10
菫はピアノの演奏を始めた。
それはショパンの曲だった。曲名は、たぶんノクターンだと思う。とても美しい、でも、すごく悲しいメロディーだった。
鶴は椅子に座ったまま、菫のピアノの音をじっと、耳をすまして聞いていた。
窓の外には青空があり、優しい風が、部屋の中に吹き込んでくる。
なんだか、いろんなことを思い出してしまう。
菫との思い出。
私の、本当に憧れた人。憧れだった人。私の親友。美しい少女、竹内菫。
もうすぐ、私の前からいなくなってしまう人。
……菫。
菫の指の動きに乱れはない。
菫は、今、どんな気持ちで、ピアノの鍵盤を弾いているのだろう? それを知りたいと、鶴は思った。
たった二人だけの小さな演奏会。
でも、世界で一番素敵な演奏会。
私と菫。
二人だけの居場所。
二人だけの、小さな時間。
菫のピアノの演奏が終わった。
鶴はぱちぱちと小さな音を立てて、拍手をした。
満足そうな顔をして菫が鶴の顔を見た。
一陣の風が、真っ白な部屋の中に吹き込んだ。白いカーテンが揺れた。
「鶴? あなた、泣いているの?」
そんなことを菫が言った。
鶴が確認をして見ると、確かに鶴は泣いていた。
「ごめんなさい」
鶴は言った。
それから鶴は両手で顔を覆って、身をかがめるようにして、その場でたくさんの、今までずっと自分の内側に溜め込んでいた悲しみを、涙の形にして、吐き出した。
鶴は子供のように、泣いた。
すると菫が無言で鶴のそばにやってきて、まるでお母さんのように、震えている鶴の体を抱きしめてくれた。
「今日は来てくれて、本当にありがとう。鶴」
菫は言った。
鶴は、ずっと無言だった。
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