第38話 生きる意味

 僕は病室のベッドで目を覚ました。


「ハンナ、今回は申し訳なかった。」


 僕に話しかけて来たのは勇者オリヴィエだった。僕は起き上がって彼につかみかかる。


「僕の事はどうだっていいんだ。よくも僕のアリンちゃんをひどい目に遭わせてくれたね……!!」

「やめないか!!相手は勇者様だぞ!!」

「いいさ、俺は恨まれて当然の事をしたんだ。」


 申し訳なさそうに、彼は僕の肩に手を置く。


「ユリウスは俺の古い部下でな……それもあって少し油断があった。申し訳無い。とりあえず、今の現状を報告しておく。」


 僕はベッドに腰かけて、息を整える。


「お前はあの時に瀕死の重傷を負っていた。亜燐がある程度傷を治してはいたがそれでも余談を許さない状況で、治療して今目覚めさせるまでに3日が経過している。

 んで、今の国の状況に関してだ。現在、メイジーが革命軍リベレーターに拐われている。まだこの事は公に公表していないが、できる限り早く彼女を見つけて救い出す。多分このままじゃ、メイジーはあいつらの権威付けの為に公開処刑されちまう。」


 正直、僕にとってはどうでも良い話だった。


「アリンちゃんはどうしてるの?」

「今は心理的にかなり参ってるみたいでな……最近は誰とも顔を合わせちゃいねぇ。隣の病室にいるから話だけでも聞いてやってくれ。お前なら、あいつの心も開けるかもしれないしな。」

「言われなくともそうするよ。」


 僕はすぐに彼女の病室に向かった。カーテンを閉めたベッドに彼女は寝ているようだった。


「アリンちゃん、待たせてごめんね。顔、合わせてくれる?」

「うぅん……ちょっと待って……」


 彼女は蚊の鳴くような声でそう言った。


「僕の事……嫌いになっちゃったの?」

「違う……私がいても、あなたの事不幸にしかしないから……お兄ちゃんだってそうだったよ。私がいなきゃ良かったんだ……さっさと死んでれば良かったんだ!!ゾフィーに作られたんだから、そもそも生きているのが異常なんだよ……!!」

「でもね、君が僕の生きる理由だから……」

「やめて!!!!」


 静謐の中に悲痛な叫びが響く。


「誰にも求められなきゃ、私は安心して死ねるの。」

「……君を僕はどうすればいいかまでは分かんない。でもね、僕は君を愛してるのだけは覆せないから君には悪いけどこのままで居させてね。」

「……好きにして。」


 僕はこの時、彼女の顔を見るまでは帰るまいと決意した。更に僕は彼女に話しかける。


「僕だってね、君に拒絶されたくはなくてさ……それこそ死んじゃうって。」

「ごめん……またあなたの事傷付けて……」

「僕は平気だよ。変な事気にするんだなぁ……あのね、こういう時はお互い様だよアリンちゃん。不幸だって分けあえば辛さは減るからさ。」


 カーテンの奥から彼女の啜り泣く声が聞こえてきた。


「ありがと……そこにいてね、ハンナ……」

「大丈夫。泣き止むまで待ってるよ。」

「……ごめ……いや……ありがとう……」


 しばらくしてアリンちゃんの泣き声が止まった時、カーテンの隙間から手を伸ばして僕を呼んだ。カーテンに手をかけたが彼女が止める気配はなかった。そこで僕は彼女のベッドに入った。


「入れてくれたんだね。ありがとう。」

「……」


 彼女は無言で、僕に身を寄せた。


「んーっ……」

「あはは……どうしたの?よしよし……」


 彼女は僕の腕にしがみついたりして赤ちゃんみたいに僕にじゃれつき始めた。あやすように頭を撫でたりして彼女を可愛がる。


「さっきはあんなふうに言ったけど、やっぱりあなたと居ると落ち着くのはホントなの……」

「それは良かったよ。ありがとう。」

「ねぇ、一つお願いがあるんだけど……」


 彼女は僕の首筋にキスをして抱き締めた。そこで僕は彼女の唇をゆっくりと味わうようにキスをかえす。


「こうされてる間だけはつらい事忘れられるから……だから……その先もして。」


 言われた通りに、しばらく彼女を弄んでから僕は彼女の横に寝転んだ。


「こんなことでしか辛さから逃げられない自分が恥ずかしい……」

「“こんなこと”をしても良い関係なんだからさ……別に平気だよ。まだまだこれからも付き合うよ。」


 僕は彼女の下腹部を撫でながらそう言う。


「っ……」

「あははっ!!かわいい。」

「もう……からかわないでよ……」


 恥ずかしがる彼女に僕の嗜虐心を再び刺激したが、それを抑えながら彼女の頭を撫でる。


「また、頑張れそう?」

「ちょっとだけ、元気出た。」


 アリンちゃんの元を去る前に彼女に覆い被さって両手を掴んだ。


「もう物欲しそうな顔して……ホントに分かりやすいなぁ、アリンちゃん。」


 もう一度……とも考えたが、結局長い長いキスをして僕は彼女に暫しの別れを告げることにした。


「ちょっ……んう……っ……んっ……はぁ……」

「……ふぅ……また明日。おやすみ。」

「おやすみ。」


 僕は自分の病室に戻ってベッドに潜り込んだ。彼女の苦痛を何としてでも取り去って、出来るだけ幸せに最期を迎えてほしいというのが僕の願いだ。でも、僕は彼女がいないなら何をするのか分からなくなっていた。いっそ一緒に死んでしまおうか、そうとすら思った。

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