第三章
地上にて ~毒舌少女の決死行~
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
聞き耳を立てて周囲に人が居ないのを確認してから、狭い通気孔の中でグルリと身体の向きを入れ換える。入口を隔てている鉄格子に足を向け、体重を乗せて蹴り付ける。
一度、二度、もう一度。
この通気孔に潜り込んで、どのくらいの時間が経っただろう。少なくとも、五分や一〇分じゃきかない事だけは確かである。鎧を脱いで多少身軽になったとは言え、ずっと狭い所に居たのでは身体が凝り固まってバキバキになる。こんな鉄格子、普段なら一発で蹴り抜く事が出来るのに、今はそれすらも難しい。急いでいるというのに、酷くもどかしかった。
「とっとと、外れろ……!」
四度目でようやく、嵌め込まれていた鉄格子が外れて吹っ飛んでいった。反対側の壁にぶつかって派手な音を立ててしまい、反射的に舌打ちを溢してしまったが、そもそも此処には誰も居ないのは確認済みだから慌てる意味は必要は無いのだ。王城の、今は出入りを禁じられてしまっている場所に、非合法な手段で忍び込んでいるから、やや神経質になってしまっているらしい。あんまり他人へ敬意とか抱かない自分にも、王家に対する畏怖とかそういう感情がちょっとはあるようだった。
何にせよ、やってしまったものは仕方が無い。一応は聞き耳を立てて周囲の様子を確認し、それからスルリと通気孔から這い出した。
そこは、王城の地下ダンジョンの入口付近。今は立ち入り禁止になってしまっている場所の一画だった。
「……よし」
マリオン・ドゥナーが冒険者認定試験に受かって冒険者になったのは、二年前の話である。どうやらそこそこの才能と運があったらしく、力量を冒険者ギルドから認められ、同期よりも早く、銅級から銀級へと位を上げる事が出来た。銀級ともなると、ギルドからパーティを組む事を推奨される。何かしら適当な理由を付けて全部断って、ずっと一人でやって来た。自分が認める最高のパートナー以外、マリオンは認める気など無いのだ。
このダンジョンで試験を受けたのも、ずっと昔の話のような気がする。あの頃のマリオンはまだ十四歳で、こんな虚仮威しのようなダンジョンに対してさえ、ひどく緊張していたものだ。もう二度と訪れる事も無いと思っていたのに、現にマリオンは、こうして忍び込んでまで王宮地下のダンジョンに忍び込んでいる。人生、何が起こるか分からないものだ。
「……」
マリオンが戻る必要の無いダンジョンに戻って来たのは、人を探す為だ。今日の冒険者認定試験を受験していた筈の、クラウス・エクヴァル。はっきり言って冒険者の才能なんて微塵も無い、けれど自分に出来る事をコツコツ積み重ねて、夢を叶えようとしている男である。既に二十代後半も過ぎて、周囲からは呆れられ、見放されているが、めげずに頑張っている。マリオンにとっては、歳の離れた兄のような存在であり、冒険者を目指すキッカケとなった人物でもある。
そんな彼が、受験会場から戻って来なかった。不安になって試験会場を訪れてみれば、なにやら”事故”があったという。当然詳しい説明を求めたが、納得できる回答は得られず、仕舞いには番兵に追い返される始末だ。王城勤めの奴等は、王の威光をカサに着てるだけで大した事が無いクセに、態度だけはデカいからキライだ。向こうがセツメイセキニンとかそういうのを果たさないなら、こっちも好きにしてやろうと思った。だから番兵に追い返されたその足で王城の中に入り込み、通気孔とか下水道とかそういうダンジョンに繋がってそうなルートを探し、やがてそれっぽい通気孔に潜り込んだのだ。正直行き当たりばったりなのは自覚していたが、あんまり深くは考えなかった。本当に、とにかく時間が惜しかったのだ。
装備は鎧の下に着るインナーと、小剣だけだ。いつもの鎧と愛用の両手斧は、忍び込む事を決意し、侵入口を見繕った時点で適当な場所に隠し、置いてきた。鎧はともかく、武器は重量級のそれを好むマリオンにとって、この装備はちょっと不安だが、仕方無い。どうせ初心者用のダンジョンだ。ダンジョン独自の敵対的な存在は居らず、今は試験用のゴーレムも、ついでに捜索隊の人間も居ない筈だ。何故かは分からないが、先程、マリオンが通気孔の出口を求めて這いずっている最中に、大勢の人間が何やら慌てた様子で集まって、ダンジョンの外に出て行く気配を感じたのだ。話の内容は良く分からなかったが、会話の途中に、何度か「オーガ」という単語が聞こえた。
他の種族を圧倒する大柄な体躯と凶暴性を誇るこの種族は、人間その他の種族をも平気で喰らう。言葉は通じるはものの、慈悲など一切持ち合わせない彼等は、その食性と敵対的な態度から、種族連合への加盟を許されていない。それどころか、彼等はこの王都が在る地を自分達の土地だと主張して、人間の領土に度々現れては村や町を襲い、そこの住人を好き勝手に喰い荒らすという蛮行を繰り返している。
試験会場の捜索を行っていたのは、ギルドの面々や王直属の兵隊達だったという話だ。彼等が呼び戻されたと言う事は、それなりに大きな集団が王都の近くに現れたのだろうか。何にせよ、マリオンにとっては好都合だ。時間が過ぎれば諦めてしまうお上の捜索など最初から期待していない。
とは言え、人が完全に居なくなったかどうかは定かではない。一応は警戒する事にして、マリオンはダンジョンの中を進み始めたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます