第2話~腹ごしらえとゲームの2ページ~

「え……?」

 かばんが呆気にとられて言葉を失う。

 これはどういうことだろう。

 かばんは確かセーバルに案内されて電池の充電できる場所を目指していたはずだ。

 しかし今二人の目の前に広がっているのは、どう見ても先程出発したはずの浜辺だった。

「これってまさか……」

 セーバルの方を見る。

 するとセーバルがペロッ、と舌を出して言った。

「実は、道、間違えちゃった」

「セーバルさぁん!」

「大丈夫、大丈夫。これも、セーバルジョーク」

 そう言って親指をぐっ、と突き出し得意げにポーズを取る彼女に思わず「一体何が大丈夫なんですかぁ!」と突っ込んでしまう。

 腕組みをしながら「どこで間違えたんだろう」とか「きっとかばんとお話するのに夢中だったから」などとぶつぶつ独りごちるセーバルを見るのは、それはそれで微笑ましかった。こういう抜けたところはサーバルそっくりかもしれない。

 しかしこれでまた振り出しに戻ってしまった。できれば日が沈む前に事を済まして船に戻りたいのだが、それは彼女のサポート無しでは成し得ないことだ。ただ彼女との話が楽しかったのはかばんも同じで、不思議とそこに徒労感はなかった。

 太陽はここに来た時よりも西に傾きかけており、今はちょうど三時のおやつの時間といったところだろうか。いつもならサーバルや他のフレンズ達とジャパリまんを食べている頃だ。

 その時二人のお腹がほぼ同時にぐぅ、と間抜けな音を立てて鳴った。思わず互いの顔を見合わせる。

 ――ぷっ。

 先に笑い出したのは、セーバルの方だった。

「ぷくくくく……。かばん、何その音。ぐぅって」

「えぇ!?セーバルさんだって鳴ってたじゃないですか。ぐぅー、って」

「違うよ。セーバルのは、くぅー。もっと可愛くて、かばんのはぐぅううー。もっとおっきかった」

「えぇ!?僕そんな音だったかなぁ」

 そんな風に自分のお腹の音を真似されると途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。とにかく話題を変えたくて「ひとまず休憩にしませんか」とセーバルに提案した。

 セーバルが「じゃあ、ここでちょっと休憩」と言って近くにあった流木に腰を下ろす。間に一人分のスペースを空け、かばんもそれに倣うようにして座る。日陰にひっそりと倒れかかっていた流木はひんやりとしており、座るとこれまでの疲れが少しだけ癒えた気がした。

「これ、もしよかったら一緒に食べませんか」

 そう言ってかばんがリュックからジャパリまんの入った袋を二つ取り出す。

「もしかして、ジャパまん?」

「ジャパ“リ”まんです。僕、島を出る時に皆から貰ったんです。でも量が多くて一人じゃ食べ切れそうになかったからセーバルさんがいてくれて助かりました」

 とは言ってもここに持ってきたのはほんの一部で、あとは全て船に置いてきてしまった。こんなことならもう少し余分に持ってくるべきだったかもしれない。

 そんなことを考えながら包みの一つをセーバルに渡す。袋の中からはセーバルによく似た黄緑色のジャパリまんが顔を覗かせている。

「おぉー……。久々の、ジャパまん……じゅるり」

「え?」

「何でもない。かばん、早く食べよう」

「そうですね。じゃあ……」

 いただきます、と二人の声が揃う。

 半日振りでも誰かと食べるジャパリまんはやっぱり美味しい、そう思った。











 ジャパリまんも食べ終え、そろそろ出発しようとしたところで「そう言えば」とセーバルがおもむろにポケットに手を入れ何かを差し出してきた。

「え?」

「これ、セーバルの電池。ジャパリまん、くれたお礼。よかったら、使って」

 彼女の手には人差し指ほどの大きさの小さな筒状のものが二本、握られている。思わず「え、これ電池なんですか?」と訊くと、逆にセーバルから「違うの?」と訊き返されてしまった。

「セーバル、いつもこの電池を使って、ゲームやってる」

「へぇ!この島にもゲームがあるんですね」

 ゲームといえばゆきやまちほーの温泉でキタキツネが夢中になって遊んでいたものだ。かばんもサーバルと一緒に何度か触らせてもらったことがあるが、これが存外に面白く、最終的にいつも後ろで見ているギンギツネに「先にお風呂!」と怒られては渋々中断するようなことも多々あった。

 特にキタキツネからかばんへの評価は高く、「初めて僕と対等に渡り合えたライバル」とまで言われていた(ちなみにサーバルはボタンを押そうとして筐体をパンチをした結果ゲーム禁止になった)。懐かしい思い出だ。

 そんなことを考えているとすぐ横でシャララーン、という甲高い電子音が鳴った。

「え!?何ですかこれ!?」

「何ってゲームだけど……」

 セーバルが怪訝そうにかばんを見る。しかしかばんはそんなセーバルには目もくれず、その手にいつの間にか握られていた四角い物体に釘付けになっていた。

 セーバルは今確かにこれをゲームと言った。しかしかばんの知っているゲームは、温泉にあるような自分の背丈ほどもある大きさのもので、こんな小さくもなければ、ましてや持ち歩けるゲームなど聞いたこともない。

 そして画面が一旦暗転し、その次に現れたタイトルにかばんは思わず大きく息を呑んだ。

「こっ、これは……大乱闘けもッシュシスターズ!?」

 セーバルが横で「かばんも、このゲーム好きなの?」と尋ねる声に、「はい!」と興奮気味に返事をする。

 大乱闘けもッシュシスターズといえば、相手を倒すのではなく吹っ飛ばすという画期的なシステムと、人気のフレンズ(当時はアニマルガールと呼ばれていたらしい)が一堂に会して闘うという夢のようなオールスターぶりが話題となり各地でけもシス旋風が巻き起こるほどの大人気ゲーム――というのはキタキツネからの受け売りなので本当かどうかはわからないが、とにかくかばんが温泉でやっていたものもこのけもシスだった。

「僕もこのゲーム、前にいた島でキタキツネさん達とよく遊んでました」

「キタキツネ……。……そっか。じゃあ、かばんは、強いんだね」

「どうでしょうか……」

 曖昧に笑って誤魔化す。

「でも……」とかばんが一瞬言い淀み、タイトル画面のけもッシュシスターズの後に続くSPECIALの文字を見てこう続けた。

「何だか僕がやっていたものとは随分違いますね……」

 いや、随分どころではない。全てが違う。

 色鮮やかに発光している画面の先には、まるでもう一つの世界が入っているかのようなリアルな映像が流れている。手を触れればそのままその世界に入り込めてしまうのではないか、そんな錯覚すら覚えてしまう。

 その後ろで流れているBGMもまるで目の前で演奏しているような臨場感があり、音楽に疎いかばんでもこんな美しい旋律があるのかと感動した。

 ゲームの世界で踊るように闘うキャラクター達は皆活き活きしており、音楽も相まってPPPのライブを見ているような気分だ。

 サウンド、ビジュアル、グラフィック――。どれをとっても洗練されており、それは誰が見ても一目瞭然の圧倒的な差だった。最初にラッキービーストを見た時の衝撃も凄まじかったが、あの時の自分が恥ずかしく思えてしまうほど、このゲームからは何かとてつもなく未来的なものを感じる。

 セーバルは一体これをどこで手に入れたのだろうか。

 食い入るように画面を見つめているとセーバルが一言言った。「やる?」と。

「えっ、いいんですか!?」

「うん。一緒にやった方が、楽しいでしょ?」

 セーバルが笑った。

「あ、でも待って下さい。これ、ゲーム機一つだけですよね?これだと一緒にはできないんじゃ……」

 温泉にあったゲーム機を思い出す。あれでも協力プレイや対戦はできたが、それは筐体が二つあったからだ。お互いが向かい合って別々の画面を見ながらプレイする、というのがいつものやり方だった。

 今回は残念だが自分は見るだけにしよう。そう思いかけたその時、おもむろにセーバルがゲーム機をガチャガチャと弄り始めたかと思うと、横に付いていた長方形型の物体を取り外してかばんに渡した。黄色いボディに茶色い斑点があしらわれた、可愛いアニマル模様だ。

「これ、2P用のコントローラー。画面は、これを見ながら、やる」

「え?え?コントローラーって何ですか?それにこの画面を見ながらやるって……」

「まぁ見てて」

 そう言いながらセーバルがもう片方のコントローラーを取り外し、液晶画面だけになったゲーム機を流木の上に乗せる。そしてゲームをタイトル画面から進めていく。

 なるほどこのコントローラーというもので操作するのか、と一人感心しながら何となしに左側に付いたスティックをぐりぐり回していると横から「ちょっと」とセーバルの制止する声が聞こえてきた。

「今、セーバル、ゲームの設定してる。かばんがカーソル動かすと、セーバル、操作できない」

「え?僕まだ何もしてませんけど……」

「今、スティック動かしてた。そうやって妨害するの、めっ」

 妨害、と言われるほどのことをしたつもりはなかったのだが、彼女の機嫌を損ねてはいけないとかばんは黙って従う。

 セーバルが慣れた手つきでコントローラーをポチポチと動かしている様を所在なげに眺める。彼女のコントローラーは彼女によく似た黄緑色をしており、自分のそれとは同じ形をしていても随分と印象が違ってみえた。

 そう言えば自分の物はどこかサーバルを思い出すな、とふとコントローラーを裏返してみると、黒いマジックで何か文字のようなものが書かれているのが目についた。

 おや、と思い目を凝らそうとした時、セーバルの「もういいよ」の声に画面に目を戻す。

 画面を見て思わずわっ、と声が出た。

「凄い!何ですかこのキャラクターの数は!?」

「全部で365いる」

「365!?」

 驚きのあまり声が裏返りそうになる。

 それもそのはず、かばんのやったことのあるただのけもシスはせいぜい十人ちょっとのキャラクターしかいなかったのだ。

 確かキタキツネの話では当時は全て実在のフレンズをモデルにしているということだったが、まさかこれもそうなのだろうか。もしそうだとしたら、このジャパリパークはこんなにも多くのフレンズに満ち溢れているのかと嬉しくなってしまう。

 この中にはきっと一生をかけても出会えないフレンズもいるだろうし、そんな彼女達をたとえ画面越しからでも出会える機会を与えてくれたセーバルには感謝してもしきれない。

 そしてこのゲームがこうしてここに存在しているということは、これを作った誰かがいるということだ。

 ゲームを作る、と言葉にしたところで一体何をどうするのかかばんには想像もつかない。一人で作ったのか、二人で作ったのか、或いはその何十倍も何百倍も多い人数で作ったのか――。顔も知らなければ会ったこともない、そんな彼らにすら会って直接お礼を言いたくなる。

 世界は広いな、と思った。

 もう一度画面に目を向ける。時間も地域も全て越え、このゲームという一つの世界に一堂に会した彼女達を見るのはまさに壮観だった。

 これを今から自分がプレイする――。考えただけで震えが止まらなくなる。武者震い、というものを初めて体感した瞬間だった。

「準備はいい?」とセーバルがかばんを見る。

「はい!」

 威勢のいい返事とバトルスタートの音が同時に響いた。

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