第3話 病気――桃井杏

 その症状は2週間ほど前に始まった。


 はあ、とため息をつきながら、桃井杏はトイレを出た。下腹部の不快感は相変わらずだ。

(まいったなあ……)

 編集部のデスクに戻り、パソコンの画面を眺めるが、じんわり残る違和感のせいで、集中力はガタ落ちだった。このままでは仕事が終わらない。それどころか、この調子では今夜もまた眠れないかもしれない。ただでさえ、ここ数日ほとんど眠れていないというのに、これ以上睡眠不足が続けば、明日あたり、杏は完全に生けるゴミと化してしまうだろう。自分のことをゴミ呼ばわりするのは不愉快だが、事実なのだからしょうがない。

(……病院行こ)

 観念した杏は編集部の近くにある大学病院にネットで予約を入れると、パソコンの電源を落とした。

 本音を言えば、今日中に終わらせたい仕事があといくつか残っている。でも、幸い、マンガ家との打ち合わせは入っていない。早退するなら今日しかない。

「編集長。早退したいんですが」

 せめてカラ元気でも出そうと、元気よく申し出てみたが、編集長は原稿に目を落としたまま、杏のほうを見ることもなく、気だるそうに「おー」と応えただけだった。カチンと来ると同時に気が抜ける。せめて顔くらい上げたら――と言いたくなるのを我慢して、ふと我に帰る。いやいや、別にいいんじゃない? 無視されたわけじゃないんだし、この人、いつもこんなじゃん。

 普段なら気にも留めないことが、今日はやけに気に障るのは、このお腹のせいかもしれない。エレベーターで1階に下りながら、杏は手のひらでそっと下腹部をなでてみた。

 我慢しようと思えばできなくもない、けれど、どうしても意識せずにはいられない、あの不快感はまだ下腹部に居座ったままだ。今夜はうまく眠れるだろうか。またイライラと戦いながら、真夜中に映画を見るハメになるのだろうか。そんなことをつらつらと考えているうちに病院に着いた。


 B大学病院泌尿器科。

 医者も患者も、女性より男性のほうが圧倒的に多い診療科である。

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