ノエルと森とヴェン

道端道草

第1話 出会い

これは自由を忘れた街とそこに住む少年たちのお話。




大自然の中に「キャストタウン」という街があった。

この街は自然に囲まれており、街中を木々が覆っている。

キャストタウンは決して恵まれた環境では無かったものの、住民たちはそれなりに楽しく暮らしていた。


少ない物資や食材に困ることも多々あったのだが、それを補う為に森の外に行こうと考える者は誰一人いなかった。

王族が分け与える少量の物資や食材を住人達で分け合い、助け合っていた。


そもそもこの街の住人には森の外に出ようという思考がないようだ。


子供たちはこの街で少しでも裕福に暮らす為に学校へ行き、大人たちはこの街で裕福に暮らしていける方法を教える。

それがこの街での当たり前となっていた。


いい成績を取ればそれだけいい仕事にも就ける。

そうすればいい給料をもらい生活が豊かになる。

子供たちは物心着いた頃からそう教え込まれていた。


いつもの様に学校へと通うノエル。

ノエルはお気に入りのオーバーオールを着て、履き馴れた茶色のブーツが地面を鳴らす。

そして父から譲り受けた大切なハンチング帽をかぶり、家の東にある学校へと向かう。

ノエルの家は南に位置する住宅区にあり、東へ抜けると開発区がある。

学校はこの開発区にあり、平日は毎朝ここに通うのが決まりだ。

住宅区には朝から忙しそうに洗濯をしている人や、ノエルと同じように学校へ行く人。

工業区へと仕事に向かう人もいれば、農業区の方に買い物に行く人まで様々だ。


住宅区の朝はこうして忙しなくやってくる。

大通りを通ると、多くの人が行き交うのでノエルは比較的には人通りが少ない道を選んで登校していた。

ノエルは立ち並ぶ住宅の脇道を抜け、いくつも折れ曲がった小道を通るのがお決まりなのだが、ここを通る理由がもう一つあった。


「さぁ朝刊だよー! みんな読んでくれー!」


彼は朝から大声で住宅区を走り回り、肩から掛けているカバンからチラシを取り出してはあちこちにバラまいていた。

ノエルは自分の前に落ちたチラシを拾い上げ、それに目を通す。

そこにはこう描かれていた。


『森の外にはどんな世界が広がっているのか?』


この街の外の世界を想像して描いたのか、チラシの絵には多彩な色で塗られたなんとも奇妙な絵。

五歳児の落書きの方が上手ではないかと疑いたくもなる。

だが、見る人によればその奇妙な絵も芸術的な作品なのかもしれない。


「またあんたかいヴェン! いい加減にしなさい!」


彼の名はヴェン。

いつも騒々しく街中を騒がせているちょっとした有名人だ。

大きな声で近所の住人から罵声を浴びるヴェンは、それでも街中を走り続け、そのチラシを配り回った。

ある時は噴水の広場で木箱に乗り、自分の立てた仮説を多くの人に語ったりもしていた。

住民達はヴェンのことは指さして笑い、中には面白半分で聞き耳を立てる者もいたが、それは興味本位でヴェンの考えに賛同している訳ではない。

ヴェンは笑われようが、けなされようが毎日『森の外』について街の住民に訴えかけていた。

ノエルはそんなヴェンに興味が沸き、そしていつも間かヴェンの人間性に魅かれていた。


ヴェンは学校でもその異端ぶりを放っていた。

二人は同じ学校に通い、同じ授業を受けるのだが、授業中ヴェン以外の生徒は、キャストタウンで上手に生活する方法を学ぶのに対して、ヴェンは森の外でどうやって食料や物資を確保するかを考えていた。

そして休み時間になると、ヴェンは隣に座っている人を捕まえては自分の考えをいくつも聞かせていた。

こんなことを続けている内に、ヴェンの周りからどんどん人が離れて行く。

それは上に投げた物が頂点に達し、次第に下へと落ちてくる程、至極当然の出来事だった。

この街の住人にとって、ヴェンの行動と発言は理解し難い。


だから今日の授業もヴェンの隣には誰も座っていない。

これがこの学校の当たり前になっていたのだ。


授業中、物凄い勢いでノートに何かを書いているヴェンが気になって仕方ないノエル。

先生が黒板に打ち付けるチョークの音よりも、ヴェンの鉛筆が勢いよくノートの上を走る光景の方が見ていて興味が沸く。

周囲から変人扱いされているヴェンに魅かれ、毎朝ヴェンの行動を観察するのがノエルは楽しみで仕方なかったのだ。

授業が終わった後、誰もいなくなった教室でノエルはヴェンに問いかけた。


「なんでそんな森の外に興味あるの?」


ノエルの言葉に驚いた表情をするヴェン。

自分に話しかけてくる人なんていたのかと疑うような表情だ。

それでも『森の外』という単語にワクワクしたのか、表情はパっと明るくなった。


「森の外には楽しいことが沢山あるんだ!」


「それだけ?」


ノエルは呆然とした。

もう少しまともな理由があると思っていたからだ。


「君、名前は?」


ノエルのことなんて気にせずに、今度はヴェンが問いかける。


「僕はノエル。ヴェン、君のことはよく知ってるよ」


「おぉ。それは光栄だ。ところでノエルはなんでオイラに話しかけたの?」


ヴェンはニコッと笑いながら言った。


顔には小傷が沢山あり、髪の毛はボサボサの茶髪。

服は薄汚れたチェックのシャツに緑色のズボンを履いている。

そんな気品もない姿のヴェンだが、彼の笑顔は何一つ曇っていなかった。


「ヴェンのやってる事が気になるからかな」


そう聞くとヴェンはクスっと笑った。

そんなヴェンを見て不思議そうな表情を浮かべているノエル。

なにが可笑しいのだと頭にはクエスチョンマークが浮かんでいた。


「ノエルもオイラと一緒だよ。気になるから求めるのさ。この街ではオイラの気になる事を教えてくれる人はいないから」


ノエルは首を傾げてヴェンの言葉の意味を考えているが、ヴェンの思考はやはり理解できない。

それから二人は街が赤く染まるまで誰もいない教室で話し続けた。



                   ※



「ノエル! こんな時間までどこ行ってたんだい!」


大声で怒鳴りつける小太りな女性。


「ごめんないさい、マーガレットさん」


「すぐに飯の支度しな!」


家の中には丸テーブルが一つと椅子が三つ並んでおり、床には小さな机が一つだけ置かれていた。

キッチンは割と手狭でヴェンは慣れた手つきでご飯の支度をする。

そこにトボトボと歩いてきた子供が、ヴェンの服を引っ張る。


「ヴェン、一緒に遊ぼう」


子供はヴェンの服を何度も引っ張り、手に持ったブロックで遊ぼうとヴェンを誘っていた。


「ごめんねトム。ご飯食べてから遊ぼうね」


ヴェンの言葉に納得したのか、コクリと頷きトムは部屋に戻っていく。


今日のご飯はスープにそしてマーガレットさんが買ってきたお肉を焼いた。

そして丸テーブルにはパンを並べ、それぞれの椅子の前にお皿とスプーン、フォークを並べる。

床にある小さな机がヴェンの特等席だ。


丸テーブルにはマーガレットさんに息子のトム、そしてマーガレットさんの旦那のジェイさんが座る。

ヴェンはこの家に住まわせてもらっており、代わりに家事やトムの世話をしていた。

お小遣いなんてものはないし、贅沢は何一つ出来ないが、住む家と服、そして食事があるだけでもありがたい事だと思っていた。


「ガシャン!」


振り返った時にヴェンの肘がコップにあたり、床に落ちる。

その衝撃でコップは割れ、破片があたり一面に飛び散った。


「お前何やってんだ!」


コップが割れた音を聞いて、ジェイさんが奥の部屋から飛んできた。

そして床に散らばったコップの破片を見て、状況を理解した後、ヴェンの顔を思いっきり殴り飛ばし、罵声に暴力を加える。

だが、ヴェンにとってこんなのは日常茶飯事だった。

すみませんと何度も頭を下げ、相手の気持ちが落ち着くまでただただ耐え続けるのだ。

こんな日々が幼い頃から幾度となく繰り返されていた。


ジェイさんの怒りが収まるとヴェンは床の破片を片付ける。

そして途中だった料理の支度が出来ると、奥の部屋でくつろぐ家族を呼びに行く。


まずは家族が先に食事を行う。

その間、ヴェンは外に出ておくのが決まりなのだ。


家族の時間を邪魔しない。

これがここで生活していくルールの一つでもあった。

そして家族が食事を終え、テーブルに残った料理がヴェンのご飯になる。


今日のご飯はお肉が一切れと、トムの食べかけのパン。

そして三人の皿に少し残ったスープを集めて一つに皿に移した。

こうして残ったご飯を小さな机の上で一人寂しく食べるのだ。


「ヴェン。これ」


声のする方へ振り向くと、そこにはパンを胸に抱えたトムがいた。

ヴェンの為にパンを一つとっておいたようだ。


「いいのかい? トム」


トムは何も言わずに頷くとヴェンにパンを差し出した。


「ありがとう。そうだ、また森のお話でもするかい?」


ヴェンはトムからパンを受け取ると、モグモグとパンを口に含んだまま森の外の話を始める。

トムはそんなヴェンの話が大好物なのか、食いつくように夢中になっていた。

ヴェンが食事を終える頃には話も終わり、少しだけトムと遊んでから食事の片づけを始めた。

マーガレットはトムとヴェンが仲良くするのを嫌うので、二人は適切な距離感を保つようにしていた。


「トム。そろそろ戻ってな」


トムも状況を理解しているのだろう。

ヴェンの言うことを聞き、奥の部屋の部屋へと戻って行った。

食器を洗い、机を綺麗に拭き、床の掃除をしてからヴェンも部屋に戻る。


ヴェンの部屋は部屋というよりも物置に近かった。

家の不要な物が置かれており、整理整頓もされていないような埃っぽい場所だ。

ヴェンはそこに寝る場所だけを確保して暮らしている。


「ふー。疲れたな」


そう言いながら横になり、一通の手紙をポケットから取り出す。

その手紙はボロボロで字もあまり読めないぐらい汚れていた。


『街の外には私たちの知らないことが沢山ある。この街はまだその謎を知らない』


ヴェンは言葉を何度も読み返していた。

小さい頃からそれは何度も何度も。


「……父さん」


ヴェンの目からポツリと落ちた涙は、紙に染み込み広がっていった。



                  ※



キャストタウンの朝を眩しい日差しが照らす。


いつもは眠い目をこすりながら登校するノエルだが、今日は少しだけ足取りが軽快だった。

立ち並ぶビルを抜けると、今日もまたヴェンがおかしなことをやっていた。

カラフルな衣装に帽子を被り、おかしなダンスを踊っている。

どこからか流れる音楽に合わせて体を動かし、街中を踊り回っていた。

ノエルはその光景を楽しそうに眺め、今日も学校で面白い話が出来ると高揚していた。


「やぁヴェン。今日はなんであんな格好をしてたの?」


「外には楽しいことが沢山あるんだよって伝えたくてさ」


こんなヴェンと会話する人なんて街にも学校にも殆どいない。

毎日おかしな事ことをやっては周りの大人を困らせ、街中から変人扱いされる。

だけど、そんなヴェンにもノエルという変わり者の話し相手ができた。

二人は人前で会話することはなかったが、二人きりになるとそれぞれの意見や思考を交換し合い、それは楽しそうだった。


「だから外には人間がいるんだって!」


ヴェンは熱く語る。

外の世界の妄想をして、毎日何か考えてはノエルにぶつけていた。


「そうかなぁ? でも外から人なんて来たこと無いし、外にはいないんじゃない?」


ノエルは問いかける。

森の外の情報はこの街には0に等しいので、外に人がいるとは考えづらかったのだ。

現にこの街の住人はみな、この街で生まれ育った者ばかりで、森の外からやってきたなんて人に出会ったことはない。


「それを確かめに行こうよ!」


ヴェンは立ち上がり、ノエルの両肩を掴んで言った。

ノエルは二人で外の世界について口論するのは楽しいが、わざわざ街の外まで事実確認をしに行く必要はないのでは、と思った。

というよりも今ヴェンがそれを言うまでそんなことを考えたことがなかった。

ノエルの両親を始め、この街の住人は森の外について全くの無知と言ってもいい。

そもそも森の外について疑問すらない。

ノエルもまた、そんな両親から生まれ、育てられたので、森の外について考えることなんてなかったのだ。


「でも……。外には危険だってある。簡単には行けないよ」


誰に教わった訳でもない。

ただノエルの体が、頭が外の世界は危険だと。そう判断した時には言葉となっていた。

力の無い声でそう言うと、ノエルは塞ぎこむ。

ヴェンも少し寂しそうな表情を浮かべ、二人の間に沈黙が続いた。


風が木々を揺らし、鳥はさえずり、のどかな昼下がり。

雲一つない晴天の空とは対象に、二人の間にはどんよりとした重い空気が張り詰める。


「オイラの夢はさ。この街の病気を治すことなんだ」


長い沈黙を破り、ヴェンが唐突に語り出す。

いつもの陽気の声とは違い、少し暗く丁寧に話す口調から普段との違いはすぐに汲み取れた。


「病気?」


「そうさ。この街の人たちは外のことを知ろうともしない」


ノエルはヴェンの言っていることが全く理解出来なかった。

それもそうだ。

ノエルもまたこの街の病気にかかっている一人なのだから。


「ノエルはさ、明日から食べ物に困ったらどうする?」


「うーん。食べるのを我慢するかな」


「ずっと? これから先何も食べ物がなくても?」


「それは困るけど、そうなった時に考えるよ」


ノエルは少し困った表情を浮かべた。


「オイラがこの街が病気って言ったのはね、みんな危機感が無いってことなんだ」


「危機感?」


「ノエルもさっき言ったじゃん。そうなった時に考えるって。でもそれじゃ遅いだ。既に住宅区では食べ物や住むとこに困ってる人がいるのに、人ごとにして笑ってられるほど簡単な問題じゃないんだ」


ヴェンは熱く語った。

この街に起こっている現状と、街の人たちがいかに危機感がなく危険な病気かを。


「でも、それは王族の人たちがなんとかしてくれるんじゃ……」


「それっていつなんだ? 王族なんてあてにならない。自分たちの手でやらなきゃ」


ヴェンは真剣な表情でそう言い、ノエルの方を見た。

その視線には二人でこの街を変えようと訴えるような熱い視線だ。


「ヴェンはなんでそこまで真剣なの?」


ノエルはヴェンをここまで突き動かすものがなにか、それが気になっていた。

気付けばいつもヴェンのことを目で追いかけ、やること成すことに興味が沸いてしまうのは、ヴェンの考えや行動に関心があったからだ。

ノエルもまた変わり者に違いないだろう。


「オイラの父さんもさ、森の外に出ようとしたんだ」


ヴェンは一つ間を置いて、ゆっくりと語り始める。

それはまだ二人が幼く、この街の病気なんてものに侵される前の話だ。




                  ※



ヴェンとノエルがまだ幼い頃、ヴェンの父であるルークは今日も朝日が上がるよりも先に畑の様子を見に来ていた。

農業区では若い力が少なく、もう何年もの間働き手が足りていない状況だ。

街の老人たちが困り果て、頭を抱えている様子を放っておけなかったルークは、自ら志願して農業区の手伝いを申し出た。


手伝ったからといって、お金が沢山もらえる訳でもない。

報酬としては収穫された米や野菜、そして老人たちからの感謝の声だ。

ルークの労働に比べてその報酬は見合っていなかったが、ルークは街の住民の為なら自分の苦痛ぐらい我慢できた。


「ふー、こんなもんか」


額にかいた汗を拭い、ルークは大きく息を吐く。

朝から畑仕事を終えると、ルークは家には帰らずにそのまま工業区へと向かう。

ルークの本職は工業区にあり、朝から夕刻までそこで働く。


西にある農業区を北上した所に工業区があり、そこにはいくつもの煙突から煙が上がっている。

見るからに体に悪そうな煙を上げる工業区は、多くの工場が立ち並ぶモノづくりを行う場所だ。

街の大抵の物はこの工業区で作られていた。


会社に着くと、自分の持ち場で今日のスケジュールを確認し、作業に取り掛かる。

専用の設備で、決められた時間内に決められた個数を取る単純作業だ。


今日の仕事は開発区で使われる部品の生産。

こんな部品何個も何に使うのだと疑問に思うぐらい、大量に作り込む。

一時間、二時間程度なら我慢して見てられるが、これが長時間になると地獄のような辛さになってくる。

ルークは毎日この過酷な作業と精神的な戦いをしていた。


工業区の仕事を終えると、帰り道にもう一度農業区で畑仕事をしてから帰る。

ルークにとっては農業区の仕事の方が、単純作業をしている工業区の仕事より飽きないし作るという楽しさを感じていた。

だが、生活に必要なお金を稼ぐには農業区では少しキツイ。

実際にルークには養うべき家族があり、まだ小さい子供と家で待つ妻の為にお金は必要だった。


これが農業区にとって大きな問題で、若い世代の働き手が少ない原因でもあった。

賃金に換算するとかなりの安月給で、とても家族を養っていくには厳しい仕事なのだ。

それでも誰かがやらないとキャストタウンの腹は満たされず、空腹に悩む人が増えてしまう。

そう考えた王族は、既に現役を引退した老人たちを集め、作物を作らせたのだ。


ルークは真っすぐに家には帰らず、一度開発区の方へと向かう。

「レットリート」と書かれたバーに入り、カウンターに座る一人の男性の横に腰を落ち着かせた。


「一緒のものを」


カウンターに立つ若いマスターにそう伝える。

隣に座る男のグラスを指し同じものを注文し、来ていた上着を脱ぎ、椅子の背もたれに掛ける。


「家に帰らなくてもいいのか?」


隣に座る男がグラスに手を掛け、ルークに話しかける。

赤茶色のクルクルした髪の毛は目に掛かり、その隙間からルークをのぞき込む。


「一杯飲んだら帰るさ。それよりもギル、例の件どうなってる?」


「問題ない。もうじき出来る」


「そうか」


ルークは運ばれてきた酒を手に取り、ギルのグラスにコツンと当てる。

一日の疲れを取る至福の時間は、どんなものにも代えがたい。


グラスの中の酒を一口飲む。

口の中に残るほのかな香りと、のど越しが堪らない。


ルークは神妙な面持ちでギルと話をした後、家族の待つ家に帰る。

家ではルークの帰りを待つ妻と、そしてベッドで気持ちよさそうに寝ているヴェンの姿がある。

時間のある時はヴェンと沢山遊び、妻への愛情を注ぐのも忘れないルークは誰から見ても良き夫であり、良き父だった。


こんな良心的で街の住民にも愛された男にもある想いがあった。

それは『この街を変えること』

街の造りや地形という意味ではなく、根本的なところから変える必要があるとルークは考えていた。


今のシステムのままではいずれ街に子供減り、作物は少なくなり仕事も選べなく、食べるのに困る時代がくる。

ルークは自分の子供にもそんな辛い思いをさせたくないし、自分が育った街がこのまま潰れていく様を見たくなかった。


そう考えている内にある計画を思いつく。

街の活性化の為には、外からの新しい風が必要だと。

この街以外の技術や考え、知識、食材や文化を取り入れることで、人手不足や食料不足などの原因を解決しようとした。

外部との交流を増やし流通を増やすことは、街にとって大きなメリットに成り得ると。


この街の住人たちは外の世界に人類が存在していることを知らない。

というよりはそんなこと考えたこともない。

ルークもある疑問を感じるまでは、そんなことを考えたこともなかった。


その疑問とは農業区の手伝いでルークが市場に出向いた時だった。

自分の知らない食べ物がずらっと並べられている光景を目の当たりにした時、あることに気付いた。

この街の食べ物は殆ど口にしたことがあるのに、それを捕っているところを見たことが無かった。

魚と呼ばれる生き物はどこに生息して、どのように捕られているのか。

得体の知れない肉は、なんの生き物でどこから運ばれてきたのか。


そう考えるとこの街は意外と不思議なことが多く存在していた。

工業区で作られる服やなどの原材料はどこから運ばれてくるのか。

鉄などの鋼材はどこで手に入れ、加工されているのか。

肉や魚などの食べ物はどうやって入手したのか。


ルークはこの疑問から外部で何らかの方法でやり取りしている可能性が高いことが分かった。

外の出られないなんてことは誰かが言い始めたでたらめで、森の外には簡単に出ることが出来たのかもしれない。

つまり、この街の住人は知らずのうちに閉鎖的になり、小さな街の中でしか生きられないと思い込んでしまっているのだ。





                   ※



「ピー、ガガガガガガ」


機械から耳障りな高音が放たれ、それに舌打ちをするルーク。

手に持った機械を数回叩くとそこから誰かの話声が聞こえてきた。


「次の船はいつだ?」


声の主は年老いた男の声。


「三日後の夜で御座います」


その質問に応えるように発したのは若々しい男の声。

部屋の中には老いた男と若い男の二人だけのようだ。


ルークはギルに頼んでおいた盗聴器を王族の住む屋敷の一室に仕掛け、その会話を盗み聞きしていた。

月に一度、農業区で取れた作物たちを王族の住む中央区に届ける必要があったルークは、その時にこっそりと屋敷に忍び込み、とある一室にギル特性の盗聴器を仕掛けることに成功していた。

時折雑音が混じり、聞き取りづらいところがあるが即席にしては十分と言っていいほどの出来だ。


「やっぱりか」


ルークは二人の会話から、キャストタウンの真相に近づいていた。

外部と交流があるとすれば必然的に犯人は王族に行きつく。

なぜならこの街の住人はみな、森の外には出たがらないし、そのような悪知恵を働くことはない。

働きもせずに裕福な暮らしをしている彼らのカラクリを暴いてやろうとルークは鼻息を荒くしている。


「それで? どうする気だ?」


隣に座るギルが問いかける。

ギルもまたこの街の謎を解明する為、なによりもルークの為に協力していた。

ルークとは違い落ち着いた表情でルークの動向を気にしている。


「今から屋敷に行って全てを白状させる」


「それで?」


「それで、街の人たちがもっと豊かな暮らしが出来るようにする」


「どうやって?」


「それは王族がなんとかするんだろ?」


ギルの質問攻めにルークは少し困った表情を浮かべる。

黒幕が王族と分かったが、それが分かったところで何の解決にならないことをギルは知っていた。

それ故にルークが無策で乗り込もうとするのも阻止できた。


「街のみんなにカラクリを明かしても何の解決にもならないよ」


「じゃあ、どうすれば」


「そうだな。まずは現地視察にでも行ってみようか」


ギルは不敵な笑みを浮かべ、三日後に王族たちの後を追うことを提案した。

特に策のないルークはギルの提案に素直に頷く。

ギルは王族たちと外部がどんなやり取りをしているのか、それを知る必要があると考えていた。

ここでルークに任せて無闇に暴れられても困ると考え、まずは一連のやり取りを知った上で、対策を取ろうと明日に備えることにした。


「先に帰る」とギルは屋敷の裏に生えている草むらから開発区の方へ帰って行く。

ルークはもう少し残っていると王族の会話を引き続き盗聴していた

ギルは帰り際に「絶対バレたらダメだからな」と念を押して帰る。

今のルークは頭に血が上ったら勝手に乗り込みかねない。そう思っての言葉だろう。


「今月も出荷量が下がっています。そろそろ何か対策を考えなくては」


屋敷の男たちは引き続き何かを話していた。


「学校なんてものを無くして、子供にも働かせればいいだろ?」


「ですが、そうすれば開発区や工業区に優秀な人材が減ってしまいます」


今年は雨風の災害が多く、米や野菜の収穫がかなり少なかった。

それに働き手の問題もあり、年々収穫量が下がっているのは目に見えて分かっていた。


ここで機械の調子が悪くなり、先の会話が聞き取れなくなった。

だが、この会話から王族たちによってキャストタウンそのものが支配下にあることを確信した。


腹の中で沸々と怒りがこみ上げる。

ルークの怒りは我慢の限界ギリギリのところまで来ていた。



                  ※



「来たぞ」


三日後。街中の明かりは消え、静まり返る夜。


王族の屋敷から大勢の人がゾロゾロと移動し始める。

いくつも台車を押し、いかにも何かを運ぼうとしているのが分かる。


外は月明りこそあるが、森の中ではその明かりすらも役に立たない。

一メートル前しか見えないほどに視界は悪く、気を抜けば木の根っこや岩に躓いてしまう。


「行くぞ」


ルークは足音を立てないよう、そして前を進む王族たちを逃がさないように慎重にあとを追った。

ルークの後ろにはマントを羽織り、フードを被ったギルが続く。


しばらく進むと、岩と岩の間に洞窟のようなものが見えてきた。

台車が通れるほどの洞窟に王族たちは迷いなく進んでいく。


「どうする?」


ギルは少し不安そうに言った。

外から見ただけでもその洞窟の不気味さを感じていた。


「行くしかないだろ」


「だよな。お前はそう言うと思った」


少し苦い顔をしたギルだがルークの後を渋々付いて行く。

洞窟の中に入るとヒューと冷たい風が流れ、外との温度差がかなりあった。


「おい、これ本当に大丈夫か?」


ギルが再び不安そうな声を漏らす。

ギルが不安になるのも無理はない。

中は真っ暗で自分の一歩先すらも見えない状態だ。


いくら王族が先に進みそこが安全と分かっていても、見えない道はかなり危険であることはすぐにでも分かる。


「大丈夫だ。俺についてこい」


なんの根拠もないが、ルークは前へ進むことしか考えていない。

何を言っても聞かないと知っているギルも、ルークの後ろを洞窟の岩を頼りに少しずつ前へと進む。


しばらく歩くと洞窟の奥の方から明かりが見える。

洞窟の天井に吊るされた電球から光が放たれ、真っ暗な洞窟内を照らしてくれている。


「なんでこんなところに電気が」


不思議そうにその光を眺めるギル。

洞窟の中に電気あるなど、違和感しかない。

そんなことを考えながら、更に歩を進める二人は洞窟の出口に差し掛かる。


ジャリっと砂を踏むような音と、ザーっと一定間隔で聞こえる不思議な音に二人は驚いた。


「な、なんだ? あれは」


目を丸くして驚くルーク、その隣では言葉も出ないほど唖然としているギル。

ギルは驚いたかと思えば、何やらブツブツと独り言を喋り、目の前の光景を分析していた。

研究者としての血が騒ぐのか、ルークにとってその光景は見慣れたものだ。


二人の目の前には大量の水が押し寄せては引いていく。

二人の人生でこんなものを見たことも無ければ、聞いたこともない。

更に、数メートル向こうには王族たちの群れが何やら台車にせっせと運び込んでいる様子も伺える。


荷を運び出しているのは大量の水に浮かぶ家のようなもの。

人間の何倍もの大きさの木が水の上に浮かんでいる。

あれが王族たちの話していた「船」であることに二人はすぐ気付いた。


「おい! ギルあれ見ろよ!」


「あれで外から物を運び込んでいたのか」


「船ってのはこの水の向こうに行けんのかな?」


「そうだろうな。でないとどこから運んで来ているのか説明がつかない」


ギルは難しい顔をして答える。

二人が話している間にも台車には次々と荷が運ばれ、次第にその作業も終わる。

台車には大きな布が被せられており、その膨らみから大量の何かが運ばれているのが伺われる。


船の仕組みを見る為に、森の中をゆっくりと進み近付く二人。

荷を積んだ王族たちは行きと同じように一列の隊列を組み、先ほどの洞窟へと向かって進む。


そんな中、若い男と船の乗組員らしく男のやり取りが聞こえてきた。

水が押し寄せるザーという音に紛れて聞こえづらいが、ルークは耳を澄ませ、その会話を聞き取ることに集中する。


「例の物は?」


船の乗組員が尋ねると「既に船に積んだ」と渋い声で言う。


「そうか。ならまた頼むぜ」


男は満足そうな声でそう言うと、船の中に乗り込んで行く。

会話が終わったその男は、洞窟へ荷を運ぶ隊列の一番後ろまで歩を早める。


男が目の前を横切る瞬間に二人はさっと森の茂みに身を隠し、男が去るまでやり過ごそうとしたが、ガサガサとギルのマントが木の枝に引っかかり音を立てる。


「誰だ!」


茂み向かって叫ぶ男の声は、王族の部屋を盗み聞きした時に話していた若い方の男の声に似ていた。

さっきの会話からは分からなかったが、この近さでならルークとギルはすぐに確認することが出来た。

木の隙間から覗き込むルークは、近寄ってくるその男と目が合った。


その目は獲物を睨み付けるような目で、だが今すぐに取って食おうとする様子でも無かった。


「ロイ! そこに誰かいるのか?」


近寄る男に王の一人が問いかけた。

王族に仕えるロイという男は、王の身の回りの世話から住人の管理、街で起こることなど様々なこと任されている。


「いえ、私の勘違いでした」


ロイはそう言うと何事も無かったかのように洞窟の方へと向かった。

絶対にバレた。

そう思っていた二人だが、なぜかロイは二人のことを隠し、そして何事もなかったかのように去って行った。

ルークは確かにロイと目が合った。

いくら暗いと言ってもあの距離で目が合えば、勘違いなどあり得ない。


「ふー、なんとかバレずに済んだな」


胸を撫でおろすギルは木にもたれかかったまま力ない声で言った。

そして力尽きるようにゆっくり膝を折り、その場に座り込んだ。


「俺、あいつと目が合った。なのにあいつ、わざと俺たちに気付いてないふりしやがった」


「たまたまだろ。こんだけ暗いんだ。誰だって間違えるよ」


ギルはそう言うが、ルークだけはロイの行動に疑問を感じていた。


「なんだこれ」


ロイのいた場所に一枚の紙切れが落ちていた。

ルークは紙切れを拾い、中身を確認する。

そこに書かれていた内容にルークは目を丸くし、驚いた。

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