火で葬る

 生きながら焼かれるのはひどく凄惨で苦しそうなのに

 死ぬと焼かれるのがこの社会の掟

 葬送の慣習

 火葬を忌避する文化圏も世にはある

 その感覚は少しわかるような気がする

 内実の違う想いかもしれないが

 身近だった人が荼毘だびに付されようとしているまぎわ

 本当に燃やしてしまうのかと

 胸の奥がかすかにうずいた


 息をつき

 声をあげ

 人に触れ

 人と笑う

 彼の存在を媒介していたその肉体が

 燃やされる

 もとより彼は死んでいる

 もとより彼は二度と動かない

 それでも

 燃やしてしまったら

 本当に取り返しがつかないではないかと

 いまさらのように感じたそのときのおりのような抵抗感は

 胸になおもくすぶっている


 どうあれ死体は失われてしまう

 燃やすというのは迅速な解答だ

 人間ひとりを焼くということが

 思いのほか時間も手間もかかる難事業だとしても

 とにかくそれは

 獣から人間への階梯かいていに貢献した火という神秘によって死者を葬るというその思いつきは

 惜別にもたらされた革命なのだろう

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