まだ死んでいない

 猫を思い出していた

 祖父の家にいた

 白い猫

 高いところによく

 潜んでいた

 トマトの形のタイマーに

 紐がついていたので

 玩具代りにして一緒にじゃれた

 いつのまにかいなくなった

 いつのまにかいなくなったので

 自分の中にまだいる

 まだ死んでいない


 祖父の遺体はこの眼で見た

 あぶないあぶないと何度か言われて

 何度か持ちこたえて

 ある日に逝った

 かけつけた時はもう亡くなっていたので

 生きていた姿と死んだ後の姿に

 なにかしら断絶がある

 自分の中にまだいる

 まだ死んでいない


 子ども時代の幸福な自分は

 十二のときにちぎれて裂けた

 自分の中にまだいる

 まだ死んでいない


 自分の中にまだいる

 まだ死んでいない人は

 他にもいる

 その人は

 もう忘れてほしいだろうけど


 記憶に

 自分の前から消えた人々の影像が

 投射される

 猫もいる

 犬もいる

 金魚もいる

 自分の中にまだいる

 まだ死んでいない

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