第14話ラポという男(3/3)

 その店はなんら特別なことはないた寂れた佇まいの店だった。

 一見するとどこにでもありそうなありふれた様子で、店の名を指す看板も何もなく、ひたすらに簡素なものだった。

 建物から突き出すようにして伸びている青い雨除け屋根はぽつぽつと穴が開いていて、まるで用を成していない。

 店の前に敷かれた大型で木製の泥落としの上では、数匹の痩せた野良猫が毛繕いしており、一層の寂しさを感じさせた。


「もう降ろしてください。

 閉店してないのが不思議ですね。扉は…」


 トロイが慎重に探ろうとするより、ラポが扉を押し開ける方が速かった。


「開いてるな。

 後ろが怖い。さっさと入ろうぜ」

「俺はその度胸が怖いんですけど」


 侵入した二人の前には足の踏み場もないくらい積み上げられた大量の木箱。そのどれもが朽ちかけで埃を被っており、長時間放置されていたことを示している。

 カビと埃の匂いで満たされた店内に照明は無く、ガラス越しに僅かに入る月と街灯の光が床を照らす。その床には錆に覆われた赤茶色の鎖が好き放題に這っている。

 無秩序に荒れた店内を見た二人はしばし呆としていたが、外から聞こえる物音で正気に戻った。

 騎士達が、近い。

 身構えた二人。

 ラポの持つ依頼書が、突如光を発した


「なあトロイよぉ。今この依頼書光った?」

「ちょっと見せてください。

 うん?これ、新品みたいになってるんですけど」

「はぁ?」

「で、今までの文は消えて、鎖を辿れ、とだけ書かれています」

「うぇ、気味悪ぃよ!

 …行くか?」

「行かないって選択肢、あります?」

「だわなぁ」


 トロイはラポに木箱をどかさせながら道を確保し、鎖を辿り始めた。しかし、進めども進めども終わりが見えない。

 ついには行く手を塞ぐ木箱もなくなり、いつの間にか二人を囲む鎖はその数を増し、床だけでなく壁にも天井にも這うようになっていた。


「ここ、外から見たより広くねぇか?」

「ですね。おまけに、この鎖。いよいよもって何か出てきそうですね」

「何かってなんだよ。不安になること言うなよな」

「それが気になるから進むんです。

 どっちにしろ、ここで引けないでしょう」

「おい、だんだん目的が怪しくなってきたぞ。

 この先にいるだろう誰かに話し聞いてそれで終わりだよな?」

「さあ?どうでしょうね。素直に帰してくれるのか、それもすらも分からないんですから」

「なんでお前はそんな自信満々なんだよ…」


 二人がいい加減うんざりするほど歩いた頃、好き勝手に這っていた鎖には鉄枷が混じり、一か所に向かって収束し始めた。既に床を踏んでも鎖の感触しか返さず、足が埋もれないように注意しなければ転倒しかねないほどだった。

 そして、ついに二人の前には体中を赤茶けた鎖に覆われ、吊るされた黒い大男が現れた。

 黒く艶やかな長髪に、ラポを見下ろすだけの背丈を持ち、身に着けるのは無数の鈴がついた黒い衣服。

 見るものに嫌味なほどの高級さを感じさせる黒緋のマントを身に纏い、その男は強烈な悪寒のする笑みを浮かべていた。


「んふふ。

 ようこそ、何でも屋へ。

 私はエルシー。

 私との出会いが、貴方方にとっての幸でありますように」

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