やはりモブ子は臭い ver2.0


 二件ほど事件を無事に解決して懸賞金を手に入れる事ができた。


 意外と時間がかかってしまって帰宅したのは、午後十一頃だった。


 最初は信じてはもらえないけれども、自分が超能力者だと証明した後、この事件を数時間で解決できる、解決したら懸賞金を即金で今日渡してくれと交渉するのが一連の流れだ。


 それで了承してもらった事件にのみ首と突っ込む感じだ。


 そうして、この二日間で三件ほど事件を解決してきて、懸賞金を合計で七百万円ほど手に入れた。


 モブ子の四百万円は余裕で返済できるとして、もう一つの方は三百万円あればなんとかなるだろう。


 そっちはサプライズとして用意している第二部だ。


「ふぅ……」


 玄関のドアを開けて、中に入ると、見慣れた28.5センチのスニーカーが玄関に見当たらなかった。


「万次郎、まだ帰ってないのか?」


 昨日も帰ってきていなかったようで、なにをやっているのか心配になった。


「お館様とやらのところに行っているのか? 何故? 何のために?」


 万次郎が何をしているのかは推し量る事はできないけど、おそらくはモブ子のために何かをやっているのは確かだ。


 僕に任せておけばよかったんだろうけど、万次郎は万次郎なりに何かしたくて仕方がなかっただろうから放任しておくしかない。


 僕にやれること、万次郎にやれることは、違うんだろうし。


「……」


 その代わりといったふうに、一足のボロボロの靴が置かれている。


 モブ子がどこに住んでいたのかは訊いてはいないけれども、相当離れた場所なんじゃないかと、その靴を見ていると予想できる。


 靴底がすり減っていて、泥などの汚れが付着していている。


「ただいま」


 僕は靴を脱いで上がるなり、僕の部屋へと向かう。


 超能力の使いすぎでもう体力的に限界で、一秒でも早くベッドに倒れ込みたいという思いに駆られながら足早で部屋へと向かい、ドアを開ける。


 当然電気は点いていないから、壁に備え付けられているスイッチで部屋の照明を灯した。


「……あれ? 部屋、間違えたかな?」


 部屋にあるベッドで誰かが眠っていた。


 万次郎か?


 目を細めて凝視してみると、モブ子だった。


 僕のベッドで横になっているだけで布団などはかけていなかった。


 どうやら僕のベッドにごろんと横になった後、そのまま眠りについてしまったように思えなくもない。


「……面倒だね」


 モブ子を起こして、僕がベッドに寝るっていうのがやるべき事なんだろう。


 でも、僕はまぶたが重くなっていて、もうそこまでの元気がない。


 ちょっと重みが増したバッグを床に置いて、床の上に敷かれているカーペットの上に身体を横たえる。


 目を瞑ると、瞬く間に眠りの深淵へと誘われていった。


『兄じゃ! すまぬ!!!!』


 万次郎の怒号に近い声で僕はびっくりして飛び起きた。


 最初は何の音か分からず、部屋を見回したけど、誰もいなくて困惑した。


 窓から日の光が差しているので、朝になっているのは察したが、何故万次郎の声がしたのかは理解できずに苦しんだ。


『もう一度言う! 兄じゃ! すまぬ!』


 声はドアの向こう側からしている。


 どうやらドアの前に万次郎がいて、声を張り上げているのだろう。


「……あれ?」


 布団をかけて寝たっけ?


 気づくと掛け布団にくるまって眠っていたようだ。


 モブ子の姿がベッドから消えているから、僕に掛け布団をかけてくれたのかな?


 まさか……ね?


「何がどうしたの?」


 僕は掛け布団をベッドに戻してからおもむろに部屋のドアを開けた。


 すると、大粒の涙を流し、目の下に隈を作り、全身泥まみれといった、なんとも男気溢れた姿で万次郎が仁王立ちしていた。


 目の下の隈から二日間ほど徹夜していたのかもしれない。


 それに加えて、身体が多少やつれたように思え、この二日間寝ずに何かをしていたのかと想像できた。


「四百万は……俺には無理じゃった!」


 万次郎は滝かと思えるくらい涙を流しながら、その場に崩れ落ちた。


 両手を床に付け、もうこれ以上身体を支える事ができないといった雰囲気さえあり、僕はどう声をかけるべきか思い悩んだ。


「六万円が限界とは……嘆かわしい。もっと稼げると思っていたというのに情けない……情けなさすぎて、前世にすまぬと言いたいくらいだ」


 床にぽたぽたと万次郎の涙がしたたり落ちている。


 もしかして、家に帰らないでずっと働いていたのか、万次郎は。


 高校生がそんな事をしていていいものか、なんて思ったが、バレなければ問題ないか。


 見た目が高校生じゃないし。


 その涙は万次郎自身に向けられているものなのか、それとも、モブ子の今度の境遇について思いをはせているからなのか、僕には見当も付かなかった。


「万次郎はがんばったよ。ただ、時間が足りなかっただけだ。それだけだよ。もっと早く知っていれば手は打てたかもしれない」


 僕は万次郎に歩みより、顔の位置が万次郎の顔の位置と同じになるくらいの高さになるようしゃがみ込んだ。


「……兄じゃ。しかし……しかしだ……」


「そんなに心配することはない。この件は今日ケリがつくんだ」


「しかし、四百万は遠くて届かぬ……」


「いや、大丈夫だって」


 僕は万次郎から離れて、床に放り投げてあったバッグを手に取り、中身を確認する。


 正攻法で手に入れた七百万円が存在感を示すように重みと共に入っていた。


「……モブ子は?」


「リビングにいる。憂鬱そうにして、仕事に行く両親を見送っていた」


 万次郎は泣きはらした顔を上げた。


 目が真っ赤だし、表情も憔悴さが目の下の隈と共にしっかりと刻まれていて痛々しい。


「ならいい」


 逃げ出していたり、このお金を持ち逃げしていたりしたら、金輪際関わらないと思っていたけど、そんな事態にならなくて安堵した。


「さて、行こう。こういうのは一刻も早く終わらせておく方が精神的にいいんだよ」


 朝食とか食べておいた方がいいんだろうけど、終わってからゆっくりと食べる方がいいかな。


 僕はお金の入ったバッグを持って、リビングルームへと向かう。


 リビングルームのドアを開けると、モブ子はソファーに身体を預けるようにして座っていて、焦点の定まらない瞳を天井に向けていた姿が見えた。


「ほら、モブ子、行くぞ」


 どこに?


 そう言いたげに視線を僕へと向けてくる。


「そういう生きる屍みたいな目は良くないな。よろしくない。いや、死んだ魚の目か」


 モブ子が自失しているような目をまだしているので、バッグを開けた。


 バッグの中に手を突っ込み、掴めるだけ札束を掴むと、モブ子の傍まで小走りで近寄り、その札束でモブ子の頬を思いっきり叩いてやった。


「札束を食らえ!」


「はっ?!」


 理解に苦しむといった表情で凶器の札束を見た後、僕のことをキッと睨み付けてくる。


「着替えたら出かけるからね」


 頬をはたいた札束を見せつけた後、バッグに戻してから僕はにんまりと微笑んだ。


「偽札? それとも、新聞紙を札束の大きさに切ったの?」


 というか、まだ僕のTシャツとトランクスを着ているし。


 それ、もう汗臭くなってない?


「もちろん、目的地は丸々がめつい金融だよ」


 僕もちょっと性格が悪くなってきたようだ。


 これは全てモブ子の影響だ。


 全てはモブ子が悪い。


 とはいえ、札束で人の頬を引っぱたいても気持ちよくないな。


『快感!』


 とかそんな感慨を抱くものだと思っていたんだけど……。



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