第37話 囚われの剣聖
火照り疲れた体もかなり落ち着いた時、戸をノックする音がした。私はその主が入ってくるのに刀の柄に手をやって備える。
「誰……?」
入ってきたその男に、私は即座に口を塞がれてしまった。しかし、幸いな事にその主はお兄ちゃんだった。
「……まだ完全には回復してねぇみたいだな。害気攘払急急如律令……」
彼が呪符を唱えると、さっきまでのだるさがどこかに消えて体が軽くなった。
「ハンナは今ゾフィーと書斎で戦っている。そこにはディアスもいて、俺は手を出せない。お前はすぐにハンナ達を助けてやってくれ。……くれぐれも勝とうとは思うな。最後に一つ。お前には……俺を殺す覚悟は出来ているか?」
これには答える事が出来なかった。私は下を向いて泣きそうになる。
「……ずっとそうやって泣くのか?俺もお前を殺したくはないんだ。」
怒りと戸惑いと悲しみとが一緒になって、胸の奥底で塊になっているようだった。私は泣きながら彼の頬を叩く。
「あのね……私はあなたを助けるなら死んだって構わないの!どうせ短い命じゃない……それくらい自由に使わせてよ!!あなたこそ、私が死ぬ覚悟は出来てるの!?」
お兄ちゃんは、はっとしたように私を見つめる。しばらくして私を抱き締めた。
「情けない兄貴だよ……俺は……俺のすべき覚悟は何も分かっちゃいなかったんだな……」
彼は静かにそう話した。気付いたら私は声を上げて泣いていた。
「……悪い、今は時間が惜しいな。亜燐、ハンナを頼んだぞ。まぁ、俺が言わずとも助けに行くとは思うが。」
私の頭を軽く撫でて、彼は姿を消して去っていった。
「私が頑張らなくちゃ……」
私はわざとそう呟いて自分を鼓舞した。そうでもしなければ、お兄ちゃんを悲しめた罪悪感で押し潰されそうだった。生まれてきた事すら罪なのではないか……そんな気さえもしてきた。でも、今ハンナを助けられるのは私だけ……という心だけが私を動かした。
書斎にたどり着いた私は、不気味な音と薄暗い部屋に響く悲鳴を聞いた。
「ハンナッ!!!!」
私はその声のする方へ走り出した。私そっくりの顔をした女とハンナ、そして彼女を拘束している黒い人の形をした影があった。周りを見回すと、泥のようなものに他の皆が拘束されていた。部屋の奥には、
「あら?まだいたのかしら?さっさと帰ったら見逃してあげる。」
「あり……ちゃ……に……げ……」
口から血の塊を吐きながら、ハンナが逃げるように促していた。それを見て私の怒りは頂点に達する。それに感づいたのか、ミリアが私に語りかける。
(今は、ハンナを助けることを考えて。)
剣の柄を握った手を一度緩めて、再び握りしめた。
「ハンナを……みんなを解放してくれるかしら?」
「一回歯向かった連中を生かしておくわけないわよね?あのね、私には時間があんまりないの。早く消えてね、私の偽物さん。」
私は魔剣を抜いて目の前に立つ私の顔をした仇敵を見据える。
「へぇ……刃向かうんだ……私はゾフィー・アッバース。さっさと終わらせたいから本気出させてもらうよ。」
そう言うと、彼女は右手を横にしてそれに触れた。それはは瞬時のうちに肩に刺さった異形の剣となった。
「滅剣グレイプニール、眼前の敵をザクロと散らせッ!!」
その剣は左手に瞬時に移動した。剣を突き出して彼女はこちらに突進してきた。
「くっ……」
私は彼女の剣を二本の剣で受けて彼女を睨みつける。
「偽物のあんたなんかに、私の計画を無駄にはさせない。」
「そんなの知った事じゃないわ!!ハンナを傷付けた時点で、あんたは私の敵なんだから!!」
「黙れ!!」
怒声を発して襲いかかる彼女の攻撃をなんとかかわして、私はダーインスレイヴを地面に突き刺した。
「ソーンボルテックスッ!!」
黒い渦がゾフィーを被って彼女を閉じ込める。そのうちに私はハンナの元に駆け寄った。
「大丈夫……?」
彼女は私の問いにも答えなかった。ベージュの綺麗な髪も、淀んだ赤に染まっていた。この状況ではゾフィーの攻撃を凌ぎながらではハンナを助けられない。絶望が私を戦慄させる。
「もう死んだんじゃないかしら?」
「そんな訳ない……まだ、きっと……!!」
「なら、先にアンタが死になさい。」
渦を打ち消したゾフィーは私に突進して逆袈裟を繰り出す。もう少しの所で回避したが、彼女は右足で腹を蹴って攻撃する。
「ぐはぁっ……」
口の中に鉄の味が広がった。致命傷ではないが暴走状態の私でも勝ち筋が見えてこない。いずれは私が戦えなくなるだろう。
(アリン!!このままじゃ……)
その時、ディアスが口を開いた。
「ゾフィーさん、移動の準備が完了しましたよ。惜しいですが、そろそろ引き上げた方が良いかと。」
「そうね。こいつらの始末は、残ったリナルド達に任せるとするわ。」
そう言うと、彼女達は部屋の奥に敷設されたポータルに触れてどこかに消えた。
すぐに私は血まみれのハンナの元に駆け寄った。
「ハンナ!しっかりして!!」
「あり……ん……ちゃ……ん……」
薄く目を開けながら彼女はこちらを見る。苦しいのを堪えて私を笑顔で見つめていた。
(ねぇ、ミリア……何とかならないの?)
(ハンナの胸に手を置いてくれるかしら。私の生命力を少し分ける。)
(……いいんだね。)
(ええ。勿論。)
ミリアが指示する通りに、私はハンナの胸に手を置いた。すると、彼女の傷が徐々に塞がって、傷が癒えていった。
「魔術……使えたんだ。知らなかったよ……」
「陰陽術だよ。東国の魔術……」
そこに、何者かが駆けつけてきた。
「後片付けを頼まれててな。悪いがここで消えてもらうぜ。」
そこに居たのはキャメロットにいた大男、リナルドだった。
「なんであんたがここに居るのよ。」
「それがなんだろうとお前に残された道は……戦うか従うか、それだけの事だ。」
彼は背中の巨大な剣と銃杖を片手に構えた。私は一度ハンナを見る。戦おうと武器を手に彼女は立ち上がろうとしていた。
「大丈夫。私がすぐに終わらせる。」
私は二本の魔剣を抜いて彼に応じた。
「ほう?剣を抜くか……面白い。」
私は彼の放った弾丸を斬りながら距離を詰めて、一度剣を交差させる。
「惨骸鋏ッ!!」
隙を衝いての一撃だったが彼は鋼鉄の銃身でそれを受け止めた。
「成る程なぁ。こりゃ勇者サマも手こずるわけ。」
彼は巨大な剣を片手で振り回して私を追い払うと、追い討ちとばかりに二発発砲する。うち一発は私の頬をかすめた。先程の疲れがとれていないのもあり、うまく動けない。
「どうした?威勢が無いじゃないか。」
彼は私に向けてゆっくりと歩き始めた。しかし、彼の目の前に誰かが立ちはだかった。
「お前がどうしてここにいる。持ち場に戻れ。」
「うるせぇんだよ。」
声の主はお兄ちゃんだった。彼は鋭い目線でリナルドを睨む。
「裏切者風情が……」
「元からお前達の味方なんかじゃない。操られていただけだ。」
「ならここで死ねッ!!」
至近距離で放たれた弾丸をかわし、彼は身の丈よりもずっと長い刀を振りかぶった。
「終わりだ。」
お兄ちゃんはリナルドが攻撃を受けようと構えた大剣ごと、彼を横一文字に伐り伏せた。
「ぁぁうっ……な……ぜ……」
「俺を怒らせたからだ。十分か、裏切り者。」
そう良い放つと、彼はこちらに歩いてきた。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「そんな事を言われる筋合いは俺には無いよ。じゃあな。」
また彼は、何処かに消えていった。
「ばか……」
ふとそんな言葉が口から溢れた。その後、すぐに帝都の騎士団が駆け付けてきて私達を城の救護棟へと運んだ。
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