第4話 冬(3)

クリスマス当日。


俺は黒のダウンジャケットに紺のジーパンを穿き、少し大きめの鞄にクリスマスプレゼントを忍ばせていた。


今日はどこを見ても男女二人が互いに身を寄り添う姿がやけに目に付いた。


俺達四人はバスに乗ってアーケード街のイルミネーションを背景に写真を撮ったり、ゲームセンターで遊んだり、点灯式までの間四人で楽しんだ。


俺はあの一件以来、歩実とまともに会話をしていなかった。


学校でも挨拶はするが必要以上に会話する事は無かったし、今日もまだ一言も話していない。


航と夢とは明るく話すが、明らかに俺にだけ話してこないのがよく分かった。


本当にこんなのでプレゼントが無事渡せるのか不安になった俺は、少しでも普通に出来るように「綺麗だね」とか「寒いね」と当たり障りない言葉を歩実に投げかけた。


歩実は「そうだね」と白い息を吐きながら小さく頷くだけだった。


俺がプレゼントを渡す予定としては、ツリーに飾られた無数の電気が点灯し、皆がそれに注目している時に渡す算段になっていた。


点灯式の時間が近付くに連れ、焦りと不安が更に込み上げる。


それと同時に俺の気持ちも知らないで、と歩実への不満も増えていき、俺はついに歩実に言ってしまった。


「なぁ、この前悪かったよ。だからいい加減普通にしてくれよ」俺は弱ったように言うと、「ふふふ」と歩実は笑いを堪えていた。


「なにがおかしいだよ」


「だって大ちゃん普通の事しか言わないんだもん。綺麗だねとか寒いねとか。そうだねとしか返せないよ。それに大ちゃんの方が普通じゃないから私もなんか調子狂っちゃって」


「なんだよ。じゃあこんなに必死になる事なかったじゃん」


「そういう事言ったら台無しだよぉ? 女の子は自分の為に必死になってくれるのが嬉しいの。私もあの日勝手に帰ってごめんね」


俺は照れながら「おう」とだけ言うと、今度は「なんか大ちゃんらしいね」と歩実は笑っていた。


なにが俺らしいのか分からなかったが、歩実が隣で笑ってくれるのがとにかく嬉しかった。



「そろそろ時間だから行こうか」夢が前を歩く俺と歩実に言った。


場所はこの前元喜と買い物に行った所だったが、クリスマス当日だけあってか、以前来た時より飾り付けもかなり手が込んでいるように思えた。


サンタのコスプレをしてはしゃぎ回る人や、外で弾き語りをしている人までいた。


建物の中に流れる音楽はどれもクリスマスソングで、行き交う恋人たちの気持ちは既に高揚しているに違いないだろう。


そういう俺も気持ちが高揚している一人なのだが。


「間もなく中心部でツリーの点灯式を行います」辺りに大きな放送が流れた。


俺達は急いで中心部へ向かう。


途中、自動販売機を見つけた俺は「先に行っといて!」と三人に告げ、人数分の飲み物を買いに走った。


今日はニュースで言っていた通り、外はかなり冷え込んでいたので俺は懐炉代わりに暖かい飲み物を用意しようと思った。


ここからツリーも見えるし、買ってすぐに行けば間に合うだろう、と急いで財布から小銭を取り出し自動販売機に飲み込ませていく。


「ガタン」と人数分の飲み物を買い終え、両手に四本の飲み物を抱え走るが、人が多すぎて思ったように進めない。


時間は刻一刻と過ぎていき、俺は焦っていた。点灯した瞬間に歩実の横にいなければ俺の計画が台無しになる。人混みを無理矢理こじ開けてゆっくり進んでいると少し広いスペースに出た。


辺りを見渡すと前の方に航の後頭部を見つけた。俺はその方向に体を向けると後ろからものすごい勢いでぶつかられた。


その反動で胸に抱えていた飲み物が床に転がり、人混みの中に紛れ込んでいった。


「いたっ」俺は振り返るとその人は俺なんか気にもせずに一心不乱に中心を目指していた。


俺はとにかく落とした飲み物を拾い集めたが、一缶だけ遠くて届かない。


後数センチの所で誰かが缶を拾い俺に差し出してくれた。


「なにやってんの? 早くしないと始まっちゃうよ?」


その明るく陽気な声の主は夢だった。


「ごめん。助かった」


「いいから。こっち、こっち」


夢は俺の手を引き誘導する。人混みを一度出て、とにかく前に進もうとするが「さぁ。いよいよ点灯式の始まりです。


皆さま一緒にカウントダウンを宜しくお願い致します」と言って館内が一斉にカウントダウンをし始めた。


「サン! ニー! イチ!」とカウントされ、ツリーに飾られた無数の電球達が一斉に光を放った。


色鮮やかな電気に皆が歓声を上げながら、ツリーに向かって大きな拍手が送られた。


「間に合わなかったね」夢は小さく呟いた。


「そうだな。まぁ別に今日が最後じゃないし。また来年リベンジだな」


俺は胸に抱えた飲み物の一つを夢に渡して言った。


「ありがとう。大地はさ、まだ歩実の事が好きなの?」


夢は真剣な表情で俺の顔を見て訊いた。


「いきなりどうしたんだよ」笑って誤魔化す俺は、夢から目を逸らした。


「私ね? 大地が好きなの」


俺は頭が真っ白になった。夢が俺の事を好きなど考えもしなかった。


困った時は手を貸してくれて、いつも応援してくれる存在だったからだ。


俺が夢を好きになる事はあっても、夢が俺を好きになるなど誰が想像しただろうか。


「え? 待って。ちょ、それ本気で言ってる?」


俺はかなり動揺してしまい、言葉が上手く出てこなかった。


「本気だよ。だから大地の気持ちも聞かせてよ」


辺りが騒がしく、夢の声がかき消されそうになるのを必死で聞き取った。


周りの視線はツリーに夢中だが、俺と夢だけがお互いに視線を向け合っていた。


『お前の軽率な行動が時に人を傷付けるんだ。夢に対してもどう思ってるか知らないけど、はっきりしない態度は両方傷付ける事になるぞ』


俺はこの時、航に言われた言葉が頭に過ぎった。


俺の曖昧な態度は周りに迷惑を掛け、尚且つ傷つけているなどあの時俺は知りもしなかった。


今日この場ではっきりしないといけないのかもしれない、そう決意した。


「正直に言うとね……」俺は唾を飲み込み続けた。


「文化祭始まる前ぐらいから夢の事気になってた時期があったんだ。その時は歩実に振られて間もないし、傷ついた時にいつも横にいてくれたのが夢だったのもあって、気持ちがどんどん惹かれっていったんだ」


「うん」夢は涙を拭いながら頷く。


「でもこの前元喜と買い物に来た時にさ、プレゼントを選んでて最初に思い浮かんだのは歩実だったんだ。俺はやっぱりまだ好きなんだって思った。本当最低な話だけど夢とはこれからも仲良くやりたいと思ってる」


「うん。大地が歩実の事まだ好きなのは一緒にいて感じてた。私と話しててもいつも目では歩実追ってるんだもん。バレバレだよ。私もこれでスパっと切り替えるから最後に握手しようよ」


夢はそう言うと涙を拭き、手を差し出した。俺はその手を握り「ありがとう」と言った。


「そうだ! 夢に渡すものがあるんだ」俺は鞄の中から一つ袋を取り出した。


「え? なになに」


「じゃーん! クリスマスプレゼント」元喜とプレゼントを買いに行った時、一階の店にあった可愛い毛糸の靴下をこっそり買っていたのだ。


いつもお世話になっている夢へ感謝の気持ちでもあった。


「ありがとう! 嬉しい! でもこういうので女の子勘違いしちゃうんだから、これから気を付けなよ? 歩実に怒られちゃうよ」


「いんだよ! 友情の証だからさ!」俺は胸を張って夢に言うと夢は「なにそれ」と笑った。


「あのさ。一つだけ訊いてもいい?」


「なに?」と夢が答える。


「いつから俺の事好きだったの? 全然気付かなかった」


「だって大地鈍感だもん。しかも歩実しか見えてないし」いつものさっぱりした対応で夢は続けた。


「合宿の帰りの時くらいかなぁ? 皆に黙ってたからわかんなくても当然か。航には夏に報告したんだけどね」


「そんなに前から? ていうか航知ってたの?」


「夏に大地の事で相談したんだよ。でも今一緒にいるから後で連絡するって素気なくてさ、その後連絡もないから家まで押しかけた」


俺は抜けていたピースが見つかったような気がした。夏のあの日。


そう二人でバスに乗って帰ってる時、夢からの連絡で航の顔が強張ったような気がしたのはこれの事かもしれない。


「それもしかして俺達バイトから帰ってる時じゃない?」


「そんな事言ってた気もする。どうして?」


「いや、理由は無いんだけどね」


航はあの日の帰り、夢から相談を受けたはず。


その時たまたま俺が隣に座っていたから夢には後で連絡すると言ったのだろう。


その時の表情に違和感があったのは気のせいじゃないみたいだ。


航の好きな人はやっぱり夢なんだと確信した。


俺達二人に気まずい雰囲気は無く歩実達の所に向かった。

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