血の記憶

 幼いころに

 家のまわりをかけずりまわって

 突き出た窓の尖った部分に

 思いきり頭をぶつけてしまい

 血が噴き出して

 玄関に入って突っ伏すと

 雨上がりみたいに

 たっぷりとした血だまりができて

 なおもどくどくと流れつづけた

 でもこれはぼくの記憶の話

 実際にあんな量の血が出たら

 死んでいるか

 死にかけていたはずだから

 それほどの事態ではなかったはずだから

 だからあくまで記憶の話

 記憶では

 ぼくは突っ伏したぼくを離れて眺めている

 赤い血が止まる気配はない

 鉢が割れて

 中身がとめどなくこぼれていく

 いつまでもおさまらない

 玄関が似合わない赤にまみれていく

 淵にこぽこぽと泡が立っている

 中世の神学者のいうところでは

 神は天地を過去において創造しただけではなく

 いま現在においても創造しているとのことだ

 創造とはいかなる関係もない話だが

 ぼくはいま現在においても

 玄関に突っ伏して

 血を流しつづけていると信じている

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