僕と、セーバルちゃんのこうかんにっき

こんぶ煮たらこ

~プロローグ~

「はぁ……はぁ……!」

 どうして自分はこんなに走っているのだろう。

 心臓は跳ね上がるようにその鼓動を踊らせ、身体が千切れそうになる。乾き切った口の中に血の味が滲み、バラバラに動く手と足が、もうこれ以上走れないと警鐘を鳴らしていた。


 うひひひひ――。

 いひひひひ――。

 あーはー――。


 すぐ後ろから耳を塞ぎたくなるような恐ろしい笑い声が聞こえてくる。

 まるでこれから狩る獲物に向けて鎮魂歌レクイエムを歌っているかのように、その狂喜を孕んだ歌声は、少しずつ、だが確実にその身を追い詰める。

「どこここ!?なんで!?」

 咄嗟に思ったことがそのまま口に出てしまう。

 しかしここがどこかなど答えてくれる者は誰もいない。

 今いるのは自分と、自分を食らわんとする捕食者プレデターだけだ。捕食者と被捕食者との関係に、言葉は通じない。ただ黙って食うか、食われるかだ。

「鬼ごっこだね!?負けないんだから!」

 今度はさっきよりずっと近くから声が聞こえる。もうすぐそこまで迫っているのだと直感した。

 走る足が鉛のように重い。

 浜辺の砂は蹴っても蹴っても思うように進めず、それどころかその足を逃さないといったように飲み込もうとする。もしかしたら気付かないうちに自分は彼女の術中に嵌っていたのかもしれない。

 そう思った次の瞬間、うみゃー!という猛獣の雄叫びと共にかばんは肩を掴まれ、もつれ込むようにして地面に倒れた。

「はぁ……はぁ……」

 ――食べられる。

 そう思ったら叫ばずにはいられなかった。

 それはもう生き物としての本能的なもので、ある種の断末魔のような響きすら含んでいた。

「た……食べないで下さい!!」

 そしてその答えは、どこか心のなかで期待していた「食べないよ!」という強い拒絶ではなく、何故そんなことを言うのかわからない、「食べないよ?」という疑問を含んだものだった。


 これがかばんと、サーバルによく似たもう一人の少女、セーバルとの出逢いだった。

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