くちばしの曲がったカラス

Nico

嘴の曲がった鴉

「何が気に入らない?」


 くちばしの曲がったからすが尋ねた。


「すべてだよ。空が青いのも気に入らない」


「人間っていうのは勝手なもんだ。空がいつまでも青くはないことに気づいてすらいない」


「空を飛べる君たちに、人間の気持ちはわからない」


「地べたを這いずり回る気持ちか? わかりたくもないね」


 嘴の曲がった鴉は、吐き捨てるように言った。「それを言ったら、嘴のないお前たちには、嘴が曲がっていることの悲しみだってわかりはしない」


「わかりたくもない」


「わかってもらいたくもないけどな」




 俺たちの間を冷たい風が通り過ぎた。空はブルーからくすんだ藍色に変わっていた。夜が近いのだ。




「空が青いのは、地球の一生のうちのほんの少しの間だ。一瞬と言ってもいい」


 嘴の曲がった鴉は言い、哀れむように俺を見据えた。「お前たち人間は、そのことにもっと感謝すべきだったんだ」


「これからは感謝させてもらうよ」


「もう遅い。お前たちが気づくのは、いつだって遅すぎる。最後のチャンスが目の前を通り過ぎたっていうのに、その足跡も消えたころになって、ようやく『あれがチャンスだったのか』と気がつく。遅すぎるんだよ。いつだって、お前たちは、あまりにも、遅すぎる」


「人間は気づくのが遅すぎることに、我々は気づいてる」


「お前たちが気づいてる以上に遅すぎるということに、お前たちは気づいていない」




 嘴の曲がった鴉は、黒く大きい翼を羽ばたかせた。風が巻き上がり、黒い羽根が辺りに舞い上がる。嘴の曲がった鴉の黒いからだが、ふわりと浮かび上がった。


「お前たちの愚かさに比べれば、私の嘴が曲がっていることなど、悲しむに値しない」


 嘴の曲がった鴉は、何かの終わりを告げるみたいに大きく一度啼くと、茜色に染まった西の空へと飛び去った。




 あれから三ヶ月が過ぎた。あの日以来、夜は一度も明けていない。彼は正しかった。空が青いのは、地球の一生のうちのほんの一瞬だったのだ。そして、人間がそのことに気がつくのは遅すぎた。あまりにも、遅すぎた。




 我々の愚かさに比べれば、嘴の曲がった鴉の曲がった嘴など、悲しむに値しない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る