監視塔①
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
場所が変わっても、ホムラがやる事はそんなに変わらない。
迷宮を抜けて塔を登り始めても、石像兵達が居なくなる訳ではなかった。延々と続く階段の呪いが腿に重く圧し掛かり始めたホムラ達の状態などお構い無しに、石像兵達は次々と現れ、行く手を阻んだ。
奴等からアネモネ達を守るのがホムラの仕事だ。向かってくる彼等を悉く撃退するのがホムラの仕事だ。
場所が変わっても、やる事は変わらない。
ただ、場所が変われば、そのやり方は大なり小なり変わってくる。使えるものが少ない、唯々だだっ広い場所では純粋な力を以て敵を斬り伏せるしかないが、使える環境が存在する戦場であれば、少し工夫すればその戦いは格段に楽になる。
「――こぉぉ……」
振り下ろされた敵の長剣を、裏拳を使って押し退ける。剣の刃ではなく腹を狙って裏拳を放ち、叩くのではなく柔らかく添えて相手の剣の軌道を真横へ書き換える。そんなイメージだ。
そしてホムラもまた、自らが放った裏拳の流れに身を任せる。書き換えられた剣の勢いに流され、ホムラの脇をよろけて行こうとしていた石像兵の首根っこを流れるような動作で掴み、強引に引き戻して自らの盾代わりとする。直後、
「――Арё!!」
背後でアネモネが呪文を結ぶ声が聞こえて、同時にホムラが盾にしていた石像兵に炎が纏わり付く。ホムラは即座に盾にしていた石像兵の背中を蹴り飛ばし、無慈悲な弩兵達に突っ込ませる。迷宮内と違って、狭い塔の中である。石像兵達は絡まり合うように、大穴が空いた壁際に倒れ込んだ。
ところでアネモネが度々使用する
「……!!」
爆弾に変えられた石像兵士が目も眩むような閃光を放ち、ホムラは来たるべきその瞬間に備えて顔面を庇う。
爆音。そして衝撃。
直ぐさま防御状態を解除して視線を遣ると、石像は一体も居なくなっていた。爆弾にされた石像兵はどうなったのか言うまでもないし、他の弩兵達はその衝撃をモロに喰らって壁の大穴から外に放り出された。わざわざ粉微塵に破砕しなくとも、そこら中に空いている壁の穴から放り出せば、戦闘を終わらせる事が出来る。立ち回りに気を付ける必要があるものの、楽で良い。
「ホムラ!」
「――ホムラさん……!」
背後から、リオルとクラウスの声。背後を見張る彼等が警告を発してきたとなれば、状況は見ずともハッキリ分かる。
即座に反転し、後衛達の下へ駆け戻る。彼等の間をすり抜けて、
小規模な弩兵の部隊である。全部で九体。一体何処から湧いて出たのか、距離にして一五歩程離れた所から、ひたすら射撃する構えを見せている。前衛は居ないものの、最前列の三体が撃っている間に二列目、三列目の石像達は新たな矢の装填を完了させて、殆ど切れ間の無い弾幕を完成させている。一度に三本しか飛んで来ないから対処はそんなに難しくないのが幸いだった。こうしてホムラがひたすら矢の撃ち落としに専念していれば、その内アネモネが魔術で一掃してくれる。
が。
「ホムラ、更に前方から敵が来ます!!」
一度につき一方向からしか敵は来ないなんて、そんな決まりがある訳が無い。
此方の隙を引き摺り出さんとするかのような波状攻撃に、ホムラは小さく舌打ちを零す。この展開も、既に何度目だろうか。
「――こぉぉ……」
忙しい。
ともすれば逸りそうになる自身の心を落ち着ける為にも、ホムラはリオルにも指摘された例の呼吸法を繰り返す。この呼吸法が何なのかは、結局ホムラにも分からない。言うなれば、夢の中で出会った謎の男が当たり前のように繰り返していた呼吸法だ。ただそれだけである。
けれど、この音がホムラの頭の中に妙に残っているのである。身体にも驚く程馴染み、落ち着くのも事実だった。
気が付けばこの呼吸法で息をしている。一度始まれば瞬く間に目が回るような忙しさに発展する敵の波状攻撃も、この呼吸を繰り返していれば何時の間にか乗り越えられている。そんな感じだった。
呼吸で空気が体内を循環するのに引き摺られて、”何か”が身体の中を循環する。感覚が鋭くなり、身体に微かだが”熱”が灯る。
「――”Καωαζ Γα Θοёρ .Αμε Γα Κ ρ ”……!」
アネモネが呪文を詠唱する声。遠くから響く敵達の足音。
もうこの場から動くべきか。いや、まだこの場に残るべきか。次々と飛んでくる弩の矢を打ち落としつつ、刻一刻と変わっていく周囲の状況の変化を五感全てで感じ取りながら、ホムラは”その時”が来るのを黙々と待つ。
アネモネの魔力が解放されるのを肌で感じ取ったのは、それから一拍置いた後の事だった。
「Арё!!」
ホムラの眼前に青い光を放つ魔方陣が現れ、視界がグニャリと歪む。手を止めたホムラの代わりに矢を絡め取ったそれは、アネモネが出現させた高密度の水の塊だ。それは次の瞬間、魔力制御の軛から解放されて、鉄砲水そのものの勢いで階段を駆け下りて行った。それは巨木を薙ぎ倒し、巨岩を押し流す自然の暴威だ。せいぜい人間程度の大きさしか無い石像なんて、ひとたまりも無い。
けれどその光景を、ホムラは視認していない。アネモネの魔術が発動するかしないかのタイミングで反転し、再び最前列に駆け戻っていたからだ。
筋力に頼って地面を蹴り付けるのではなく、膝を抜いて、重力に引かれるのに合わせて身体を制御するような感覚である。詠唱する魔術士独特の透明な表情を浮かべているアネモネ、前後どちらにも気を配れるような立ち位置で油断無く状況把握に努めているリオル、そして彼女等を守るように、震えながら小盾を構えているクラウスの脇を通り抜け、ホムラは吼えた。
「良く耐えた!」
前から迫ってくる一体は、ホムラの想定とは異なり、たったの一体だけだった。片手に
(させるか……!)
大太刀を素早く回転させて、裏拳の要領で放たれた相手の盾を柄頭で打ち返す。ホムラの大太刀は若干押し戻されたが、攻撃の真芯を捉えられた相手の盾は弾き返され、その持ち主も僅かながら体勢を崩す。
その隙にホムラは押し戻された大太刀を再度振るって、敵の首に刃を喰い込ませていた。首を刎ねてもこの敵には意味が無いから、敢えて喰い込ませたまま相手の身体を引き倒し、体勢を致命的に崩してやるのが狙いだった。
「――!?」
大太刀の先にあった重みが唐突に消えたのは、直後の事だ。勿論、ホムラが力加減や刃の角度の制御を誤った訳ではない。相手の石像が自ら首を刎ねられに来て、ホムラの大太刀から無理矢理自由になったのだ。
(しまっ――!?)
強制的に大太刀を振り抜かされ、致命的な隙を晒してしまったホムラに、石像兵が身体ごとぶつかりに来る。ホムラが咄嗟に固めた腹筋の防御なぞモノともしないで、敵の
「ぐ――」
やられた。油断していたつもりは無いが、これは相手の方が一枚上手だったらしい。思えば
起こってしまった事は覆らない。ホムラの腹の中は今や物理的に滅茶苦茶で、どうする事も出来ない。
だからホムラは切り替える。確かにホムラは割と洒落にならない怪我を負ってしまったのは事実だが、今は未だ倒れる訳には行かない。ホムラは未だ意識があって、身体も動く。戦える。ならば自身の仕事を放棄する訳には行かない。
「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ダメ押しとばかりに盾で連続で殴りつけて来るのを一旦無視して、ホムラは相手がさっきそうしたように、自ら一歩踏み込んだ。突き刺さったままの
「――」
悪態の一つでも
「ホムラ!」
幸いな事に。
敵の攻勢は、今ので一先ず終息を迎えたらしい。三〇分は戦い続けただろうか。ああ、疲れた。
「ああもう、また無茶して! 私、最後はもう詠唱終わってたのに!」
「……ごぽ」
「否定。喋らないで結構です、ホムラ。直ぐに横になって下さい。
アネモネとリオルが集まってくる。クラウスもやや遠巻きだが、近くには居る。最後にもう一度だけ敵の気配は無いか確認しようとした所で、アネモネに力任せに袖を引かれた。大人しく従って地面に倒れ込み、力を抜く。地面はホムラ自身の中身で汚かったが、どうせリオルの奇跡で元通りだ。気にしなかった。
「酷い……」
腹に空いた穴を見て、アネモネは自分の腹にそれが空いたような顔をする。
「怪我したらちゃんと下がろうよ、もう……」
「……ごぷ」
「喋らなくていいから」
ぴしゃりと言われれば、黙るしか無い。彼女は最後、詠唱を終えて魔術を放つ準備をしていたのだという。それに気付けなかったのは、ホムラも何だかんだで頭に血が上っていたという事だろう。結局、彼女には迷惑を掛けてしまった。
「
何やら呪文を唱えていたリオルがそう言って、再び別の呪文を唱え始める。直ぐにホムラの腹を食い散らかしていた激痛が消えて、曖昧になりつつあった意識が明瞭になってきた。
思わず、ほぅっと息が漏れる。息と一緒に、身体から力も抜けていく。
三〇秒もすれば、ホムラの身体は時間を逆回ししたかのように元通りになっていた。即座に上体は起こしたものの、一度を気を抜いてしまった影響か、立ち上がる気力までは湧いてこなかった。塔を登り始めてからほぼ動き続けていた報酬を要求するみたいに、腹の虫が不満げに低い唸り声を発したのはその時だ。
「……腹減ったな」
「私も。ずっと戦い通しだったからね」
「肯定。丁度良い機会です。
過剰なまでに遠慮して、哨戒に当たろうとしていたクラウスを三人掛かりで説き伏せて、ホムラ達は一旦休憩する事にした。
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