第18話 奪還戦

 僕はローシャの声で目を覚ました。


「ほら、起きろ。」

「うん…ふわあぁ……」

「全く…アタイよりもよっぽど長く寝やがって。」


 まだ薄暗い時間に、僕達は城に向かった。


 エントランスに、数十人の兵士を引き連れた魔王メイジーが立っていた。エリーゼさんとカインもすでに準備が出来ているようだ。


「よし、予定の30分前には全員揃いましたね。場所は港のそばにある平原です。そこに彼等が潜伏している地下基地への入り口があります。そこまでの案内は、リオック構成員のクラリッサにやってもらいます。よろしくお願いします。」

「御意。」


 クラリッサさんがまさかリオックの構成員だったとは思っていなかった。


「基地の中に入ったら、私を先頭に突撃します。途中いくつかに分かれますが、自分の分隊長に付いていって下さい。ローシャとハンナはエリーゼに付いていけば大丈夫です。説明は以上です。」



 平原の街道から少し外れた所で、クラリッサさんは地面に手を触れた。


「一種の結界が張られていますね。顔を認知して解除されるタイプです。まぁ、この程度なら強引に解除出来ますが…」


 クラリッサさんは結界に指でルーンの文様を浮かび上がらせ、詠唱すると結界は破壊された。


「行きますよ!」


 魔王メイジーは薄暗い階段を駆け下りていった。彼女に僕達も続く。

 階段を降りると、広間のような場所に出た。案外キチンと整備されていて、中は明るい。

そこには8人ほどの革命軍リベレーターがいた。


「一閃を以て撃ちみなごろさん…!!

神槍・グングニル!!」



 魔王メイジーは、一撃の下に革命軍リベレーター全員を討ち倒す。魔族の代表者である魔王の名は伊達ではない。

 広間には三つ道があった。ここでも魔王が指示を出す。


「私はクラリッサと正面のルートへ行きます。エリーゼ達で右のルート、他の皆さんで左のルートをお願いします。」

「分かったわね。みんな、行くわよ。」


 エリーゼさんの後を追うようにして、途中に現れる革命軍リベレーターのメンバーを倒しながら僕達は先を目指した。


 すると、曲がり角が現れた。エリーゼさんは壁から少し顔を出し、様子を伺ったのちにこっちを見た。


「この先に三人いるわ。魔術師もいるし…カイン、ミラードームをお願い。」

「分かりました。」


 僕達の周りに、透明な結界を張る。今日はアリンちゃんが居ないのでエリーゼさんが先陣を切るようだ。


「はぁぁぁっ!!!」


 エリーゼが振りかざした剣を正面にいた男は長刀で軽々と受け流した。


「待て、止めろ。」


 男は後ろに下がると、二人の魔術師を切り伏せた。

 その男の服をよく見ると、アリンちゃんの服と同じ文様があった。


「もしかして…クロミネ・リンは君の事なの?」

「確かに俺は、黒嶺倫だ。」

「僕はハンナ・ブランシュ。僕達は君の妹…アリンちゃんと一緒に行動してたんだ。」

「なら話は早い。昨日、妹がここに拐われてな…早く助けてやってほしい。俺ではどうする事も出来ない。」


 僕は、彼の手に黒い幾何学的な模様のアザがあるのを見つけた。彼の手を取って魂を覗き見てみた。すると、彼の魂に何者かの術が絡み付いている事が分かった。


「やっぱり…ディアスに魂を制圧されたんだね。逆らおうとした時すぐに殺したり出来るように。」

「殺されるだけならまだ良いさ。自分を制御出来なくなってお前達や…下手したら亜燐を傷付けてしまうかも知れないんだ。俺の首を見てみろ。」


 彼の首には刃物で切りつけられた古傷があった。


「これは、ディアスが亜燐を操って付けた傷だ。この時の亜燐の顔と悲鳴は、今も忘れたくても忘れられない。もし俺がこれをやっていたらと思うと恐ろしい。毎晩夢に見る首を裂かれて苦しみながら死んでいく亜燐を…現実では見たくないんだ…」


 多分、見せられている夢はディアスの術による幻影だ。魂術では、相手に非常に鮮明な夢を見せる事が出来るのだ。かつての僕も経験した。


「だから…これ以上、亜燐を俺の為に動かして欲しくない。あいつの短い命を…俺なんかの為に使わせないでくれ。」


 それを聞いたカインが口を開く。


「申し訳ないが、俺はアリンがそんな事で休もうとはしないと思う。あいつは命懸けだ。それに、お前がどんな奴だかは知らないけれど、少なくともあいつにとってお前は俺には想像もつかない程に大切な存在らしい。」

「そうか……亜燐……ならあいつが目の前に現れても、俺なんかの為にと咎めはしない」


 リンは通路の奥に行き、大きな門に手を触れて解放した。


「この先にディアスと亜燐がいる。後は任せたぞ」



 扉の先は螺旋階段で、そこを下ると鈍い光に照らされた広いドーム状の部屋があった。


「おや?お前達、ここまで来たのか」


 ディアスがこちらを向いて笑う。隣にはアリンちゃんが倒れている。


「仕方ねぇな…相手してやるか」


 ディアスはアリンちゃんに手を触れると、彼女を起こした。


「おい、あいつらを殺れ」

「分かりました……」


 アリンちゃんは僕と一緒に買った細剣と、背中に背負っていた異形の剣・ダーインスレイヴを持つ。すると彼女の体は黒いオーラを纏い、髪は白く、目は赤く変化した。同時に、腹部にあった生傷は完全に治っていった。ネフィリムの暴走状態…マターによって傷を一瞬で回復して力を得る事が出来るが、力を行使する度にその分自分の生命力を大きく消耗させてしまう危険な状態だ。


「はああっ!!」


 アリンちゃんはエリーゼさんを目掛けて切りかかる。


「目を覚まして……!!」


 苛烈で鋭く、速い攻撃がエリーゼさんに叩き込まれる。僕はアリンちゃんに銃剣先を向けた。


「エリーゼさん!!この子は僕に任せて下さいっ!!」

「何を言ってるの!!無茶はよして!!!」

「僕が彼女にかかった術を解かないと……アリンちゃんがあんな奴の為に使い捨てられるのは嫌なんです!!!」


 僕は彼女の剣を銃剣で払うが、彼女はすぐに体勢を立て直す。


「パラライズルート!!」


 足下に電気を走らせ、アリンちゃんの動きを鈍らせる。が、彼女はこれで楽に接触出来るような相手では無かった。


 彼女は黒いオーラを右手に収束させ、地面に叩きつけた。

 すると濃い影のようなものが地面を伝い、僕の方に伸びてくる。


「まずいっ!!!」


 影の刃が僕の腕を掠め、大きなこの部屋の壁の一部を破壊する。傷自体は深くないが、それは黒いオーラを纏って激しく痛んだ。


 それでも僕はアリンちゃんを見据えた。銃杖の火薬を爆発させその爆風を利用して彼女の懐に飛び込み、頬にそっと触れて魂の支配を解こうと試みる。


「僕が来たよ、アリンちゃん。」

「私を拐かそうなんて…殺してやる!!」


 アリンちゃんは細剣を振り上げたが、僕を斬る事は無かった。


「止めろっ……ハン…ナ…逃げ……触るなぁぁ!!!」

「大丈夫……落ち着いて……」


 アリンちゃんも、少しずつ正気を取り戻そうとしているようだ。


「させてたまるかぁぁ!!」


 ディアスは僕を止めようとしたが、他のみんながそれを阻む。



「大丈夫…大丈夫…」

「いやあああああっ!!!」


 錯乱状態のアリンちゃんが僕の肩に細剣を振り下ろした。途中で止めようとしたらしいその剣は、僕の肩の肉を裂いて止まった。僕の血は彼女の顔にも飛んだ。それでも、僕は彼女を助けたい一心でしがみつく。


「…私…ハンナに……ひどい事を……」

「良いん…だよ…大丈…夫…だから。」


 アリンちゃんの頬の返り血は、彼女自身の涙で流されていく。僕は右手を彼女の背中にまわして抱き寄せる。術を解く最後の仕上げをする為だ。


「プロモート…エキソサイトーシス…!」


 この詠唱の直後、アリンちゃんの体から青い光が抜けていった。完全に術が解けて一安心すると、身体から力が抜けて地面に倒れ込んだ。


「おはよう…アリン…ちゃん…」

「こんな無茶して…ハンナのバカ…」


ディアスはそれでも不敵な笑みを浮かべる。


「もう少し玩具にしようかと思ったが…ふん…まぁいい。アリン、こいつを目覚めさせる為に利用させてもらったし、お前はもう用済だからな……

永遠に食らい孕む竜よ、永き眠りより覚めよ!」


 部屋の真ん中にあった大魔石が光に包まれ、恐ろしい竜の姿になっていく。細長い体には翼は無く足は短いが、強靭そうな爪が備わっていた。


「300年前の戦争でのグレゴリの生物兵器・ウロヴォロスだ。お前達にはこいつの犠牲者になってもらうよ。そして、魔王がこいつを復活させた事にして俺達は魔族の時代を終わらせる!!苦しまず死ねるのを祈ってるよぉ!!あっははははは!!!」


 ディアスは黄水晶を使って何処かに逃げていった。



「アリン!ローシャ!ウロヴォロスを止めるわよ!!カインはハンナをお願い!!」


 3人はウロヴォロスに目掛けて走っていき、攻撃をしかける。

 しかし、ウロヴォロスはダメージを受けた部分を即座に修復していく。斬っても焼いても、まるで何事も無かったかのように反撃に転じる。その動きは非常に機敏で荒々しい。


 僕は、カインに傷の治療をしてもらいながらそれを見ているしかなかった。


 大きな咆哮と共に、ウロヴォロスはぎょろりとした二つの目でアリンちゃんを見据えて突撃する。

 彼女は攻撃を間一髪で避けると頭の角を攻撃した。


「グアアァァ!!!」


 ウロヴォロスはさっきまでの雄叫びとは違う声を上げる。どうやら角へのダメージが有効なようだ。この隙を狙って、傷が癒えた僕も魔弾で攻撃に参加する。


「断罪弾オルトリンデッ!!!」


 魔弾はウロヴォロスの右の角を1/3ほど吹き飛ばし、大きく怯む。


「ギアァァァアァァ!!!」


 ウロヴォロスは頭を壁に叩きつけながら暴れ狂う。


「今なら止めを刺せる…!!!」


 アリンちゃんがウロヴォロスに走っていった瞬間、ウロヴォロスから黒い雷のようなエネルギー体が飛んだ。

 よく見ると、それは折れた角から全身を伝っている。そして角の折れた所は、力が暴走したアリンちゃんのような黒いオーラを纏っていた。


「そうか…あの角であいつはマターを制御しているんだ…!!

すぐに逃げて!!そいつは力の制御を失いかけてるんだ!!!」


 僕の声がアリンちゃんに届いた時には最早手遅れだった。


 ウロヴォロスは折れた角を地面に叩きつけると、幾筋もの黒い雷がこちらに振り向いたアリンちゃんの体を貫き破壊した。


「……ガ…ッ……!」

 

 特に胸からは、噴き出すようにして血があふれる。右足もズタズタに引き裂かれ、最早原型を留めていない。


「あ……そんな……」


 立ち尽くしている僕をウロヴォロスは睨み付けた。反撃したくても、ショックを受けた僕の体は動かない。


「……あん……たの……相手は…………私……よ……!!」


 それでも、彼女はかろうじて動く左手で魔剣を掴んで抵抗しようとした。

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