第25話 過去からの声
私は魔王と共に城に戻ると、医務室で医者に体を見てもらった。
「右目以外の傷は治りそうだな…家で2、3日休んでいてくれ。」
医者にそう言われて私は、医務室を出る。そしてすぐに鏡の前で眼帯を外してみる。黒目と瞳の境界が暗い血の色で染まって分からなくなっていた。自分では気付いていなかったが、右目は左目ほど開いていない。見ているうちに、気分が悪くなってしまった。
「アリンちゃん?」
ハンナが私の肩を叩いて名前を呼んでいる。鏡を見ると、私の横には心配そうな彼女の顔が見えた。
「ハンナ…誰も居ないと思ったんだけど…気分悪くしちゃったらごめん。」
「僕は大丈夫…やっぱり右目、見えない?」
「まぁね。確かにほとんど見えない。」
眼帯をもう一度付けて、彼女の顔を見る。
「大丈夫。片目さえ見えれば、ハンナの顔を見る事は出来る。体のどこがダメになろうと、あなたの事を……ハンナ?んうっ…………」
ハンナは、私を壁にもたれさせて長い長いキスをした。彼女の顔には涙が伝っていた。
「僕が許せないのは……他でもない僕自身なんだ。君の事を完全には救えなかった、そんな僕が何よりも許せない。」
「そんなに自分を追い込まないで。私が今生きてるのはハンナのお陰よ。あの時の治療が無ければ私は多分死んでた。だから…ありがとう。」
口ではそう言ったが、私はハンナを悩ませている事に強い罪悪感を覚えた。それと同時に、今までも感じていた彼女に任せきりで良いのだろうかという気持ちも一気に強まった。
……もう、ハンナの前にはいない方が良いのかもしれない。
そう思った私はどうにか言い訳して一人になろうとした。
「先に帰っててくれないかな?ちょっとエリーゼと話がしたくて……大丈夫、すぐに帰るよ。」
そう言うと私は、城を出て兵団本部に向かう。
──待って。
扉を開けようとした時、私は聞いた事の無い少女の声を聞いた。
「……誰?」
私は小さく呟いたが返事は無い。何かの聞き間違えだろうか?少し違和感を覚えながら、私は兵団本部の建物に入る。
私はカインの部屋の前に立ち、そして彼が居ないことを確認して中に入った。彼の部屋には色々な薬がある事は知っている。私が欲しかったのはこの中の一つ、末期の患者を安楽死させる為の薬だ。緩やかに心臓を止めてくれるから苦しみもせず、自殺したとも分からないだろう。
私が死ねば一時はハンナを苦しませるかもしれない。でも、どうせ私は彼女より長くは生きられない。お兄ちゃんを助けられなかったという悔いはあるが、これ以上彼女に手間をかけさせるのは耐えられない。私は黒いその薬を手のひらの上に置いて、心を落ち着ける。
──その薬を置いてちょうだい。
またあの声だ。咄嗟に後ろを振り向いてみるが、そこには誰も居ない。
──私に気付いてるのね。ハンナの事をほったらかしにして死ぬなんて、私は許さない。
どうやら、声の主はハンナの事を知っているようだ。
「あんたは……一体?」
──私はミリア。ハンナの知り合いよ。
私は驚いて立ち尽くす。私が殺したあのミリアが、私と話しているという事実は到底受け入れがたい。
「本当……なの?」
──嘘でこんな事は言わない。私は今は生霊としてあんたに干渉してるの。ウロヴォロスの角に封じられていたけど、あんたのお陰で脱出できた。どうやらハンナは今、あんたの為に動いてるみたいね。だから……あんたは私を殺したけど、全面的に信用する。
とりあえず、ミリアが私に恨みを持っている訳ではないと分かって安心した。
「で、私にはどうして欲しいの?」
──まず一つ。今の彼女にとって一番幸せな事をすれば良い。今までと同じ事をしなさい。これは私の一番の願い。はっきり言うけどあんたは多分ハンナよりは先に死ぬ。だからこそ、出来るだけ一緒に居てあげて。
私は、話を初めてみると驚くほど自然に彼女の話を受け入れていた。
──もう一つ。私は、ハンナを助ける為にあんたに干渉してるの。今、あんたが右ポケットに入れてる弾丸に私の生霊の本体が宿っている。それを布の袋に入れてお守りとしてハンナに渡して欲しい。私の事は伝えずにね。
「ハンナを……助ける?」
──あんたは気付いてないの?まぁ、無理も無いか。あの子は傷の治療の為に、あんたの2倍の苦痛を感じてる。ゼロには出来ないけど、せめて和らげてあげたい。
ミリアのこの言葉は、私に深く突き刺さった。そこまでして、ハンナは私を助けたかったのかと思うと申し訳なくなった。
「そんな……やっぱり私……」
──ごめん、責任を感じさせるつもりは無かった。でも、あの子に助けるのを止めろとは言わないであげて。あの子、好きな人に拒絶されるのがトラウマになってるから。
「分かった。私とはこうやって話ができるけど、ハンナとは話さないの?」
──私が生霊として、あんた達と話せる時が終わる直前には話すつもりよ。一回話したら、私の未練も膨れあがっちゃうからそれまでは絶対に我慢する。ハンナには夢だと思われたって構わないわ。それまでに、何を言うか考えておかなくちゃね。
そう言うミリアの声は優しかった。ハンナが好きになる理由も分かる気がする。彼女の願い事の為にもまだ死ぬ事は出来ない。
「じゃあ、一緒にハンナの所に戻りましょっか。ありがとう、ミリア。」
──ちょっとはあなた達の役に立てたみたいね。良かった。
私は薬を元の場所に戻して、兵団本部を後にした。
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