第15話 考えたことがない
「辞めたいと思わないのか?」
グイファスに聞かれ、メレンケリはぐっと拳を握った。
「……思うわよ、辞めたいって思ってるの。だけど、それはできない」
「どうして?」
「父が、それを望まないから」
「お父さん?」
メレンケリは頷く。
「父も同じ仕事をしていたの。この仕事に誇りを持ってしていた。祖父も、曾祖父もそうやって、アージェ家を繁栄させて来たから、私がここで放り出すことを望んではいない」
グイファスは首を傾げた。
「君は辞めたいのだろう。どうして父親が出てくるんだ?」
メレンケリは眉をひそめた。彼はどうしてそんなことを聞くのだろうか。
「どうしてって……、私はこの仕事をしなくちゃいけないのよ」
「何故?」
「……代わりがいないもの」
「君の父親は同じ仕事をしていたと言っていたね。もう引退したの?」
「私が『石膏者』になって、ひと月足らずで辞めたわ。同じ仕事を請け負うものが、二人いる必要はないと言ってね」
「だから、君は代わりがいないと?」
「そうよ」
グイファスは腑に落ちない顔をしていた。
「それはおかしくないか?」
「何がおかしいの?」
「君のことなのに、君の気持ちが最優先されていない」
グイファスの意見に、メレンケリは歪んだ笑顔を浮かべて笑う。
「何を言っているのよ。私の気持ちが最優先されるわけがないでしょう。人を石にするのが嫌だからと言って、仕事を辞められる?放棄できる?そんなの子供の我がままと一緒よ」
「そうだろうか」
はっきりと言い放たれる声に、彼女は気圧される。
「君は、父親に今の仕事をしなければならないと、子供のころから刷り込まれているんじゃないのか。父親が何故、君に人を石にする仕事を強要しているのか。それは力を授かったのが君だから。そして、力は家の象徴。アージェという家を繁栄させてきた力だ。だから、君よりもその力を使用する方向性の方を優先させる。違うか?」
グイファスの金色の瞳が、強い光を秘めていた。その瞳はまるで何もかも見透かしているようで、彼女は思わず自分の体を抱きしめた。心の中にある、気づいてはいけないものに気づいてしまうような、そんな恐ろしさがあった。
「ち、父に刷り込まれているですって?そんな、そんなわけはないわ……。だって、私が決めたんだもの。この仕事をするって決めたのは……私なのよ」
そう口では言っているにも関わらず、頭の中で思い出される出来事はいつも父に方針を決められている自分だった。学校に行かせず、家庭教師を付けさせたのは父。友達を作るな、と言ったのも父。将来の仕事は、『石膏者』となることを薦めたのも父。
(あ……)
メレンケリは、リッチャー大佐との会話を思い出していた。グイファスの監視をすることを決めたのも、結局は父だった。
「……はっ、はは……」
乾いた笑いが喉の奥から漏れる。
一体自分は、自分の人生は、誰が決めてきていたんだろうか。
「そんな訳ないって……そんな訳……」
メレンケリは自分の顔を手で覆った。
「君は何か、やりたいこととかないのか?」
グイファスに問われて、過去に抱いた夢を思い出そうとする。だが、どんなものになりたかったのか、思い出そうとしてはシャボン玉のように膨れてはパチンっと消えてなくなる。
己の人生を自分で決めて来なかったせいだろうか
そのとき、兄のトレイクの顔が浮かんだ。彼は自分の道を切り開いて進んでいる。パン屋はメレンケリよりも収入は少ない、と言っていたが充実した日々を送っているようだった。笑顔になるお客を想像して、生地を練って、焼き上げる。人のためになる仕事だ。
(それに比べて私は……)
親の敷いたレールに、疑問を持つこともなくここまで来た。嫌でもそれが私の人生だと思っていた。それを受け入れなければならないと思っていた。そして、それを受け入れたことが、自分自身が決めた人生だと思っていた。
メレンケリは絞り出すように呟いた。
「……考えたこと、ない」
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