第13話 追憶の鐘

 気が付くと僕は砂漠に立っていた。目の前にはオアシスが見えて、そこには前に会った格闘家の女の子が居た。

僕は彼女のいるオアシスに向かって走って行った。


でも彼女に手が届きそうになった時、オアシスと一緒に消えてしまった。周りに彼女の姿は無い。その代わりさっきは無かった半分砂の海に埋もれた建物が後ろにあった。

中からは女の子の叫び声と男の笑い声が聞こえる。

そこで恐る恐る扉を開いて中に入ったが、僕は真っ逆さまに落ちてしまった。




僕が目を醒ますと、そこはポートフレイの狭い宿だった。

昨日も今日もこの夢だ。僕は不安を感じながら兵団本部へ歩いていく。


「ハンナ、おはよう。」


兵団本部に近づいた時、アリンちゃんが僕を見つけて駆け付けた。


「あぁ…おはよう。」


 アリンちゃんは僕の隣に駆け寄った。彼女の背丈は僕より頭一つ分くらい高い。目線の位置の少し下に彼女の大きな胸が来るので、目のやり場に困る。

 たまに彼女の胸を見てしまいながら僕は兵団本部入口の階段を上る。


 兵団本部の狭い会議室に入ると、すぐにエリーゼさんの話が始まった。


「今日からヨシフ高山にある聖地・鬼面の沼に行くわ。あいつらが要石を集めるのを妨害する為には1つあれば十分なんだけど、欠片にさえ要石には膨大な力を秘めてるからリスクは最小限にしたいの。」


カインが少し困り顔で口を開いた。


「理論上は欠片一つで町一個木端微塵にする方法もあるので奪還の手段もそろそろ考えないといけませんよ…」

「それがすぐに出来たら今まで苦労なんかしてないわ。

それはカインだってよく分かってるはずよ。

情報は集めてるから、動きを見せたら粘り強く叩いていくしかない。」


そう言われるとカインは黙って壁にもたれかかった。


「エリーゼさん、ヨシフ高山はかなり遠くにあると思うんですが…どうやって行くんですか?」


ローシャの問いに、エリーゼさんは少し笑って言った。


「乗り物とか大丈夫?」

「うーん…乗った事無いです。」

「まぁ良いや。早速来て。」


カインが露骨に不安そうな顔をしたのが気になって仕方がない。


エリーゼさんに連れられて、本がたくさん置かれた部屋にやってきた。真ん中には何やら黒い穴が見える。


「みんな、ここに手を入れて。」


手を入れたのを確認して、エリーゼさんは詠唱を始めた。


「…始動、我らを導きたまえ!」


次の瞬間、僕はとんでもない勢いで歪んだ通路の中を移動しているのが分かった。


「いやぁぁぁああああぁぁ!!!!」

「止めて止めて止めて止めてぇぇ!!!!」


ローシャとアリンちゃんが、恐怖から物凄い金切り声を上げた。

僕はというと、何故かあまり怖くはなかった。生きて帰れるというのが分かっていたからだろうか。


しばらく高速で移動しているうちに、目の前に光が現れた。

僕達はそこに飛び込んでいった。



飛び出た先は、建物の中庭だった。

「もう絶対行きたくねぇ……」

「ホント…嫌……」

エリーゼさんは青ざめた顔の二人を見てニヤニヤしている。


……ん?そういえば一人足りない?


歩こうとすると、何かが足に当たった。


「うわあっ!!」


足に当たったそれは、生気を失った顔で倒れたカインだった。


「大丈夫!?」

「ハァ…ハァ…死ぬかと…思った……」


……そんなに怖がりとは知らなかった。


カインに手を差し出すと、彼はゆっくり立ち上がった。


「ここは…?」


辺りを見回すと、そこそこ発展した都市で、北には大きな山があった。


「ここはアバカン。中央州最大の町よ。あそこに見えてる山がヨシフ高山。」


エリーゼさんは指さしながら説明した。

どうせならあの山の所まで行きたかったが、転移魔術は行き先になるビーコンを敷設するのにかなりのコストを要するので仕方がない。




街を出てヨシフ高山に上ると、聖域を示す虹の結界が姿を現した。その先は白い霧でどうなっているか見ることは出来ない。


 いざ入ろうとすると、妙な事が起きた。結界は壁のように僕達を拒んだのだ。


「先客が居たって事か?」

「それが革命軍リベレーターなら、遭遇して即戦闘もあり得るわね。」


カインとエリーゼさんの言う通りだろう。僕は魔弾を銃杖に装填し、岩の影に隠れた。他の皆も各自場所を探して隠れた。


しばらく待っていると、結界の奥から二人が歩いて来た。

その二人には見覚えがあった…砂漠で共闘した槍使いと格闘家だ。驚きのあまり、一瞬声が出そうになった。


エリーゼさんは自らの小指を一匹の小鳥に変えて彼らを追わせた。


「もう行ったわね。ハンナ、どうしたの?」

「ああ、あの人達…一緒に狩りをやった事があってさ。」

「ふーん。意外に世間って狭いのね。」


アリンちゃんと話していると、ふと最近見ていた夢を思い出した。


「僕、あの子達を追ってくる!」

「待って!様子見てからじゃないと…」


背筋が凍り付くような感覚を覚えながら、僕は彼女達が進んだ方へと駆け出した。

何とか後ろ姿を捉えてはいたが、麓の奇岩がたくさんある平原で彼女達を見失ってしまった。


 ふと地面を見ると首にかけた黒曜鏡は、光を反射してある方向を照らしていた。その向きは、鏡をどう動かしても変わることは無かった。


「そっか、これに付いて行けば…」


光の照らす方を追っていき、僕は寂れた村にやってきた。どの家もドアが壊れていたりしたが、三つの家だけは綺麗な外観を保っていた。そして、黒曜鏡はそのうちの一軒の大きな家の方を照らしていた。


恐る恐るドアを開けると、格闘家は腹を引き裂かれた状態で横たわっていた。


「…きちゃ………ダメ……」



そのあまりに悲惨な姿を見て、僕は魔術での回復を急いだ。


「待ってて!!僕が助けるから…!!」

「…ダ…メ………逃げ…て…」


傷は深く、僕の力では中々回復しなかった。


 そうしていると、部屋の奥から誰かがやって来た。


「あっれぇ?お仲間さんかな。」


帽子を目深にかぶった女がドアのそばに立っていた。腹の辺りに巻かれた包帯には血が滲んでいる。


「君には関係ないだろ。それより…この子に何をしたの。」

「まぁ…革命軍に歯向かったからこうしたのよ。」


「あ、そうそう。何もせずそこの子を見捨てて帰ってくれたら、このガブリエリに免じてあんたの命は助けてやってもいい。

でもそうじゃなきゃ、同じ目に遭うわよ。」


格闘家は捻り出すように呼吸をしながら僕をじっと見つめて、玄関の方を指さしている。


僕は端から彼女を信じる気なんて無かった。人を殺すのに慣れている彼女達が、ただで僕を帰すと思えない。

腰に隠していた小さな銃杖のロックを解除して女に向けて放った。魔弾は足に命中し、転倒した。


「不意討ち…あんたも中々ね。」

「お前に言われる筋合いは無い。」


僕は格闘家を連れて帰ろうとした。

が…その時、僕は足に強烈な灼熱感を覚えて転倒した。



 血が噴き出して止まらない。さっきまで座っていたはずの女は何事も無かったように立っている。


「言ったでしょ、同じ目に遭うって。この私に歯向かうからこうなるのよ。呪詛返しで私の足に与えたダメージをあんたに跳ね返したの。死なない程度のダメージなら何も問題は無い。」

「クソッ!!」

「さて、さっさと死んでもらおうかしら。」


ドアがもう一度空いて、誰かが入ってきた。


「この子達に何をしたの?」


声の主はアリンちゃんだった。


「待って…そいつには呪詛返しが…」

「黙れッ!!」

「きゃぁっ!!」


ガブリエリは火を帯びた杖の先で何度も何度も僕を叩いた。体のあちこちがやけどで腫れあがったり血が出たりしている。


「許さない…」


アリンちゃんはそう呟いて刀を抜いた。その瞬間に彼女の髪の一部が白くなり、体は黒いオーラで包まれた。


「はあああぁぁぁああああっ!!!!」


彼女は怒りで目を見開きながらガブリエリに斬りかかった。


その攻撃でガブリエリの首が斬り落とされ、胴体部分は途轍もない勢いで血を流しながら崩れ落ちた。


「はぁ…はぁ…大丈夫?」


優しい声でアリンちゃんはそう言った。

でも僕は、それどころじゃなかった。傷だらけの体を痛みに耐えながら動かして格闘家の女の子を抱き寄せた。



「今から…回復…するから…」

「ごめん…ね…ひどい…事…言っ…て…これ…は…多分…その罰…ね……」

「今そんな事気にしないでよ…!ただ助けたいだけだから…」

「…私は…マリー…ゴールド…名乗れず…死んだら…失礼…だし…」

「マリー…死なないで…」



マリーの手を握って僕の意識が遠のきそうになりながら必死に回復魔法を使い続ける…でもマリーの手はどんどん力を失っていった。その度に僕は、彼女の手を握りしめてあげた。

痛そうな顔をしていた彼女は次第に笑顔で僕を見つめるようになった。

僕は、彼女の死が近い事を悟らざるを得なかった。



「…………狩り…こう…ね……は…なこと…言わない…から……」


その言葉を最後に、マリーは完全に手を放してしまった。


「仲直りが最期の瞬間なんて…あんまりだよぉ……!!」


僕は涙を流して叫んだ。それを見ていた亜燐も、涙を流しながら傷だらけの僕を抱き寄せた。










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