第19話 狂華惨散

 魔剣を手にした私の体から、黒いオーラが溢れる。オーラは傷を包み一瞬のうちにただの肉塊と化していた足を、穴が開いて血が吹き出していた胸を、裂かれて臓腑が露出していた腹を元通りにした。

 しかし、その直後に私は奇妙な感覚を感じた。目の前にいるウロヴォロスの咆哮の聞こえ方、その竜の鱗の生えた胴体、どちらも少しぼんやりとしている。再生の反動だろうか…でも、今のところは戦いに支障は無さそうだ。


 目の前に現れたウロヴォロスの前足を横にかわし、右手でもうひとつの魔剣…ティルフィングの柄を掴むと、即座に抜刀してウロヴォロスの前足を二刀での高速回転切りで胴体の方へと登るように移動しながら切り刻む。


「グァァァ…!!!」


 耳を衝くような叫びを上げてウロヴォロスの体は右に傾いた。流石のウロヴォロスも、あれほどの傷を癒すには時間がかかるようだ。ウロヴォロスの胴体の上に立った私は、立ち上がる前に角に二つの魔剣を突き刺して攻撃しようとした…が、頭を壁に叩きつけた拍子に振り落とされてしまった。


「………!!」


あれはハンナの声だろうか、でも何と言っているかは分からない。でも、私は自然と彼女の攻撃が通るように身を翻す。



 私の予想通りハンナは星魔法を放ち、それはウロヴォロスの頭で炸裂した。その一撃で両方の角が折れた状態になった。すると、ウロヴォロスの額に紋章が現れた。

エリーゼはウロヴォロスに駆け寄り、足や体を無数の血の槍でウロヴォロスを貫いた。


「アリン…ッ!今のうちに…あれを……!!」


私が、額の紋章を攻撃するとウロヴォロスは地面に頭を投げ出して倒れた。その後ウロヴォロスの体に剣を突き刺してみたが、動く事も再生する事も無かった。これでようやく、ウロヴォロスを止める事ができたようだ。


「大丈夫ですかっ!?」


魔王メイジーが壊れた階段の上から叫ぶ。


「ウロヴォロスが復活させられてしまって…でも何とか倒しました。」

「やはり復活してしまいましたか……歴史通りならまだ完全には死んではいないはずです。封印する為の準備をしなくては……

皆さんはそこで待っていて下さい。転移魔法を使って引き上げますが、少し時間がかかりそうです。」


私は剣をしまうと急に目の前が真っ白になって、バランスを失った。


「大丈夫!?」


ハンナが真っ先に私に駆け寄ってきた。


「ちょっと…疲れちゃったのかな?」

「もう…自分の事もっと大事にしてよ……」

「それはお互い様でしょう?」


ハンナの膝に頭を乗せながら話していると、少し安心するような気がした。


「全く…あんた達、危なっかしくて見ていられないぜ。」


ローシャは私の横に片膝を立てて座ると、呆れた顔で言った。


「お兄ちゃんと早く会いたい一心で…盲目になっちゃうのよね…気を付けないと。」

「あ、そうだ。僕達、君の兄さんに会ったんだ。」


私はびっくりすると同時に、嬉しくなった。


「ホント!?それで、今何処に?」

「それがね…今はディアスの術に落ちていて、逃げる事が出来ないんだ。」

「そっか…でも、生きていたならまだ希望が持てるよ。」


終わりの見えない戦いの先に、希望はある……今まで漠然と自分に言い聞かせて来たことが確信に変わった。いつか必ず……果てしなく短いかもしれないけれど……お兄ちゃんと一緒に暮らす日々はやってくるはず。私はそう思えた。



「皆さん、転移魔法の準備が出来ました。これからそこに空間の裂け目を作るので飛び込んで下さい。」


床に亀裂のような模様が出来て、そこから黒い穴が空いた。


「アリン、さらしが破れちゃってるから向こうに行く前に上着のボタンを留めておきなさい。」

「エリーゼさん、ありがとう。」


私は言われた通り上着のボタンを留めると、ハンナに支えてもらいながら立ち上がってそこに飛び込んだ。



 黒い穴を通り抜けた先は、魔王メイジーの目の前だった。どうしてか彼女は、私の顔を見て驚いたような顔をした。


「どうかしましたか……?」

「大した事ではありません。私の妹に…似てると思いまして…そんな事より、早く戻りましょう。まだやるべき事があります。」


魔王はすぐに私達に背を向けて歩き始めたが、すぐに振り向いた。


「アリン、酷く疲れているようですが…城まで歩けそうですか?」

「…大丈夫です。」


そうは言ってみたが、私は歩きだしてすぐに倒れてしまった。擦りむいた膝が少し痛い。


「無理しないで下さい。ここで故障されちゃ困るんですよ。」

「すいません。」


 私は彼女の術で地面から少し浮かんだ状態になって、そのままゆっくりと進み始めた。正直周りの兵士達の視線が結構気になったが、移動自体は案外快適だった。そのまま城まで魔王のお世話になった。



 城に付いた後、私達は魔王メイジーに呼ばれた。どうやら、ウロヴォロスの封印について話があるようだ。


「ウロヴォロスは恐らく、4,5日後に復活するでしょう。その時、あなた達に作戦に協力してもらいたいのです。」


彼女は続けて話した。


「まず、ウロヴォロスが復活してしまった理由ですが、二つの要石とアリンのようなネフィリムやグレゴリの体を使ってマターを供給する事で大魔石に封印されていたウロヴォロスが復活したものと考えられます。封印するにはその逆の事を行います。アリンが要石を持った状態でウロヴォロスの紋章に触れる事で、マターを要石に吸収させて再度封印できます。」



「問題は、マターを吸収するという事は一時的にとはいえアリンの体に要石二つ分のマターが流れ込むという事です。300年前の戦争ではグレゴリの軍から寝返った一人がウロヴォロスを封印したんですが、そのグレゴリは…ウロヴォロスを封印した時の傷が元で死んだそうです。」


魔王メイジーがそう言った後、ハンナは魔王の肩を掴んだ。


「ハンナ!魔王様になんて事を…!」


彼女は私の制止も聞こうとはしなかった。そして、怒りに満ちた目で魔王に言い放った。


「帝国の為にアリンちゃんを死なせる必要なんてあるの?」

「私には帝国にいる何千万という人民を守る義務があるのです。倒すにはこうするしか無いんです。」

「その何千万に、この子は入らないって事?」

「それは……」



ハンナは魔王を殴り掛かりそうな剣幕で見つめる。私は、彼女にとっては1番辛い事であろう…彼女を止めるという決断をした。


「ねぇ、ハンナ…!もう止めて…!私だってね…私が何もしなかったから何人もの人が死ぬなんて事は嫌なの。

それに、あんたやお兄ちゃんが死ぬ事になったら…私は死んだ方がマシよ。」

「……分かった。」


ひとまず、ハンナは落ち着いてくれたようだ。エリーゼは、魔王メイジーを説得し始めた。


「魔王様……ハンナが無礼な働きをしてしまい、申し訳ございませんでした…ですが、どうか寛大な措置をお願いします。」

「確かに、ハンナの行動はこの国では不敬罪にあたる行為です。しかし…彼女の罪を咎めるべきかは、私が決める事ではありません。」


それ以上、魔王メイジーが何かを言う事は無かった。私達は城を後にし、それぞれの場所に戻った。






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