第32話 作戦と罠

 翌朝早く、僕たちは勇者に呼ばれて城の食堂に集まった。出されたのはベーコンエッグにトースト、そして紅茶という帝都で定職についていれば食べられそうな案外ありきたりなものだった。食べ終えると、勇者は今日の事について話し始めた。


「今日は、昨日言ったようにユリウスの館に行こうと思う。お前達は護衛として付いてこい。これはあくまで偵察と奴との会談だ。あいつがクロとは決まっていない。だがしかし、警戒は怠るなよ。多分だが、奴がクロならこちらの行動は既に感知しているような気がするからな。」


 

 ユリウスの館は、帝都の城と反対側の位置にある。そこまで私達は徒歩で行くようだ。魔王は白い法衣に身を包み、端からは誰か分からない格好をしていたが勇者は対照的に洒落た服を身に纏って道の真ん中を歩いた。当然都の人々は勇者が通っていくと道を開け、驚いたように声を上げる。


「勇者様だ……!」

「どちらに向かわれるのです?」

「ユリウスの家に遊びに行くんだよ。」


 勇者はこれから敵かもしれない相手と会いに行くというのに、やけに堂々としている。フルネームはユリウス・ウルスラグナといい苗字はサラマンダーが信奉する神の名を持っている。これは、祖先が当時強い勢力を持っていた種族であるサラマンダーをほぼ壊滅させた功績を誇示する為に付けられたのが元らしい。

 無論、まだ革命軍リベレーターとの繋がりが明らかになった訳ではないがあれこれ憶測が頭の中に過る。


「着いたぜ。ここだ。」


 町の一区画にしっかりとした門を持つ巨大な建物が姿を現した。勇者はそこにいた老いた門番に話しかける。


「久しぶり、オリヴィエだ。ユリウスを呼んでくれ。」

「おや、これは意外な来客ですね。少々お待ち下さい。」

 


 門番は、ゆっくりとした足取りで館の中に入っていった。オリヴィエは怪訝な顔をして彼を見つめる。


「……気を付けろ。俺の感だが、これは何かありそうだ。」


 アリンちゃんも同じように門番を睨む。そして小声で話した。


「彼の動きからは一切油断が見えませんね。背後に目が付いてるような無気味さを感じます。」


 僕には分からなかったが、彼女達は明確に殺気を感じ取っているようだ。


 しばらくすると、さっきの門番は赤髪の大柄な男を連れてきた。


「久しぶりですね、勇者オリヴィエ。」

「ああ、少し話がしたくてな。」

「左用でしたか。では、立ち話もなんですから中にどうぞ。」

「じゃ、言葉に甘えるとするよ。」


 僕達は勇者に続いて館に入った。キャメロット程ではないが立派な玄関が僕達を迎える。そのタイミングで、魔王メイジーは法衣のフードを外した。


「おや……魔王殿まで。成る程、これは何か訳ありですな?」

「隠すような真似をした事を謝罪します。少し差し迫った問題がありまして……」

「そうでしたか……では、続きは応接室で話しますか。」


 護衛として来た私達のうちローシャとカインは室内で、僕とアリンちゃんそしてエリーゼさんが扉の前で待つことになった。ここからが僕達の仕事だ。エリーゼさんは両手の小指をゴキブリに変えると、館の別々の方に放った。これは偵察する為の使い魔で、彼女はそれらが見ている景色を見ることが出来る。僕はこの術が使えないので分からないが、かなり精神を使うらしい。


「エリーゼさんはこれに集中してるからね。私は廊下を見ておくから、ハンナはここで待っててね。大丈夫。何かあってもあなたには指一本触れさせない。」


 念のため、僕は作動音がしないように短銃杖を撃てる状態にしておく。応接室からは何やら勇者が話す声が聞こえる。リベレーターだのという単語は所々聞こえるが、その内容までは分からない。嫌な緊張感を感じながら辺りを見渡した。その時エリーゼさんが私の肩を叩く。


「あんまり硬くならない。もしもの時に対応が遅れるわ。」

「あ、はい。分かりました。」


 アリンちゃんは3度廊下を往復した後、目の前をしばらく通らなかった。


「アリンちゃん遅いな……僕ちょっと見てきます。」


 エリーゼに一言告げて、僕はアリンちゃんが最後に通った方に向かった。廊下を曲がると、そこにいたのは、血を吐いて倒れているアリンちゃんだった。


「ハン……ナ……さむ……い……よ……」

「待ってて!セットアップ……デズィーズアナライズ……リジェネレイト……」


 ひとまず回復の術式を終えた僕は彼女の頬に触れた。


「出血が多いな……これでしばらくは大丈夫だとは思うけどちょっと本格的な治療がしたいからメイドに部屋を開けてくれるか……」


 彼女に話している途中に首の後ろに刺すような感覚を感じた。その直後、震えで喋ることが出来なくなった。


「二人集まってくれて手間が省けたぜ。」


 微かな意識の中に忌まわしい声が響く。犯人はディアスだった。毒針をアリンちゃんにも刺すと、彼は魔術で僕達の体を浮かせた。だんだんと僕の意識は消えていった。



 僕は目を覚ますと、灰色の天井の部屋に大の字に寝かせられて拘束されていた。


「起きたな、ハンナ。ようやくお前を俺の手元に戻せたぜ。」

「離せっ!!アリンちゃんはどうするつもりなんだ!?」

「命までは奪わない。ちょっと道具になってもらうだけだ。エリーゼと一緒にな。」

「クソッ……!!」


 彼は邪悪に笑いながら、拷問道具を手に取り眺めてはしまっていた。


「さて、お前を捕まえたからには……本来の仕事をしてもらうか。忘れたとは言わせないぜ。俺の子を作ってもらう。」

「……なっ……嫌だッ!!」


 かつてディアスに監禁され、犯されたトラウマが頭の中を埋め尽くしてパニックになりそうなのを必死で抑え込む。


「ハッハッハ……そうは言っても逆らえはせんだろ?」

「ッ……」


 彼は僕の服を強引につかんで破った。そして首筋に舌を這わせる。


「もっと絶望が欲しいな……アレを使うか。」


 棚から取り出したパスツールピペットのようなものを僕の腕に刺して薬を注ぎ込んだ。初めはなんとも無かったが、徐々に体を這いずるような不快感が全身を襲った。


「さあ、お楽しみはここからだ……!」


 ディアスは僕の鼠径部に触れる。すると不快感は快感に代わってしまう。こんな感覚は感じたくもないが、我慢は出来ない。


「はぁ……やめろ……っ……!!」

「いいねぇ……その叫び……!!」


 これから自分に何が起こるか容易に想像が付いた。しかし、目を閉じてそれに耐える事しか自分には出来ない。

 

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