第18話青の地区
巨大な城壁の内側は、地区を四つに別けられ、それぞれを赤の地区、白の地区、青の地区、黒の地区と呼んでいる。
赤の地区から
地上は近い。
星のように煌めいていた街灯の光はその神秘さを潜め、はっきりと建物を照らしていた。
青の地区で最も多いのは木造建築に
装飾的で華美な、あるいは軽妙洒脱な民家が景観など無視して節操なく建ち並ぶ。
町の中心には巨大な牌楼。
中央を目指すようにして這い回る無数の通りには、八卦模様に似た
道行く人々で目を引くのは、スタンドカラーのシャツに着物を羽織り、袴を履き、二枚歯の下駄を鳴らす書生風の人々。まばらだが、赤の地区にいたように、鎧姿の者や探索者風の襤褸を着た者も見られる。
夜も深まり、日付はとうに変わっていようというのに、町は未だ眠らない。各々の通りに等間隔で設置された
トロイとラポを出迎えたのは、そんな混沌とした様相を呈する地区であった。
「っはぁー、こりゃすげぇ…。
和風?
中華風?
間違ったアジアのイメージをそのまま町にしました、って感じだな」
「もう、あー、次から次へと…。
とりあえず、いい加減、落ち着きたい…」
ラポは興味深そうに街並みを見回し、トロイは疲れたように天を仰いだ。
そうこうしている間に二人を囲む鎖の柱はその数を減らし、やがて、実に二時間ぶりに地に降りた。
「エルシーと一緒にいたようだけど、お前達はアレの、エルシーの仲間か?」
そう言って出迎えたのは錆びた日本人形としか表しようのない女性であった。
四肢はなく、髪の代わりに最早見慣れた赤茶色の鎖を生やし、黒留袖に五つ紋の絵羽模様が施された和服を身に着けている。
薄っすらと残る眉、その下にある緋色の瞳は半開きで、どこともつかぬ方を向いている。青白い肌は所々錆が浮かび、ツンとした鼻は小さく、上品に閉じられた口は、夜にあってもはっきりと分かるほど赤く色づいていた。
小さな体躯を鎖で支え、月明りを背に、本来よりも高い位置から見下ろす彼女には、不思議と気品を感じさせるものがあった。
「いいえ、仲間というわけでは…。
失礼ですが、貴方がスイさんですか?」
やや身を引きながらトロイは問うた。
例によってラポは観戦を決め込み、小さく会釈をするのみであった。しかし、トロイをいつでも庇えるよう、僅かに足先へ体重をかける様は油断が無かった。
「久しく呼ばれていない名だ。懐かしい。そう呼べ。
仲間でないと言うならば、エルシーに巻き込まれたか?」
「はい。円盤型の魔具に乗らされて、その後は…」
「いい。知っている。鎖は私のだ」
「やはり、貴方でしたか。
遅くなりましたが、命を救っていただきありがとうございました」
トロイが尻を叩けば、ラポも慌てて礼を述べた。
「ありがとうございました!」
「気にするな」
スイが何でもないように手を振って答えると、その時、澄んだ鈴の音が響いた。
響く鈴の音は次第に増えて重なり、耳障りなまでに大きくなった。
「喧しいのが来たな」
呟きに答えるように音はピタリと止み、スイの背後、暗闇に黒緋の布が浮かび上がった。
その黒緋は一度波打つと、背筋を泡立たせるような水っぽい肉の音をたてて広がった。
やがて現れたのは長く黒い艶やかな髪を持った少女。
トロイとラポよりも先に地上へ降りたエルシーであった。
「んふふ。
スイ、話は最後まで聞いて下さい。
今日は貴方と仲直りしに来たのですから」
「黙れ。
こいつらに聞いた。わたくしを訪れたのは偶然だろう」
「まあまあ、元々ここに足を運ぶ予定でしたので、ついでの要件が先に片付くだけです」
スイは低い声で語るエルシーを見つめた。その目は険しく、彼女から生えた数多の鎖は蠢き、エルシーを囲うようにしている。
なんら気にした様子のないエルシーは、降参するように両手を上げ、微笑んだ。
「だから、話は最後まで聞いてくださいと言っているのです。
貴方のその
「それを信じろと?原因はお前にあったはずだろう」
「あれは、事故のようなものでした。今でも申し訳なく思っています。
ですから、今日、諸々の問題を一遍に解決するためにここに来ました。
彼らは私の客です。ねぇ?」
突然話を振られたトロイとラポは困惑し、スイはそんな彼らを睨みつけると、ほうと息を吐いた。
エルシー曰くの客である二人には察せぬ何かがあるらしく、しばし見つめ合ったスイとエルシーはそこで話を切り上げた。
「来い」
鎖と鎖が擦れ合う耳障りな音を発しながら踵を返したスイは、鎖をくねらせて蛇のように滑って移動を始めた。
「お待たせしましたねぇ。
聞きたいことは多々あるでしょうが、スイの家までは我慢してください」
「ああ、ここまでお預け食らったんだから、期待してるぜ」
「ラポ、疲れました。おんぶ」
緊張が解けて腰が抜けたらしいトロイが、ラポにくたりと寄り掛かれば、ラポは苦笑しながらそれに従った。
二人の少し前を行くエルシーは夜風にマントをはためかせ、後ろから聞こえたやり取りに小さく笑うと、鈴を鳴らして笑みを隠した。
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