってもいいのよ?」


「食べたいならあげるけど」


 僕は立ち上がり、冷蔵庫を開けて、デザートのプリンを一つ取り出した。


 何も考えずに、僕はモブ子の前にそのプリンを置いて、席に座り直した。


「兄じゃ、ありがとう」


「……あれ?」


 どうして僕は何の疑問も抱かずにモブ子にプリンを渡してしまったのだろう。


 なんでだ?


 七百万円をモブ子のために集めた事と何か心情的な関係があるのかな?


 四百万円は借金返済にあてて、残りの三百万円はここで生活するための生活費と学校に通うための費用として使うように渡した。


 養子離縁が揉めた際には、それくらいのお金がかかるんだろうなと思っていたら、相手があっさりと退いたので、お金が余ってしまったのだ。


 モブ子を捨てて逃げた時点で、あの二人にとって養子のモブ子は赤の他人になってしまったのかもしれない。


 不幸続きのモブ子には、ちょっとでも幸せを感じて欲しいと心のどこかで思っていて、何かしてあげようなんて考えてしまっているのかも。


「まあ、いっか」


 僕はそう独りごちた後、朝食を平らげて席を立った。


「あ、兄じゃ……が、学校へは先に行っててくれ。俺は……その……ゆ、ゆ、ゆゆゆゆゆゆ……ききききき……しゃと……」


 万次郎が何か言いにくそうに、それでいて、赤面しながら恥ずかしそうにしながら言葉を発しようとするも、何故か言葉が出せないようだった。


「雪さんと登校するんだね」


「そそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそうじゃあああ!!」


「分かった。じゃ、一人で行くよ。万次郎は遅刻をするなよ」


 牧田雪さんと一緒に登校する約束でもしていたのか。


 兄なのだから、そういった事を察して配慮してやらねば。


「すまぬ、兄じゃ……」


 今にも泣きそうな顔をしながら、万次郎が言葉を絞り出していた。


 それしきの事で泣きそうになるかな?


 僕は食器を片付けて、自分の部屋へと向かう。


 学校に行く準備をして玄関のところまで行くと、


「遅かったわね」


 何故か玄関で制服に着替えたモブ子が待っていた。


「……僕を待っていた?」


 僕はモブ子の事をまじまじと見つめる。


 セーラー服にその身を包んでいると、紛うことなく清楚系美少女だ。


 中身は至って性格が悪いので、清楚系とはほど遠いけど。


 モブ子を見て、僕はとある教訓を得た。


 外見に騙されてはいけないということだ。


「ええ。兄じゃ一人で登校だなんて寂しすぎて途中で死んでしまうかと思って」


「僕は兎か何かかよ」


「あら、違ったの? てっきり兎と思っていたわ。たまに兎男みたいな顔になるから間違えてしまっていたわ」


「……兎男って初耳なんだけど、何それ」


「くすっ」


 僕の事を小馬鹿にするような目で笑った後、話はこれで終わりっていうように玄関のドアを開けて、外へと出て行ってしまった。


「だから、兎男って何よ?」


 玄関に一人取り残された僕はそう呟き、玄関のドアを見るともなく見ていた。



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