あなたを殺す花
碧音あおい
ディアナ──ルナと魔法、森で暮らす日々。
彼女たちは広く深い森の奥で、生きていた。
外から見てはなお暗く、鬱蒼としているその森は、森の外の人間からは『魔女の森』と呼ばれている。
ひとたび森に足を踏み入れると、魔女による解けない呪いに合うだとか、魔女の作ったと言われる魔物に喰われるだとかと、外の人間は噂しているからだ。
実際のところ、魔物こそいないものの、森の中には大きな滝があって長い川があり、そこを中心として生活している生き物自体は多様に存在している。
また、森の木には木の実や果実が豊富に
けれど、森の中に魔女がいるのは、本当の話だ。
魔女は川から離れた少し小高い土地にある、木造りの一軒家で暮らしていた──ルナとディアナという、身体のつくりがよく似た双子の姉妹と共に。二人の外見は、数えで
双子の片割れであるルナは、足元には耐水性の
ルナは魔法陣にかすれたり欠けたりしている箇所を見つけると、本と照らし合わせながら、
高い所には足場代わりに木で組まれた椅子を使っていた。そのふっくらとした唇からは、だんだんと口笛さえ紡がれていく。ルナの背中に真っ直ぐ流れている銀髪が、やわらかく流れる風に乗って広がり、きらきらと光を弾く。膝下まである木綿のスカートを揺らす。風は木々の間を通って梢を鳴らしていく。
やがてルナが魔法陣の修復を終える頃、森に入っていたディアナが帰ってきた。
その華奢とも言える肩で背負っている籠の中には、複数の種類の枝に、色鮮やかな木の実に、いくつかの薬草の類いだった。
これらは森の獣避けに使うものだと、ルナもディアナも魔導書を使って魔女から教わっていた。ルナが修復している『避ける』魔法陣──例えば増水した川の水を、例えば雷火で燃える火の粉を、例えば不用意に近づく危険な生き物を。そういう力を補うもの。
「おかえりーディアナ」
「ただいま、ルナ」
ディアナは家の扉まで行くと、籠を下ろしてふうっと息をついた。
ルナもだけれど、ディアナも身体は大きいわけではない。少なくともデメテールよりは背も低い。身体つきもデメテールみたいにあちこちが出たり引っ込んでたりしない。
だから結構な重労働だった。いつもはふわふわと波打っている金の髪が、今はしっとりと汗で重くなっていて、それが汗ばんだ頬に張りついて邪魔だ。
そういえばデメテールはまだ部屋から出てきていないのだろうか。
そんなことをディアナが思っていると、ルナが魔法陣を修復する手を止めて言ってきた。
「なんか持ってきてあげよっか。喉かわいたでしょ」
「いい……自分でできる。魔法陣やってて」
「じゃーわたしのぶんもお願いしていい? これもう終わるから、一緒に飲もうよ」
「いいよ」
ディアナは家に入る前に、土埃や種や葉っぱにまみれた全身を手で払い落とす。腰まである髪にトゲトゲしている種っぽいものがいくつも引っかかっていてうんざりした。
髪の毛切ろうかな。ルナは絶対ダメって言うけど。
扉を開けて
ディアナは先に水場で手と顔を綺麗にすすぐ。鼻の先にまで土汚れが付いていた。掛けてある
食料棚の全ての扉の表面には、魔法陣。
『温める』魔法陣、『冷やす』魔法陣、『留める』魔法陣など、棚ごとに違った魔法陣が描かれている。描いたのはルナやディアナだ。
ディアナは『冷やす』食料棚からお茶の入った
すると。
「おかえりなさい、ディナ。ルゥはもう終わっていた?」
廊下の途中、凛とした、けれどどこか疲れを感じさせる声にはっとなって振り向いた。
「デメテール」
そこにいたのは、まるで熟成されたワインのように紅黒く長い髪を一本の三つ編みにして背中に流し、首筋や手までを隠すような衣装をいつも着ているデメテール──ディアナとルナを育てている魔女だった。
部屋から出てきたんだ。ほとんど一日ぶりだ、とディアナは思う。
お辞儀をするかのように両手を身体の前で合わせて背を伸ばした彼女は、長い睫毛を伏せた
デメテールは昨日からほとんど一日中、部屋の中でなにかをしていたはずで。だからすごく疲れているはずなのに、その瞳はひどく凪いでいた。だからディアナは、素直に聞かれたことに答えることにした。
大丈夫なの? の言葉を飲み込んで。
「……ただいま、デメテール。魔法陣の修復ならそろそろ終わると思う。あとは、あたしが採ってきた枝とかを配置するだけ」
「そう。お疲れさま、ディナ」
デメテールがディアナの頭を撫でる。その手は手袋越しでもディアナにとってはあたたかい。
「これからルゥとお茶会かしら?」
「うん。喉がかわいたから、一緒に飲もうって、ルナが」
「そう。……わたくしも共に行こうかしら」
良い? とデメテールが小さく微笑む。ディアナは喜んですぐさまこくりと頷く。
トレーを持っているせいで両手が塞がっていることがちょっと残念だった。
ディアナが先に、その後にデメテールが続いて外に出た。それに気がついたルナがぱあっと笑顔になる。
「デメテールだあ! お仕事は終わったの?」
「休憩、と言ったところね」
「よかったー、昨夜はご飯も食べなかったから、心配だったんだよ? ねーディアナ!」
「うん。魔力欠乏症になったかと思ってた」
「ごめんなさいね二人とも。のめり込むとついつい寝食を忘れてしまうのは、わたくしの悪い癖だわ」
眉を下げてデメテールが苦笑した。
よしっ、とルナが両手を合わせて叩く。
「じゃあもうひとつ椅子を複製しようっと! ディアナ、あっちの枝一本ちょうだい!」
「いいよ」
「やったっ。ちょっと待っててね、デメテール!」
「ええ」
ルナは籠からディアナが採取してきた枝のひとつを取り、持っていた本──魔導書をパラパラとめくる。開いたページにある、その題名は『複製魔法』。
ルナの
呼吸が静かに、一定の調子になる。
「──わたしは世界の魔法によって、あなたをただしく導き『増やす』。あなたの名前はただの椅子。正当なる対価は一本の枝。補助となる対価はこの身の魔力。これらを糧にあなたは増える。──『増やす』魔法があなたを作る!」
ふっくらとした桃色の唇は、まるで歌うように呪文を紡いだ。そうやって、ルナは呪文を媒介として、枝に魔力を込めていた。
ルナが、手に持つ枝や魔導書が、彼女の髪よりもまばゆい銀色の光を帯びる。その
そしてルナが枝を地面に立てると、ひとりでに枝がうねっていく。そうして一呼吸する間に、枝は三つ目の椅子へと変化していた。
ルナを包んでいた銀の輝きが、消える。
ルナがふぅっと息を吐いた。
「よーし、できたよデメテール!」
「はい、結構。よくできましたね、ルゥ」
デメテールがルナの頭を撫でると、ルナは猫みたいにデメテールの手に擦り寄ってく。もっと撫でられたいのだろう。
それを見ながら、ディアナは、
「じゃあ、あたしはテーブルを創る。いい? デメテール」
挙手をして背の高いデメテールを見上げた。ルナは不思議そうな眼差しを、デメテールとディアナに行き来させた。
「家の中にあるやつの複製じゃなくて?」
「ルゥ、教えを忘れましたか? 『増やす』魔法は、対象を実際に視認していないとただしく実現しないということを」
「あ、あはっ。そうだった! うん、そうだったね! じゃあディアナがんばって!」
ぐっと両手を胸の前で握るルナを見て、ディアナはくすりと笑った。自分と違い、ころころと表情の変わるルナは、ディアナにとって羨ましくもある。すぐにはっきりと思ったことが言えるところとか。
「お手並み拝見ですね、ディナ」
デメテールの笑んだ声を背に、ディアナはルナにトレーを手渡して、代わりに魔導書を受け取った。
ページをめくりつつ、太めの木の枝を籠から取り出す。見つけた必要なページは『簡易創造魔法』。
魔法陣の修復に使った
ディアナは椅子のあるところに戻ってきて、目を閉じる。
ゆっくりと息を吸って、吐く。
身体を整える──
──この枝は、テーブルだ。
身体が浮き上がるような感覚。
自分がここではないどこかにいるような感覚。
自分が手にした枝と同じになったかのような感覚。
だから、あたしはこの枝を変えられる。
「──あたしは世界の魔法によって、あなたをただしく導き『創る』。あなたの名前はただの机。その足は四つ。その上の天板は一つ。あなたは綺麗な緑に染まり、その足と天板はしっかりと固く繋がっている。正当なる対価は一本の枝。補助となる対価はこの身の魔力。これらを糧にあなたを作る。──『創る』魔法があなたを変える」
薄桃色の唇が、静かに吐息を乗せて呪文を紡ぐ。ディアナの身体や本や枝が、月のような金色に発光し、包まれる。風もないのに、その髪が浮き上がる。鳥の鳴き声も、梢の音も聞こえない。
ディアナもまた、呪文を媒介として枝に魔力を込めると──ぽいっと高めに枝を放り投げた。
すると枝は瞬時に分裂し、それぞれが直方体に整い、それぞれがくっついてテーブルの形となり、どん、と地面に着地した。
青い魔力煙と共に軽い砂埃がたって、けほっと誰かが咳をした。たぶん、ルナだ。
「……ディナ」
「はい」
ディアナは
「魔道具を投げるのはおよしなさい」
「……はい」
ディアナはしゅんとなった。
ルナのときのように褒めてくれると思ったのに。投げたのは、テーブルが想像より大きくなっちゃって、だから椅子とぶつかって倒れたら危ないなって思ったからなのに。
「でもすごいよディアナ、色まで付けちゃうんだもん! こんなに大きいのに、魔法の着色でよくある色ムラもないし。ね、デメテール!」
ルナがディアナ謹製のテーブルにお茶の
デメテールは、はあ、と息を吐く。
「そうですね。その
「合格……よかった」
ディアナはほっと胸を撫で下ろす。ルナみたいに頭は撫でられなかったけど、『先生』なデメテールには認められた。別に魔法の
デメテールはルナとディアナに対して魔法を教える体勢──つまり『先生』の状態になると、少し口調が変わるところがあった。物事を見る目もまるで検分するみたいに、多少厳しくなる。
それでも、ルナとディアナにとってはどんなときでも大切な存在に変わらないけれど。
椅子をテーブルまで運んだルナが、手を叩いて笑った。
「じゃあみんなでお茶会の始まり、はじまりー! ……あ。デメテールのぶんのカップがないや」
「大丈夫よ。すぐに
カップをひとつ持ち上げてデメテールは告げる。
「──わたくしの『増やす』魔法が、あなたを創る」
ただそれだけでテーブルの上にはもうひとつ、カップが増えていた。
「今度の買い出しは街まで行こうと思うの」
言ったのはデメテールだ。
「村じゃなくて街までなの?」──ルナが目を丸くした。
「森の結界はどうなるの?」──ディアナが首を傾げる。
デメテールは
「そろそろ寒い冬が訪れるから……今度の冬はいつもよりもずっと長く冷えると、星の動きが教えてくれたの。
だから必要なものを揃えないといけないのだけれど……村の蓄えだけでは賄いきれないものもあるから。この森に接している村はどこも小さいから無理は言えないし。
結界なら大丈夫よ。わたくしたちが出たあとに、森に掛けてある『選ぶ』魔法陣を強固にするから」
「……わたしたちも一緒に行けるの!?」
「……あたしたちも一緒に行っていいの?」
林檎のパイを食べながら、二人はデメテールに尋ねる。
いつもの近村への買い出しなどは、大抵デメテールひとりで行われているからだ。たまには、連れて行ってくれることもあるけれど。
けれどデメテールが
「ええ、今回はね。たぶん、あれこれ新調することになるでしょうから、わたくしひとりで決めるのもね。それに魔女に退屈は一番良くないもの。だからたまには新しい刺激も受けないと」
「やった! 人間の街なんて初めてだね、ディアナ!」
「そうだね、ルナ」
ルナがディアナに向かって両手を上げて、ディアナも倣うと、ルナは、ぱちん! と手を合わせてきた。かなりのはしゃぎようだ。
「あっ! ねえ、デメテール。わたし、欲しいものがあるんだけど、その、探してみてもいい……?」
頬を染めたルナがだんだんと小声になっていき、デメテールを上目遣いで見上げた。
「あら、なにが欲しいの?」
「えとね、
「あるわ。かなりめずらしい魔道具になるし、定期的に魔力を供給しなければいけないけれど……うん、そうね。あんまり高くなければ買っちゃいましょうか」
「……いいの?」
「いつも頑張っているご褒美よ」
「ありがとう、デメテール!」
ルナが勢いよく席を立つとデメテールの首に腕を回してぴょいぴょいと跳ねた。
デメテールは苦しいのだろう、お行儀が悪いですよ、離れなさい。と少し強めにルナに言ったが、ルナは笑顔だ。
デメテールはルナを抑えながらディアナに顔を向ける。
「ディナは? なにか欲しいものはなくて?」
水を向けられたディアナはしばらく無言で考えると、やがてふるふると首を振った。
なんでー? と席に戻ったルナが不思議がっている。
「欲しいものはない。……けど、ルナと、デメテールと、人間の街にある、色んなところに行ってみたい。……だめ?」
ディアナは控えめに首を傾げてみた。デメテールは僅かの間だけ目を
「……いいわよ。じゃあ今回は買い出しじゃなくて、旅行ね」
「りょこう? ってなに?」
「本で見たことある気がする」
「簡単に言うなら、自分の知らない別の土地に遊びに行くことよ。……まあ、外にある街はこの森と同じ領土なのだけれど」
ルナとディアナのやり取りに、デメテールは補足を入れた。少しでも理解の足しになるように、という考えからだ。
「じゃあわたしたちは旅人になるのかな? 本に出てきたみたいな!」
「色んなところに行ったら色んなものを見れるのかな。旅人みたいに」
くすくすとデメテールが小さく声を立てた。手袋越しでも分かる細い手がカップを持ち上げる。
「そうね。なれるといいわね。きっと、楽しいわよ」
デメテールはお茶を口にしてカップを置くと、ふ、と表情を変えた。凛とした、氷のように冷えた顔へ。そうして膝の上で手を重ね、二人に向き直る。
「──ルゥ。ディナ。わたくしと約束をして頂戴。それができないのなら、今までの話は無しです。解りました?」
ルナとディアナは、反射的に頷いていた。
そしてデメテールは、約束がなんなのかを、話し始め──。
数日後、三人は森の外──『イオリスの街』にある、デメテールいわく評判のいい宿屋の二階にいた。
行きなので荷物は思ったほどはない。
買い出しなのだから帰りの方が荷物が増えるのかもしれないが、もしかしたら『小さく』する魔法や『軽く』する魔法で荷物をまとめるのかもしれない。
デメテールはあらかじめどこかに手紙を出していたらしく、手紙が届くと簡単な身作りをした。同じように軽装をしたルナとディアナを連れて近村まで行くと、そこで馬車を借りた。幌付きの馬車だ。
馬車の傍にいた御者は、白い髭が豊かながっしりとした身体付きの男性だった。見た目の印象は怖かったが、笑うと途端に印象が変わる人だ。
栗毛をした馬は人懐っこいのか、ルナやディアナがおずおずと手を伸ばすと頭を寄せてきた。けれど餌は御者からしか食べないらしい。
デメテールは御者に手紙といくつかの硬貨を渡すと
そこから数時間ほどでこの宿に着いた。
デメテールが借りた部屋は一つ。ベッドは二つあって、小さな
食堂とお風呂と
雇った御者は宿の
辺りは既に薄暗く、薄雲の向こうで橙色と薄紫の混ざった空に、下弦の三日月がくるんと浮かんでいる。
背中からベッドに倒れ込んでいるルナが、窓ガラスを通して見えるそれを見て、きゃっきゃっと足をばたつかせていた。
「ねーディアナ! 外見て! すっごい綺麗だよ!」
「……ほんとだね。森で見るのとはなんだか違う気がする。綺麗」
同じベッドに腰かけたディアナが同じように窓から空を見つめて小さく微笑んだ。
デメテールは今はいない。宿屋の主人への挨拶や宿泊手続きをしにいくと言って出ていった。
「ねーディアナ」
空を見つめながらルナがそっと小さく、名前を呼んだ。まるで誰にも聞こえないようにと緊張しているかのように。
「なに、ルナ」
「デメテールの言った約束、覚えてる?」
「覚えてるよ」
「……意味、わかった?」
「……意味は、わかる、けど」
ディアナは自分の左肩に触る。ルナも、無意識にだろう、自身の左頬に触れていた。
二人はデメテールの言葉を思い出す。
──貴女たちの身体には、種が埋め込まれているの。わたくし以外の魔女の手によって。
──……その種が咲く原因はわたくしには解らない。あの魔女はなにも言わなかったから。
──けれど、貴女たちはその花を咲かせてはいけないの。絶対に。
──だから森の外に出ても、人間に触れてはいけないわ。その
──そして、森の外では絶対に魔法を使わないこと。
その強く厳しい調子の言葉を聞いてから、ディアナは左肩にほんの少しだけ違和感を抱くようになった。もしかしたら、ルナも、そうなのかもしれない。今も左頬に触っているように。
けれど、ディアナにとっての違和感はそれだけではなかった。
どうしてデメテールは今になってそれを言い出したのだろう?
そもそも、ルナとディアナの身体にはいつそんな種が埋め込まれていたのだろう?
デメテールの言う魔女とは一体誰なのだろう?
それが、ディアナには分からなかった。きっと、ルナにも。
コンコン、と部屋の扉が叩かれてから開く。入ってきたのはデメテールだ。
「……ルゥ。ディナ。ちゃんと鍵を閉めておきなさいと言ったでしょう」
「あ、ごめんなさい。すっかり忘れてた……」
「家ではそんなことしたことなかったから……」
ディアナたちの住む家の戸締りはいつもデメテールが行っていた。
それに『避ける』魔法陣のおかげで危険なものに脅かされることはなく、もしあったとしても『伝える』魔法陣があるから、ルナもディアナも危険を覚えることは今まで無かった。
さりげなく頬や肩から手を離しながら、二人はデメテールを真っ直ぐに見る。
部屋の扉を閉め、きちんと鍵を閉めてからデメテールは神妙な表情で言った。
「この宿に……いいえ、この街にいるのはわたくしたちだけではないわ。色々な人間が、それぞれの思惑を持って、ここにいる……それは決して他者に害をなそうとする人ばかりではないけれど、そうではない人間も多くいるの」
その声には隠しきれない、あるいは隠していない警戒の色が滲んでいた。それにはどこか悲しげな響きがあった。ルナもディアナも、それを感じていた。
デメテールは置いてある荷物から二つの首飾り《ペンダント》を取り出す。
その二つは同じ形をしてたが、
「だから二人とも。この魔道具を身につけていて」
そう言って、デメテールは膝立ちの形でベッドの傍に立つと、ルナと、ディアナにペンダントを掛けていった。
蒼の石と翠の石は、二人の丁度胸元で、月明かりを弾いてきらめいている。
「魔道具? デメテールが創ったの?」
「綺麗……ルナとあたしの色をしてる」
「ええ、そうよ。これは『
貴女たちが抗えないほどの出来事に遭ったときに……。
呟いたデメテールの声は僅かに震えていて、とてもとても小さなもので、二人はひどく不安になっていく。
それからデメテールは二人をまとめてぎゅっと抱きすくめると、
「……ごめんね……」
と、今にも泣きそうに囁いた。
二人の肩口に額をつけるように俯いているデメテールの表情は見えない。
でも、きっといまデメテールは泣いている。
そう思ったディアナが、ルナがなにかを言おうとしたとき。
デメテールは抱きしめていた二人から身体を離すと、明るい声で、明るい微笑みを作って言った。
「さあ、そろそろ夕食の時間ね。ここの奥さんが作った料理はね、格別に美味しいの」
いきましょう、と立ち上がって裾を直すデメテールは、ルナとディアナの二人にとっていつも通りに見えた。
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