第24話 暴破の反響

 寮で朝食を食べていると、ドアをノックする音がした。


「誰…ってカインか。どうしたの?」


扉を開けると、そこに居たのはカインだった。


「今すぐ城に来い。革命軍リベレーターの地下基地跡の付近で唸り声が聞こえたそうだ。ウロヴォロスが復活した可能性が高い。」


 城門では30人程の兵士が既に整列して出陣を待機していた。その真ん中から、魔王メイジーがこちらにやってくる。彼女の二本の槍の先には飾り羽のようなものを付いていた。


「巻き込む形になったにも関わらずすぐに集まっていただき、ありがとうございます。これより、ウロヴォロスの掃討に向かいます。基本的には私の指示に従って下さい。」


 魔王は僕達にそう言ったが、僕は彼女と目を合わせる事が出来なかった。魔王は全員の前に立つと赤い羽根を付けた方の槍・グングニルを掲げ、出陣を合図した。


「ハンナ、大丈夫か?なんか元気ねぇけど。」


 さっきの様子を見ていたのだろうか。ローシャが僕の肩を叩いて話しかけてきた。


「大丈夫。それより、君は…本当にここまで来ても大丈夫なの?ただの民間人で、戦う理由なんて…」

「あるよ。アタイはイカれてるからな。始めは師匠の傷の仇を打つ為だったけど、今はそうじゃねぇ。」


 ローシャは僕のすぐそばに寄ると、僕の耳元に顔を近付けた。僕は思わずドキッとして身構える。


「……えっ?」

「アタイ…最近ずっとカインの事が気になってるんだ…だから一緒に居たいってだけで…」


 別の答えを期待…ではなく予感していた僕は、案外凡庸な答えに拍子抜けした。


「あ、なんだ…そういう事か…」


そう言うと、ローシャは照れくさそうに笑う。


「そういやアンタも似たようなもんだったな……アタイが戦わなかったばかりにカインが痛い目に遭うって考えたくなかった。アタイが何か変えられるとはあんまり思って無いけど……」


 僕はローシャを励まそうと背中を軽く叩いた。


「そういうのは……あいつに直接言ってみなよ。君の気持ちを受け入れてくれるかは別にして、それが彼の力になるはずだよ。」

「そうか…ありがとうな。」


 僕はこの戦いでアリンちゃんとの約束を実現しなくてはいけない。それをローシャに言わなかったのは無責任だろうか。

 カインがローシャの真意を知ったとしたら、ローシャがカインの為に戦う事を決定付ける事になりえる。この事を彼女は苦痛に思わないかもしれないが、今まで以上に積極的で明確な目的を持った戦いをする事は危ない事でもある。

 でも、はっきり言って何が彼女にとっての幸せのかなんて分かる訳がない。だから、これで良いのだと自分に言い聞かせながら歩く事にした。


 そんな事を考えているうちに、僕達は平原の中腹あたりに来て部隊の行進が止まった。前を見ると、黄色い羽根を付けた槍・蜻蛉切を上に掲げた魔王の姿があった。振動と音から、地面の下で何かが蠢いているのが分かった。


「前隊5番まで、右に退避!!」


 魔王の号令でアリンちゃんを含めた前の5列が右に避けると、地面が大きく裂けて巨大なイグアナのような頭部と胴体の一部が現れた。ウロヴォロスだ。間違いなく、この前遭遇した時よりも大きくなっている。


 魔王は片方の槍を地面に突き刺してウロヴォロスのはるか頭上に飛び上がると、もう片方の槍・グングニルをウロヴォロスに向ける


「突き穿てッ!!」


 グングニルは瞬く間に伸びてウロヴォロスの脳天を貫いた次の瞬間、巨大な雷のような光の束となった。


「ギアァア!!」


 早々に攻撃を受けたウロヴォロスは、頭の傷を治すとグングニルを持ち直して地面に降り立った魔王に向けて黒い雷を放つ。


「なっ…!!」


 魔王メイジーの足を黒い雷が貫く。彼女は攻撃を受けて片目を閉じてしゃがんだ。


「魔王様っ…!!!」


 帝国騎士達はそれを見て、魔王を守ろうとしたのだろう。ウロヴォロスに突撃した。しかしウロヴォロスは長い胴体を地面から高く持ち上げ、騎士達を魔王もろとも押し潰そうとする。


「セイクリットドーム!!」


 カインは、ウロヴォロスの攻撃を障壁を使って防ぐ。これを使って皆を逃がそうというわけだろう。


「魔王様、早く逃げて下さい!!」


 しかしウロヴォロスの攻撃はあまりに強力だった。なんとか騎士と魔王が逃げる時間は稼いだが、自分が逃げる前に障壁は食い破られてしまった。


「ハッ…ここまでかよ!!」


 カインがそう叫ぶのも無理はなかった。ウロヴォロスは口にエネルギーを蓄積させ、カインを塵も残さず消し去ろうとしていた。


「まだ死ぬなよ…カイン!!」


 ローシャはカインとウロヴォロスの間に割って入り拳に炎を纏わせて地面に触れると、彼女の前の地面を瞬時にしてマグマに変質させた。地中に体の大半を埋めているウロヴォロスは慌てて地中から這い上がる。


「ローシャ、助かった。」


 僕も、この隙を衝いてウロヴォロスを攻撃する事にした。二発の銃杖から2発の弾丸を弱点の角目掛けて発射し、さらに攻撃する為に接近する。


「ハンナ!!一回止まって!!」


 アリンちゃんはさっきローシャが作り出したマグマに冷気をぶつけて固める。その上を走り、僕は詠唱を開始する。


「…位相よ、捻じ曲がれ!!ローゼン・ブリュッケ!!」


 詠唱を終えると、周りの景色が遅く見えた。時間を操作した為で、外から見た僕は通常の5倍の速さで動いているように見えるはずだ。そのまま銃杖でウロヴォロスを頭の下から切り上げ、ダメ押しとばかりに右目に弾丸を撃ち込む。一連の攻撃を終えると、周りは再び普通の速度に見えた。


「前衛、私とカインを中心にウロヴォロスに突撃!後衛はその場で援護を!私がグングニルで合図をしたらローシャとアリンは左に移動して下さい!」


 傷が癒えて立ち上がった魔王メイジーの号令を聞いて、一応後衛という事になっている僕は後衛に戻って武器を二丁の短い銃杖から長い銃杖に変える。


 カインはウロヴォロスの攻撃を魔王メイジーと共に障壁で弾き返す。しかし、後衛と前衛の総攻撃にも関わらずウロヴォロスの攻撃はどんどん激しくなる。そんな時、魔王はグングニルを天に掲げた。ローシャとアリンちゃんが移動したのを確認すると、魔王は大きな声で指示を出す。


「ローシャはウロヴォロスいる所をマグマに変えて下さい、そして直後にアリンがそれを固めて下さい!他の皆さんは逃げて下さい!!」


「テメェはここらで沈んでな…!ヴォルカニック・フィスト!」


 今度は両腕を赤黒く染め上げ、ローシャは地面を叩きつける。さっきよりも広い範囲がマグマに変質し、ウロヴォロスの体の一部はマグマに沈む。


「今ね…はああっ!!」


 氷の息吹がマグマを覆うと、赤い流動体は即座に黒い岩盤に変化した。ウロヴォロスは体をぐったりさせながら、体を回復させようとしているようだった。


「アリン…今のうちに角に触れて、要石にマターを戻して下さい。そうすればウロヴォロスを封印出来ます。」

「分かりました…。ハンナ、すぐ終わるから待ってて。」


 アリンちゃんは、ウロヴォロスの頭上に飛び乗って角に触れた。


「セットアップ…デズィーズアナライズ……うぁあ…ぅぅぅ…!!!」


 彼女の痛みを取ろうとした自分が、痛みで失神しそうになってしまった。この時初めて、今の状況の深刻さを理解した。的確な損傷箇所に魔術での回復を試みるが、まるで追い付かない。彼女が役目を終える前に死んでしまってもおかしくは無いようにすら思えた。彼女が今どんな状況か、この目で確かめたかったがそんな余裕は無かった。ただ無事でいてくれと祈りながら回復を続ける。


 しばらくして、アリンちゃんの損傷する部分の増加が無くなった。


「はぁ…はぁ…アリンちゃん?大丈夫?」


 僕は痛みに堪える為に固く閉じていた目を開けて、視界にアリンちゃんらしき人影を見つけた。


「良かった、生きてて……大丈……」


 僕が見たのは、あまりに衝撃的な光景だった。アリンちゃんは全身血だらけで僕の方に向かってきた。そして右目を閉じていて、そこから薄い色の血を流していたのだ。


「終わったよ、ハンナ……あちこち怪我しちゃったから……治してくれるかな……?」

「今治すよ……待ってて!」


 痛みに堪えながら、無我夢中でアリンちゃんの全身の傷を治療する。体の内外にあったあちこちの傷は治ってくれた。でも、右目だけはどうしても完全には治りそうになかった。僕は涙を流して、魔力不足で全身を痺れさせながら彼女にしがみついた。


「確かに右目は見えにくくなったけど、もう大丈夫。あなたまで無理しないで…頑張ったね…大好きよ……」


 アリンちゃんを完全には守れなかった。彼女が大丈夫と言おうがその事実を僕は受け入れられない。万策尽きてしまった僕は血まみれの彼女を抱いて泣きじゃくった。



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