想いが交錯する時

@No-Sides

想いが交錯する時

まっさらなまだ傷の一つもないワイシャツに腕を通す。

黒々として、きちっとした折り目が見えるズボンに片足ずつそろりと入れる。

ベルトを腰に回し、気を引き締める。

桜が咲き始めるころだが、まだ肌寒いことを思い出し、学ランも羽織る。

いつになってもこの瞬間は彼にとって特別なものであるとともに、心躍る瞬間なのだろう。

足取りの軽さ。

耳をすませば聞こえてくる鼻歌。

顔に浮かぶ喜色。

どれをとっても誰が見てもそう想起させるような振る舞いだ。

靴を履き、忘れ物の確認をし、身だしなみをチェックし、扉を開ける。

外から風が吹き込む。春のにおいが吹き込む。

新芽のにおい。

雪解けのにおい。

隣の朝ごはんのにおい。

まぎれて小鳥のさえずりも聞こえてくる。 そのすべてが彼を祝福しているように感ぜられた。

彼は大きく息を吸い、開けた扉の向こうに見える緑を感じ、そして大きく息を吐く。

そして一言

「いってきます!!」







田向 直田向 直たむき なおは4月から私立比翼学園に転校することとなった。

比翼学園は総生徒数6500人もいる高校で、そのため敷地面積は相応の広さのものとなり、もちろん学費として学園に入る額も相当なため設備も充実しているマンモス高校であった。学科として普通科は当たり前に存在し、情報学科と調理科が存在する。

なぜ直が転校することなったのかというと、前の学校で問題を起こしたからである。

なんて陳腐な理由ではなく、父親の転勤という陳腐を通り越してチンケな理由からだ。

まず直には問題をおこす邪な心を持っていない。

真っ直ぐに育ってほしいとの願いをこめた、直という名前に負けずに純朴に育ったのだ。

女の子らしいとの理由でからかわれたりはしたものの、仲間内のからかいの範疇で

いじめにまで発展しなかった。これが気弱な子であったらどうなったかわからないが。

直の外見はいたって普通である。イケメンでもなくブサイクでもない、平凡な外見である。

それは今も変わらず高校二年になり、とがり始めることもなく、日々の生活を送っている。

今日は転校初日ということもあり、直は張り切っているようだ。

「この辺の桜はきれいだなぁ」

自転車のペダルをこぎ、あたりを見回して、そうつぶやく。

走行している道路の両サイドを飾り、アーチをかけるかの如く、桜が咲いていた。

「ここを毎日通れるなんて幸運だな」

風景を楽しみながら、自転車を


がっしゃーん!!!!!


体の左側に痛烈な痛みを感じる。

右手の指は大丈夫か

左手の指は大丈夫か

自転車がない。

全身が言うことを聞かない。

どっちが悪いんだ。

学校に遅れちゃう。

血は出てないか。

骨折はしてないか。

情報が一気に頭の中に入ってくる。その量に頭がパンクし、考えることを放棄する。

車のエンジン音が待機を揺るがす。その音が鋭敏になった直の頭に突き刺さる。

「ひき..にげ...か..よッッ ゴフッ」

額の少し上に違和感を覚える。手で押さえる。無意識のことだった。

手を見る。紅い。

頭を疑問符が埋め尽くした。放棄した思考を取り戻すには十分な衝撃だった。

疑問符が頭だけでなく、全身を駆け巡る。

内臓が傷ついていることは明白であった。でも直にはどうすることもできなかった。

体感時間にしては一時間たったような、密度であったが実時間では一分程度出来事だった。

その時間は直に冷静さ与えてしまった。

襲い来るのは痛みだ。

この世の苦しみ全てを詰めたかのような痛みだ。

身を焼く烈火のごとき痛みだ。

腹が痛い。頭が痛い。足が痛い。

のどがカラカラになる。玉汗が噴き出る。もういっそ意識を閉ざしてしまいたい。

不幸なことは重なるのが世の常であった。そこは人通りが少なく、民家もないのだ。

その道を使用するのは学生ぐらいなものだった。

痛みが疑問符を塗りつぶしたとき、声がはねた。

「大丈夫!?」

仰向けのまま緊迫した声で直は呼びかけられる。だがその緊迫した声ですら澄み渡る清水を感じさせた。

人が来た安心感で直は意識を手放しかけていた。薄れる意識下でなんとかその人のほうを見て、

「きゅう..きゅ....」

彼女の頭に乗っかるオレンジ色のヘアピンだけがなぜか目についた。

そしてそのまま意識は断絶した。




膠でくっつけたようになっている目を、無理矢理に見開いてみる。

そこには見知らぬ天井が見えた。少しずつ意識が戻っていく。

「ああ僕は轢かれたんだ」

状況を確認する。両手は無事だ。

「痛ッ!」

左脇腹に痛みが走る。全身がだるい。戻ってきた意識も通常の半分以下でうまく頭が回らない。 

動くことに反対のデモをする全身たちを強引に従わせ、体を起こしてみる。

確認するまでもないことだったが、そこは病院だった。

ほかにベッドはいくつかあるが、今は人がいないようだった。

もっとも最初からいないのかもしれないが。

そうして部屋を見回していると、自分のベッドの横にあるちょっとしたテーブルに、

紙二枚が置いてあるのが、目に飛び込んできた。

少し苦労して、それを手に取り、片方を読むと、

「目が覚めたら、ナースコールを押してください。」

女性が書いたであろう、丁寧な文字で書かれていた。その紙の指示に従い、黙ってナースコールを押す。

さっき部屋を見渡した際に、ついでに見つけていた。

ほどなくして部屋がノックされ、ナース服の女性が入ってくる。

「目を覚ましたのね 田向 直君」

そう言って柔和な笑みを浮かべる。肩口で切りそろえられた、茶色がかった髪の毛先は遊んでいる。

笑みによってこぼれた八重歯がまぶしい。身長は低めで胸も控えめだ。妙齢の美人と称するのがすとんと落ちる形容の仕方のように思われる。

「調子はいかがかしら」

その言葉を皮切りに軽い問診が始まる。直の回答に対してきちんと対応していて、誠実さがうかがえる。

それでいて緊張させないように気配りもしていた。

「うーん その調子だと二週間入院ってとこかな」

人差し指をほほに当て、小首をかしげ、困ったような顔で言う。

「転校したてなのに、災難だったわね」

「あれ僕転校してきたって、言いましたっけ?」

「事前に聞いていたのよ」

大方見舞いに来た母が言ったのだろう。そう結論付ける。

「これから二週間よろしくね」

うれしそうにナースさんは言うのだった。

もう一枚の紙には母からの置手紙であった。


目を覚ました日の夕方5時くらいに、唐突にノックがされた。

「どうぞ」

と仕事をしている母にしては来るのが早いと不思議に思いながら返事をする。

「失礼します。」

決して大きくはないが確かに耳に届き、残る声。

真夏の快晴のような澄み渡った声。

あの時聞いた声。

自信なさげな様子で伺いみるように少しづつ入ってくる。

短めの茶色っぽい髪は耳をすこし覆う程度で、そこからのぞく耳は控えめに存在を主張する。

くりくりとした目は直を見つめており、小さい口の口角はわずかに上がっている。

鼻はすっと通っており、小さな顔にすべてがうまく当てはまっていた。

全体的なシルエットとしては小さめである。どことなく小動物然とした雰囲気を感じさせる。

美少女といって差し支えないほどの少女であった。

「お見舞いに来ました~」

そう言って手に持っていた紙袋をわたし、バッグを下ろして取り出したプリント類を手渡す。

直は素直に受け取りながらも困惑する。

「えっと あなたは...」

すっかり自己紹介をわすれたようで、みるみるうちに赤くなる。

「申しおくり...申し遅れました 比翼学園二年中野 渚といいます」

かんでしまって彼女の顔は加速度的に赤くなる。

「僕は田向 直といいます。 中野さんはどうしてお見舞いに?」

純粋な疑問をぶつける。プリントを持ってきてくれたことで、委員長的なポジションなのだろうと

予想することはできた。ノータイムで返答したことで直の動揺はばれていないようだった。

健全な男子高校生に美少女の赤らめ顔は目に毒だ。よく知る人が直を見たら、少し赤くなっている頬を

指摘したことだろう。

「先生に頼まれたから...あと一応第一発見者だから気になって」

そこで機能の記憶が目を覚ます。朧げな記憶だったが彼女は記憶の中の姿と一致するところがある。

「えっ そうなの! どうもお世話になりました。 おかげさまで助かりました」

「気にしないで 当たり前のことですから」

会話終了。初対面同士の独特の気まずい雰囲気があたりを揺蕩う。

焦る。何か話さなきゃと思う。廻らない頭を回す。

「「あの」」

違う方向から同じ声が出る。自然と二人はほほ笑む。

「息ぴったりですね。」

そう天使のようなはにかみで直を見る。心臓に悪い。不意な笑顔は反則に近い魔性を秘めていた。

「先どうぞ」

直は渚に会話のイニシアティブを渡す。

「あのバンド知ってる?...」

その話題からつながった会話は続いた。もう二人の間に緊張した空気は消え去っていた。

窓から春の風が吹き込んでくる。その風にはこれからの未来を望むやわらかさと、

これからの痛みを暗示する寒さを運び込んできた。



それから二週間入院している間、渚は毎日直の部屋の戸をたたいた。

名目としては、学校からのプリント類を届けることだった。

4月の学期はじめなので、プリントが多いというのもあるにはあるのだろう。

渚が来るのを見かけるたびに、ナースさんはにやにやとした笑みを浮かべるのだった。

それを見た渚はいつも恥ずかしそうにうつむいていた。

重ねた会話は渚の多くを教えてくれた。

直と渚が同じクラスなこと。

渚には親友が二人いること。

一人は男の子で、もう一人は女の子なこと。

担任の先生のこと。

好きなバンドのこと。

おかげで直は自分だけ置いて行かれているという感覚に陥らずに済んだ。

コンコン 今日も彼女のノックの音がつつましやかに響く。

条件反射的に胸の奥が温かくなる

「どうぞ」

「失礼します」

二週間で当たり前になってしまった光景だが、いまだに飽きることはない。

「これは毎回お約束のプリントね」

「いつもありがとね」

家族のようなこんな会話に落ち着きを覚える。

「どういたしまして やっと明日退院ね 気持ちはどうかな?田向君」

「もう 好きなように歩けるのに こんなとこにいて気がめいっていたところだよ」

「明日から一緒に学校だね」

不意な笑顔は本当にずるい。

「そ、そうだね やっとだよ」

「早く あの二人を紹介してあげたいなー」

「僕も早く学校行って、友達たくさん作りたい」

今日も今日とて取り留めのない話に興じる。6時くらいになるといつものように彼女は

席を立つ。」

「今日はそろそろ帰るね、また明日 学校で」

学校で その言葉にうれしさを覚える。まじめな直にとって学校に行けない二週間は苦痛だった。

「うん また明日ね」

こぼれる笑みは止められない。この笑みは学校に行けることだけが原因ではないだろう。

一部屋しかないことが判明した直のいる部屋から、渚は退出する。

入れ替わりにナースさんもとい院長が入ってくる。ナースさんだと思っていた人は、

実は院長でもともと従業員もそんなにいないらしい。

「気に入られてるわね 直君」

「義務で来てくれてるだけですよ」

少し胸のいたくなる謙遜を口にする。 

「そんなこと思ってないくせに」

そう言って色々診察を開始する。

「うん もう退院で大丈夫だね」

「本当に渚のことどうも思ってないの?」

間髪入れず、不意にそう尋ねられる。 

返答に詰まる。

「オッケー ありがとう もう大丈夫よ。その雰囲気で分かったわ」

にやにやと人をからかうような笑みを浮かべる。

返答に詰まったのは色々してくれたから、感謝はしている。けどそういうことを聞いているのでは、ないのだろうと考えていたからだ。 赤くなった頬自分で見ることはできないのだ。




本来であれば退院直後の日なので、もう一日休んでも問題はないのだが、直の刺激に飢えた心はそれを許さなかった。さすがに自転車で行くのは不可能なので車での送迎であった。

「またけがをしないようにね」

たしなめるようにそれでいて少し小ばかにしたように母が言う。

「さすがにもうしないよ ありがとね」

母の皮肉をするりとかわし、下車する。振り返らずに校舎へけがの調子を確認しながら進む。

場所はわかっている。2年4組だ。人の流れに乗り、昇降口に行き、自分の出席番号を探す。

そして右に曲がり階段を上り四つ目の教室だ。 すべて彼女の教えてくれた通りだった。

後ろの扉をガラッと開ける。全員いるわけではないがおおよそ半数の目線が突き刺さる。

奇異の目。

好奇の目。

無関心の目。

敵意の目。

色々な目に射すくめられ、二の足を踏む。そこに声がかかる。

「田向君 おはよー!」

朝から元気な渚の声にあてられて、笑顔になる。いつの間にか視線はなくなっていた。

「おはよう 中野さん」

「じゃあ 紹介するね。この子が斉藤 かえで」

「よろしく」

「ちょっと無愛想だけど、そんなに悪い子じゃないから」

「そんなことない」 

その会話に確かな友情を感じた。本当に親友なんだと心の底から納得できた。別段疑っていたわけでもないが。

「それでこの子が三木 宗次郎」

目が合うと敵意のこもったような目から驚いたような目に変わったように感じた。がそれもつかの間

ふいっと横を向いて

「...よろしく」

「ちょっと不機嫌みたいね 機嫌治してあげなきゃ」

そう言って渚は宗次郎の脇腹に手を入れ、くすぐる。

「ちょっ やめ」

無理していやそうな顔を浮かべているが、うれしそうな顔は隠せない。

「宗次郎 実は嬉しい」

ぼそっとかえでががそうつぶやく。

「別にそんなんじゃ「そうなの じゃあもっとやってあげないと」」

そんなやり取りが続き、ホームルームの時間となった。

基本は前の学校と大きく変わることはなかった。授業の進度も大きく変わらず、始業、終業の時間も変わらない。

休み時間となり、渚が直のもとに近づく。

「聞いたことなかったけど、何か趣味とかってあるの? 部活も入る気ないって言ってたし。」

「ギターをねちょっとやってるんだ」

好きなものを話す直の表情に渚は嬉しそうにする。

「へえ かっこいいね!」

そうして会話は続いていく。 離れた席で顔を伏せて聞き耳を立てていた、宗次郎が直の言葉を聞き、

顔をガバッと上げて

「やっぱり」とつぶやいたのを聞いたものは誰もいなかった。




一か月がたった。いつものように階段を上り、後ろのドアから教室に入る。

「おはよう」

そう言って入るもいつもの、元気な声が返ってこない。

返ってくるのは、細い糸のような声だった

「おはよ」

「どうしたの?元気ないね」

直は渚をしっかりと見据えて話す。

「うん それがね 夜中に何回もピンポンダッシュされたんだ。それで怖くて眠れなくて」

「犯人の姿は見えなかったの?」

「うん...」

直は心の底から心配そうな顔で渚を見つめる。 

かえではその二人を見て満足そうにうなずく。

宗次郎はいぶかしげな眼で直を見る。

それから一か月渚へのいたずらは続いた。もちろん毎日というわけではなかったが、

三日に一回くらいの頻度で続いた。

日に日に渚はやつれていった。

宗次郎は意を決して直を呼び出す。

「直ちょっと来いよ」

素直についていき、廊下で話す。

「お前ザ・ブルースカイのギターだろ」

「なんでそれを...」

そこまで大きなバンドではなく、小さなライブハウスとかで演奏するようなバンドなのだ。 それをなぜ知っているのか。

「俺の姉ちゃんがファンでな。何回かライブに連れていかれたのさ」

「ありがとう?って言えばいいのかな。」

「そんなのはどうでもいい。お前にコアなファンがついていることはもちろん知っているよな。」

「もちろん知っているよ」

ライブをするたびに駆けつけてくれて、差し入れをしてくれる気のいい人たちだ。

「そいつらが多分渚を苦しめている。」

怒りのこもった、しかしそれを押さえつけようとしている声を発する。

直はハッとする思い当たる節はいくつかあった。いささか熱狂的すぎるようにも、見受けられる行動はいくつかあった。

「そんな...でも...」

それでも自分を慕ってくれる人を簡単に疑うことは直にはできなかった。

「本当に直のファンがやってるかどうかは、わからないが可能性が少しでもあるなら、

渚のために俺はそれをつぶしたい。 言っていることがわかるか?

渚と少し距離を置いてくれ」

しかし直は自分と仲の良い友達を苦しめることはそれ以上にできなかった。

心が痛んだが、背に腹は代えられなかった。

「...わかったよ」

そう言って踵を返し、教室に戻った。

「宗次郎のやっていることは、本当に渚のため?」

脇からかえでがぬらりと出てくる。

「...何が言いたい」

「自分の為なんじゃないの」

バッサリと言い捨てる。そこに遠慮もためらいも一切ない。

「クッ」

何も言わずイライラした様子で、宗次郎も教室に戻る。

「はてさてどうしたものか」

かえではすべてを悟ったようにため息をつく。



それから一週間直は渚を避け続けた。無視はしない。それは直の心には猛毒となる。

話しかけられそうになる前にトイレに逃げる。

できるだけ目も合わせない。

それでも直の心は痛んだ。どうしようもなく痛んだ。真っ直ぐな心がぐちゃぐちゃに折れ曲がっていく。

渚のためだと言い聞かせ。沈む精神をどうにか平常に保つ。

自分より渚のほうがきついのだと暗示をかける。

これで何とかなると暗示をかける。

もう何が何だかわからなかった。

陰鬱な心持のまま三時間目を迎えると、さっきまで暗い顔をしていた渚が見当たらない。

「それでは授業を始め...渚さんはどうしました」

ざわざわとするが、その問いに答えられる人はいない。

「先生 田向君の具合が悪そうなので保健室に連れていきます」

「いっ いや。僕そんな具合悪く... いえ悪いです。保健室に行かせてください。

かえでからの虎でさえも殺せそうな目力で見られる。

「じゃあかえでさんおねがいします。」

そして二人で教室を出ると、

「ねえ あなたは何がしたいの?」

底冷えのする冷たい声で問いかけられる。

「何って。どういうこと? 」

「あんたが渚のこと無視していることよ」

「無視なんかしていな「してるじゃない」」

決して大きな声ではないのに、なぜか押し通すことができない。

「今渚は苦しんでるわ いたずらも毎日続いているうえに、友達にも無視されているもの」

「まだいたずらは続いてるの!?」

「ええ」

「そんな...」

「どうしてあなたはそんなに、つらい思いをしてまで渚のことを心配できるの?」

「それは友達だから「本当にそれだけ?」」

本当にそれだけ?その声が頭の中をリフレインする。

「もう一度聞くわ 本当にそれだけ?」

事故に合った時、いの一番に助けてくれた。

毎日お見舞いに来てくれた。

毎日お話ししてくれた。 

あの笑顔にいつも助けられた。

あの笑顔にいつも惹かれていた。

あの小さな体からあふれる元気にいつも元気づけられていた。

彼女と話す時間が楽しかった。

彼女と過ごす時間が落ち着いた。

彼女と目が合うと心が浮ついた。

彼女と手が触れるとドキッとした。

そう考えたとき自然と口が動いた。

「それだけじゃ...ない」

「あなたが渚のために苦しんだのはなぜ?。あんなにも渚のためを思うことができたのはなぜ?」

「そうだ...僕は...ありがとう かえで」

そう言って直は走り出した。

「どういたしまして。これで救えたかな...。来た意味あったかな。」

直に聞こえないように独りごちる。

かえでははるか遠くの空を見上げた。その空は雲一つない快晴だった。


直は走る。想いを抱えて。

直は後悔する。自分のした行動の愚かさに。

直は息を切らす。自らが恋する女の子のために。

走る。駆ける。疾駆する。突っ走る。ひた走る。進行する。走行する。疾走する。

直は校舎中を想いをエンジンに渚を探し回る。


渚はため息をつく。自らの身に襲う不幸について。

渚は嘆息する。少し離れて気づいて膨らむ自分の想いについて。

渚は考える。なぜ無視されるようになったのかを。

考える。思い描く。思案する。思念する。仮想する。勘考する。考察する。省みる。

渚はため息とともに階段の下でうずくまる。


どうしてあんな事故を起こしたんだろう。

どうしてあんなことしたんだろう。

どうしてあんなにも可愛いんだろう。


なぜ私はあの男の子に声をかけたんだろう。

なぜ私はあの男の子に無視されるんだろう。

なぜ私はあの男の子のことをこんなにも考えてしまうのだろう。


二人の想いは交錯した。


「やっと見つけた」

その優しい声に心臓が飛び跳ねる。

「何しに来たの」

本当はうれしいくせにこんなことしか言えない。

「あなたを探しに来ました」

また心臓がはねる。それでも無視され続けた心は癒えない。

「ずっと無視してたくせに ずっとしゃべってくれなかったくせに 

ずっと...「好きです」」

「すみません こんな雰囲気もないところで、それでも言います」

「好きです」

真摯な目と真剣な雰囲気から出る、好きの気持ちは驚くほどストレートで渚の心を貫いた。

涙があふれる。直が抱きしめてくれ、その胸で泣く。

「どうじで好ぎなのに、無視なんがずるの、あたじも好ぎだばかぁ」

とりとめのない喜びの涙があふれてくる。

その涙は少年の心のように純粋で、少女の心のように美しかった。

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