第21話この世界とは
「何して遊んでたんだよ、お前ら」
「スイが天井に張り付いたままおりてきませんねぇ」
「特に何もありませんでしたよ。本当です」
スイはいつの間にか鎖で作ったハンモックに引きこもり、決して降りてくることはなかった。
その代わり、天井からは時々悶える様な声とごそごそとした寝返りを打つ音が聞こえた。
このことについて、トロイは顔を青くしたり赤くしたりしながら口をつぐんだ。
「それにしても、大分良くなったようで安心しましたよ」
「…なんか、エルシーさん最初の時と性格違いません?もっと不気味な感じじゃありませんでしたか?」
「そうか?こいつはこんなもんだったろう」
「ああして不信感を煽り、違和感を募らせ、かけた暗示を自力で解いて貰うつもりだったんですがねぇ。
いやはや、トラブル続きで上手くいかないものです」
「なら、自分でも驚くくらい冷静なんですが、何かしました?」
「それはスイの影響か、さもなくば貴方の本性でしょう。
ほら、お姉ちゃんがこんなですし?似るんでしょう」
「昨日も気になったんですけど、何故あの大男を女性だと思ったんです?しかも姉なんて…」
「好奇心旺盛ですねぇ。いいですねぇ。そういうのは好きですよ」
「茶化さないでください」
トロイは意識した半眼でもって、ニヤケ面のエルシーを見つめた。
「目がね、いいんですよ。私。
よぉっく見えるんです」
「…ま、なんでもいいです」
「んふふ」
昨晩とは打って変わって、エルシーの言葉や態度から感じる心配りにやや戸惑いながらも、トロイは布団を片付けて座り込み、二人の買ってきた屋台料理を一緒になって平らげた。
味の濃い肉串から始まり、ソースのたっぷりかかった粉もの、揚げ芋など、どこか懐かしさを覚えるそれらは、起き抜けのトロイにはくどく感じられたが、確かな満足感を与えた。
三人が食事を終えてもスイが姿を現すことはなかった。
「あー、食った食った。
それでな、トロイ。今朝方エルと話をしたんだが、そこでざっくりと色々聞いたわけよ」
ラポはトロイの知らぬ間に、エルシーのことをあだ名で呼んでいるし、先に様々なことを聞いたようだ。自分は起き抜けに恐ろしいものを見たというのに、とお気楽なラポを羨み、トロイは睨んだ。
「まず、俺らの現状についてだ。三つある。
一つ、前いた世界には帰れねぇ。
二つ、俺らは死んでここにいるのではない。
三つ、状況は思ったより複雑であーる」
「ああ、そういう。元々、そんな話が聞きたくてエルシーさん探してたんですっけ。
正直、今なら大抵の話は鵜呑みに出来ますよ」
「興味ないですかねぇ?」
「いいえ、詳しく聞いてもいいですか?」
トロイが望めば、エルシーはそれを快諾した。
立ち上がり、朝食で使った箸を振って話し始めた。
「ラポちゃんがいったのがほぼ全てですよ。詳しく話せば長くなりますが、それでもよろしいですか?」
トロイは頷いた。
「それではお待ちかね、チュートリアルといきましょうか。
前いた世界に帰れない。これは正確に言えば、現実的な手段が存在しない、となります。まあ、端的にいって論外です」
「倫理的な問題ですか?
それとも物理的に達成不可能ということですか?」
「んー後者ですかねぇ」
「なるほど」
トロイにとって、曖昧な過去になりつつある元の世界に未練はなかったから冷静だ。エルシーを求めたのも、現状打破と疑問の解消であって、元の世界に帰る方法を知るためではない。
横で耳をほじるラポも、興味なさげに聞いている。
「さて、二つ目のお話。
貴方方は死んでいない。しかし元の体でこちらに来たわけではありません。では、どういう仕組みかといいますと、魂です。体を置き去りに、魂で来て、新たな自分となったのです」
「また抽象的なフワフワした話になりましたね…。
それ、本体どうなってるんですか?」
「ま、半分こじつけです。本体は…さあ?観測できないので詳しくわかりませんねぇ。人間の心、精神なんてのは脳みそに依存していますから、仮に魂なんていうほんわかした何かが分離しても影響はないんじゃないかと。ただまぁ、本体が生きているのは確実ですよ」
「テキトーだなぁおい。つーか観測できないのに本体の無事を確信してるのは矛盾してね?」
ラポが矛盾をつつけば、エルシーは肩を竦めた。
「今のは話半分にお聞きください。
ところで、ここに迷い込む者は、皆かつての朧げな記憶を持って、いつの間にか新たな体を得て、我々に溶け込み生活を送ります。
そこでラポちゃん。貴方は騎士ですね?」
「ん?おう。そうだ」
ラポは気怠げに答える。
「では、どこに所属しているのですか?試験はありましたか?一体、誰に仕えているのです?」
「おおう?あー、あー?やっぱわっかんね」
エルシーからの立て続けの質問に対し、苛立たし気に唸ったラポは、お手上げとばかりに畳に仰向けになった。
「この齟齬は、魂と体の不一致から起こるのではないかと推測されます」
「それって、つまり俺達は他人の肉体を乗っ取ったっていうことですか?」
「そんなとこです。
結論を言いますと、何らかのキャラクター、恐らくは自分で生み出したこちらの記憶を持ち、生活しているそれに寄生ないしは憑依し、一体となったのが今のお二人、というわけです」
「…ちょっと待って。
魂がどうのって話を持ち出した理由はなんとなく分かりました。けど、話が飛躍し過ぎです。
生み出した、生活しているってのは良くわかりませんが、キャラクターっていうのは比喩ではなく?」
トロイはこめかみを抑え、眉根を寄せながら話を遮った。
やるせない思いの行き場を求め、後ろに寝ているラポに構わず、思い切り伸びをする。聞こえるうめき声は無視して起き上がり、再び聞く姿勢に戻った。
「はい」
「じゃあ、俺もトロイもそういう、てめぇの妄想で生まれたキャラクターってか?
ギルドで晩飯食ったときに、冗談で一人称のロールプレイングゲームみてぇだなんて言ったが、当たらずと雖も遠からずだったか」
寝っ転がっていたラポが、勢いをつけて跳ね起きた。
それを見て、鎧は脱いでいるようだが、あの図体でよくやるものだと、トロイは現実逃避気味に感心した。
「こちらの既知の情報が少な過ぎます。
これ、もっと前提の知識がないと付いていけないでしょう」
「我ながら回りくどい言い方でしたからねぇ」
「サクッとまとめてくれよなー」
「んふふ、失礼。
先ほどの説明では要領を得ないでしょうから、切り口を変えましょう。
唐突ですが、ここ、どんな世界だと思いますか?」
「どんなって、異世界的な?剣と魔法のファンタジーっぽいやつ」
「概ねそんなところです。
では正解はと言いますと、この世界はチャットルームの延長です」
ラポとトロイは固まった。
エルシーの口から語られたそれは、二人の予想しうる範囲を超えていた。
「おい、さっきはそんなこと言ってなかったろう」
「だって長い話嫌だって言うんですもん」
「え、は?
余計分からなくなったんですが」
「ふむん、では情報を一遍に吐き出しますよ。各々で消化してくださいね。いいですか?
私、こう見えても長生きしてましてねぇ、世界創造に立ち会っているんですよ。まま、質問は我慢して。
この体になる前、まだ人間だった頃、キャラクターになりきってチャットするなりきりチャットってのが流行ってたんです。私が使っていたところはTRPGの補助ツールも充実していたので、そっちの愛好家にもよく利用されていましたよ。ただ、管理人が厳格な個人サイトで、中の人がちょっとでも出るとアク禁になったりしましたねぇ。
ある日、そこで神様モドキに会いました。こいつの話は後にします。
それで、紆余曲折あってそのなりきりチャットの影響を多分に受けたこの世界が誕生したわけです。時折自分の意志とは無関係な思考、言動となるのはこれが原因です。世界がキャラクターを演じることを強制してくるのです.
さっき私が言ったキャラクターを作り、一体となるというのはつまり、キャラクターネームを入力し、エンターキーを押すことの例えです。そのキャラクターの持つ設定は、人間をコピーアンドペーストでこっちの世界に持ってきた時に記憶でもなんでも読み取って勝手に出来上がるんでしょう。これも確証がないんで、なんとも言えませんがねぇ。
あ、ちなみに魂の件も私の自論です。なので魂がどうの、なんてのは眉唾物の話としてまあ忘れてください。長話がしたかっただけです。ああ、でも、本体の無事はその神様モドキが保証してくれたことなので、ご心配なさらずに。
うーん、先にこっちだけ話せばそれで良かった気がしてきましたねぇ」
情報の暴力に晒されたトロイが倒れた。
「ほー。よくわからん。
で、神様ってのはなんだよ。そいつが気になる」
「モドキですよ。神様モドキ。
そいつは、世界を創造する役割を持った存在らしいんですが、本人が神ではないと否定しました。
なんでもそいつ曰く、己が神ではないことを知っている。なぜなら自分よりも上位の存在と邂逅したことがあり、その存在は自分の創造者ではなく、またその上位存在も自分の創造者を探している、と。そして、以降これがループするわけです。人間から見た神は己の創造者を知らないってんだからまあややこしい」
「すまん。聞いて悪かった。
珍しく頭使ってまーた腹が減ってきたぞ」
「とりあえず、この辺で話は打ち止めにしましょう。
整理する時間が必要でしょう」
「だな。二度寝しよ」
一頻り語ったエルシーは、寝そべったまま話を聞いていたトロイを担ぎ上げて、スイの引きこもるハンモックに投げ込むと、部屋の隅で埃を被っていた湯呑を取り出した。
かまどの脇に立て掛けてあった薪を適当に掴むとかまどに放り入れ、火打石で火をくべた。買い出しのついでに井戸から汲んできておいた水を鉄瓶に入れ、それを載せた。
エルシーは、上から響く悲鳴と、早くも聞こえ始めたラポのいびきを背に、お湯が沸くのを静かに待った。
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