第4話 冬

木々の葉もすっかり枯れ落ちてしまい、辺りには澄んだ空気が立ち込めていた。


吐く息は白く染まり冬の寒さを物語っていた。俺と元喜は学校の帰りにコンビニで肉まんを買って、公園で雑談をしていた。


「男二人で公園って寂しくないか?」


俺はニット帽を深く被り、マフラーを首に巻いた男に訊ねた。


「まっ! たまにはいいでしょ! 大地と二人で話すの久しぶりだし」元喜は体を丸くして湯気を立てる肉まんにかぶりついた。


元喜は帆夏と付き合ってから俺達といる時間が減り、こうして二人になる事が珍しかった。


今日は歩実も夢も航もそれぞれの用事があるようで、俺達は二人寂しく公園に入り浸っていた。


「帆夏とはいい感じなの?」


「当たり前じゃん! やっぱりあの時勇気出してよかったよ!」


元喜の言うあの時とは後夜祭の事だろうとすぐにわかった。


それから今日までののろけ話を散々した後、話題は航の話になった。


「ところでさぁ、航の好きな人って聞いた事ある?」


俺は高校に入ってから航の恋愛話なんか一度も聞いた事が無かった。


人の恋愛沙汰にはやたら首を突っ込んでくるが、航本人の恋愛事情は謎のままだった。


まぁこんな事元喜に訊いても分かりはしないだろうけど、話のネタとしては最高だった。


「どうなんだろう? 高校に入ってからは分からないけど、昔から夢の事が好きなんじゃない? 周りもそういう風に思ってるし、航も別に否定する訳でもなしさ」


そう。あの二人と言えば昔からの幼馴染で仲が良く、周りからも夫婦と呼ばれる位に相性ピッタリなのだ。


だが、それだけで判断するには少し早い気がする。


こうなったら真実を知る他ない。そう思った俺は航の好きな人を聞き出す作戦を元喜に一緒に決行しようと誘った。


元喜は「面白そうだ」と不敵な笑みを浮かべ俺の誘いに乗った。


作戦は特に無く、正面突破が一番手っ取り早い、と元喜が強く言うので航には二人で質問攻めにするといったシンプルな方法だ。


本当にそれで上手くいくか疑問だがとりあえず決行してみる事にした。


「ところでさぁ……」元喜が不意に口を開いた。


「どうした?」


「大地って結局どっちが好きなの?」


「どうゆう意味?」


俺は不意の質問に少し戸惑ったが、平然を装いながら質問の意味を訊いた。


「だから歩実と夢どっちが好きなの? 最近の大地見てたらどっちが好きかわからないからさ」


元喜はたぶん本心で言っている。


航のような姑息なやり方ではなく、本当に疑問に感じた事を今訊いているに違いなかった。


元喜のその真っ直ぐで曇りの無い目を見ればすぐに分かる。


「そりゃ勿論……」


俺は途中まで言いかけて言葉がなぜか止まった。


どっちだ。正直今の時点でどちらか答えが出せなかった。


それ程に夢の存在が俺の中で大きくなっていた事に今初めて気付いたのだ。


「勿論? 歩実って事?」


元喜が俺の言葉の続きを予測し喋る。


「ごめん……。わかんないや」


俺の言葉に元喜は驚いたが「誰を好きになってもいいと思うよ。俺は」とすまし顔で言った。


日頃ならそんな元喜を茶化し笑うのだろうけど、この時の元喜の言葉は俺にとって救いの言葉だった。


思えば俺が辛い時にはいつも夢が隣にいてくれて、二人で馬鹿みたいなことをし合って、一番に俺の事を応援してくれてたのは夢だった。


「元喜……。俺どうしたらいい?」


「焦んなくていんじゃない? だって二人一緒に好きになる事って珍しい事じゃないしさ。これから徐々に決めていけばいんだよ」


元喜の屈託ない笑顔を見ていると、不思議と心が軽くなる。


今考えてる悩み事なんて馬鹿らしく思えるくらい元喜の笑顔にはパワーがあった。


「よっしゃ! ごちゃごちゃ考えるの止めた!」


「そうだよ! 大地頭良くないんだから色々考えたら駄目だよ!」


「どういう意味だよ! 数秒前の感動返せ!」


今はとにかく楽しくこいつらと一緒にいれるだけでいいやと思った。


次の日。


朝起きるのが苦になる季節なだけに中々布団から出られない俺だが、今日も遅刻せずになんとか登校した。


いつもように体を丸めたまま授業を受け、一歩も席を立たず昼休みまで過ごした。


弁当の時間はいつも屋上で食べるのが定番なのだが、今の季節の屋上は凍死してしまう可能性があるので、俺と航も教室で食べるようになった。


俺と航と元喜の三人で席をくっ付け弁当を広げ、いつものように雑談を繰り広げた。


ふと元喜が航の弁当の唐揚げを箸で掴み「これを返して欲しければ今から言う質問に答えよ」と誰の真似かわからない低い声で航に言った。


「くだらねぇ。で? なんだよ?」航は相変わらず興味無さげに訊ねた。


「あなたの好きな人は誰ですか?」


本当に単刀直入に訊いた元喜にもビックリだが「は? お前ら知らなかったの?」と不思議がった航にも俺は驚いた。


そもそも航はなぜ俺達が知っていると思っていたのだろうか。


確かに気付けばいつも一緒にいたが、航の口から俺はこいつが好きだなんて聞いた覚えがない。


俺は咄嗟に「知らねぇよ! で? で? 誰なの?」と喰い付くように訊ねたが航は「知らないなら秘密にしとくわ」とはぐらかした。


その時、元喜が箸で掴んでた唐揚げを口へと運び、再び航の弁当のおかずを狙った。


「調子に乗るなよ」航は元喜の腕を掴み押し返した。


「お前、自分だけ言わない何て卑怯だぞ!」俺は意義を申し立てた。隣で「そうだ、そうだ」と元喜が応援している。


「ところでお前歩実と喧嘩したらしいな」航はわざとらしく話を変えた。


「今その話はいいんだよ」俺は狙った獲物は逃がさなかった。


「何で喧嘩したの? また大地が怒らせたんでしょ!」さっきとは打って変わって元喜の興味が俺と歩実の喧嘩に移ってしまったようだ。


航は全てを計算したように元喜を誘い込み、上手く自分話題から俺の話へと変えた。


「話変えるなよ。今は航の話が先だろ。喧嘩の内容何て小さな事だし」俺は何とか流れをもう一度戻そうとした。


「何言ってんだ。友達が喧嘩してんのにほっとけないだろ? なぁ元喜!」航は言葉巧みに元喜を操った。


挙げ句の果てに元喜は「そうだ、そうだ」と既に航の支配下にいた。


仕方がないので喧嘩した日の出来事を話すと、航は「そりゃお前が悪いわ。しかも相当悪意がある」と言った。


「悪意なんてねぇよ。ただその日の事話してただけだぜ?」


「だからそれが悪いんだって。考えてもみろ。好きでもない男と二人きりで話したいか?

好きでもない男にプレゼント用意するか? 好きでもない男に家まで送ってもらうか? 今やっとお前に好意を示しつつあるのに、お前は横からベラベラと違う女の話して楽しい訳ないだろ。挙げ句の果てにプレゼント貰った後もその喋りは止まんないときたら、俺でも怒って帰るぞ」


毎度の事だが航に説教されると何も言い返せない。


自分のした事がいかに馬鹿だったか思い知らされ、言い返す言葉が見つからないからだ。


今、この瞬間も言い返せずただあの日の出来事を後悔するしか出来なかった。


「俺はただ……面白い話を」


「聞いて欲しかっただけか? お前の軽率な行動が時に人を傷付けるんだ。夢に対してもどう思ってるか知らないけど、はっきりしない態度は両方傷付ける事になるぞ」


航は俺の言葉を遮り追い打ちを掛けた。しかも俺の今の感情まで読み取ったかのように。


俺達が話している横で、元喜だけは俺と航の弁当のおかずを黙々と食べていた。

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