果て無きリンボの境界線
罵論≪バロン≫
序章
「それがお前の結末だ」
地獄の底のようだった。
大地を穿つクレーターの底には、地上の戦火、その赤い光は届かない。もうもうと立ち込める蒸気は全てを溶かすような熱気を孕み、焦げた大地の表面は真っ黒に染まって元が土なのか炭なのか判別が付かない。
「――……」
歯を喰い縛っていた口の隙間から、寒い、と弱音が漏れたような気がした。今なお身体を煉獄の炎に炙られているにも関わらず、その熱は身体の中心には決して届かない。熱だけではなく、全ての感覚が曖昧且つ不明瞭で、昏く、冷たかった。視界は薄闇を被せられたように見通せず、感覚はふわふわと浮いているかのように覚束ない。ただ、自身の胸から“熱”がボタボタと零れ落ちていく感覚だけが鮮明で、確かなものだった。“熱”が身体から漏れていくのに比例して、力は入らず、意識も真っ黒に塗り潰されていく。身体は手に携えていた大太刀を支えにして引き摺らなければ前に進まなければならないほど、重い。そのくせ意識だけは、吹けば飛んで行ってしまいそうなくらいに軽いのだ。全てを投げ捨ててこの場に倒れれば、きっと自分はもう、二度と起き上がる事は出来ないだろう。極限まで回転が鈍くなった頭でもそれだけは理解出来ていた。
「××××……――」
それでも歩みを止めなかったのは、彼女をまだ見つけていなかったからだ。
「××××……――!」
既に自分の声が、ちゃんと意味を結んでいるのかも判別が付かなかった。それでも届けとばかりに彼女の名前を叫び、彼女の返事を聞き逃さないよう耳を澄ます。
この穴の底に居る事は確かなのだ。きっと、まだ何処にも行っていない筈だ。
異様に重たい自身の身体がもどかしい。思い通りに動かない自分の手足が恨めしい。
執念と焦燥に燃料にして、大穴の底を一歩、また一歩と彼女を探しながら進んでいく。
びちゃり、とこれまでとは違う感覚を足の裏に感じたのは、果たしてどれほどの
「――……!!」
自身の足元に突然穴が開いた時のような、全身の毛穴が一気に開く嫌な感覚がした。徐々にその活動が緩やかになっていた筈の心臓が痛いほどに跳ねて、その反動でドクドクと激しく身を捩り始める。
「――」
声が出ない。
赤い花の中心に横たわる、白い影。四方に手足をだらりと投げ出し、薄く開いた眼にはこの場の何も映していない。彼女の身体から漏れ出していく赤い花の花弁が今なおジワジワとその領域を広げていくその様だけが、彼女が見せる唯一の動きだった。
「××──……」
自分は今、彼女の名前を呼ぼうとしたのだろうか。それとも別の言葉を紡ごうとしたのだろうか。
分からない。
何も、考えられない。何も、判断付けられない。
そんな、そんな事よりも。
××××。××××が。
「──ああ」
地面に突いた両膝が、粘り気のある水音を立てるのが、何処か遠くの方から聞こえた。
静かに虚空を眺める彼女の頬に触れても、彼女は最早此方を見てくれない。髪に触れてもくすぐったがる事も無いし、掻き抱いても驚きに身を硬直させる事も無い。
「ああ、あああ……!」
ダラリと全身を弛緩させたまま、されるがままになっている彼女はもう、此処には居ない。世界中の何処を探したって、世界の境界を越えて探しに行ったって、彼女は、もう、何処にも居ない。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……ッッ!!!」
俺は、なんて事を。
喉が破れて声に血が混じる。
涙腺が裂けて血が溢れる。
涙も慟哭も、悔恨も悲嘆も、何の意味も成さない事を知っている。けれど、馬鹿か痴呆のように虚空を睨んで上げる叫び声は、どうにも止まらなかった。自分では止める事が出来なかった。
――……ああ。嗚呼。
俺は、何て事を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます