第12話 二人遊び
僕が目を覚ますと、アリンちゃんがすぐ目の前で寝ていた。びっくりして顔を逆方向に向けて、そして昨日の事を思い出した。
あ…あのまま寝ちゃったのか…
とたんに恥ずかしくなってしまった。でも、僕の横で寝ているアリンちゃんの顔はいつもの何処か力が入っているような様子が無くて、見ていてとても安心する。
「んぅ…ふわぁぁ…」
アリンちゃんがあくびをして、起きてしまった。すぐに彼女と目が合った。
「あ、おはよう。ハンナ。」
彼女は寝惚けた顔でこちらを見つめている。その様子もまたなんだか可愛くて、じっくりと見てしまう。
「おはよう……アリンちゃん。昨日はよく寝られたかな?」
「うん、おかげさまで。」
他愛の無い会話をした後で着替えと荷造りをを済ませて二人で部屋を出ると、他のみんなが外で待っていた。
「戻りましょ、ポートフレイに。」
この時、そうエリーゼさんに言われてやっと肩の荷が降りた気がした。それから、また長い道を戻ってポートフレイに辿り着いた。
兵団で謝礼を手渡すと、エリーゼさんは声をかけた。
「ハンナ、今度……明々後日もう一つの要石を回収しに行くんだけど、来てくれるかな。」
「はい。別に構いません。」
理由は国を守る為なんて大袈裟なもんじゃない。ただ、アリンちゃんとまた一緒になりたいというあまりにも稚拙な理由だ。
エリーゼさんの部屋を出ると、カインがドアのそばで立っていた。
「協力してくれてありがとう。この先も、手伝ってくれるか?」
「うん。明々後日からもよろしくね。」
「そうだ…頼みがあるんだが、休みの間にアリンにこれを渡してくれないか?」
「別にそのくらいなら良いけど……」
カインが僕に渡したのは少しのお金、そして何かの薬だった。
お金はポーションの分だろうが、この薬は何だろうか。
「場所は兵団寮の104号室。頼んだぞ。」
ありがとう、カイン。これで僕はアリンちゃんと会う手段が出来た。
でも流石に今日はもう遅いので、明日尋ねてみる事にした。上機嫌で宿の部屋に入った僕は、中々寝付く事が出来なかった。
翌日、僕はここ最近着ていなかった戦闘用でない服を着て、兵団寮のアリンちゃんの部屋を尋ねた。
「あれ、ハンナ?どうしてここが分かったの?」
「カインにおつかいを頼まれてさ。はいこれ。」
「あいつにやらせとけば良かったのよ、そんなの。でも、ありがとう。」
薬とお金を渡した僕は、勇気を振り絞ってアリンちゃんにある提案をする事にした。
「あ……あの……アリンちゃん。今日もし暇なら一緒に街に行きたいなぁと……」
「あ、良いねそれ!何処行きたい?」
アリンちゃんは、嬉しそうに僕のデートの誘いに乗ってくれた。
「それは、君に任せるよ。」
「私もこの街来たばっかりだから、あんまり良い案内は出来ないかも。それでも良い?」
「うん。大丈夫。」
こう話しているだけでも、僕は堪らなく幸せだと思った。
「じゃあ…ちょっと服、着替えてくるから…待っててくれるかな。」
そう言うと、彼女は部屋の奥に入っていった。彼女の私服がどんなものであるか、楽しみにしながら部屋の前でソワソワしながら部屋の前で待っていた。しばらくすると、部屋の扉が開いた。
「お待たせ。久しぶりに着てみたけど…どうかな。」
アリンちゃんは緑色の東国風の着物を着て、控えめなデザインのカバンを持って玄関に立っていた。
「わぁ……すごく良いよ…!」
それはまるで、東国の恋物語に出てくるお姫様の挿絵みたいに綺麗だった。そんな彼女に連れられるように、僕は街に繰り出した。
アリンちゃんは、この前町を出る時に行列が出来ていた屋台が気になっていたようだ。
それは、港の遊覧船乗り場からすぐの所にあった。
「うわぁ…やっぱり並んでるかぁ…」
アリンちゃんが言うように、2,30人が屋台の前に並んで、次々と何かを買っている。
手に持っているものを見るとパンのような生地に肉と野菜を挟んだ料理だった。
屋台では巨大な肉の塊を回転させながら焼いていて、それを薄く切って生地にはさんでいる。僕には、それに見覚えがあった。
「そういえば…帝都にこんなのあったな…確か、カワープサンドだっけ?」
「そうなんだ。私もしばらく帝都に居たけど見た事ないや。」
「帝都付近のオアシスを転々として暮らすダークエルフの一族は、自らの教えで家畜の乳は利用するけど肉を食べる事が出来ないんだ。だから竜種を狩って、伝統的にこういう料理を作ってるらしいよ。」
「それがこんな所にもお店を出してるなんて、最近は凄いわね。」
そんな事を話している間に、列は伸びているように見える。僕たちはさっさとこの屋台に並び、カワープサンドを買った。
店の回転が速く、案外並んでいる時間は短かった。運良く空いていた屋台のすぐそばの海が見えるベンチで、僕たちは並んでカワープサンドを食べる事にした。
「うん!これ美味しいね。」
僕も、屋台は見たけれど食べた事は無かった。食べてみると外側の生地は柔らかくて、その下には特有の歯応えのある竜種の肉が沢山入っている。
野菜の食感、タレの辛みも良いアクセントになって食べていて飽きない。
「確かに美味しいや。並んだ甲斐、あったね。」
カワープサンドを食べ終わると、海を眺めていたアリンちゃんが話しかけてきた。
「ここからなら…故郷の日出国へもすぐに着くんだよね。」
「うん。ここは帝国の東の端だからね。」
ポートフレイは、かつて帝国とグレゴリが占拠した東国が戦争をした時の前線基地。
東国と和平を結んだ今は帝国最大の貿易都市でありつつ、世界最強と言われる海軍をも備えた活気溢れる街になった。
「そうだ、アリンちゃんには東国での思い出はあるの?」
「実は無いの。物心付く前に私達家族は帝国に引っ越して来たから。だからこそ、死ぬ前に一度故郷の景色を見てみたい。」
「死ぬ前に……?」
「あぁ…ごめんね。不吉な事言っちゃって。でも、外国に行くなんて中々出来る事じゃないからさ。そんな時間が私に出来るのはいつになるやら。」
少しうつむいた後にアリンちゃんは、黙り込んでしまった僕の肩を軽く叩いた。
「こんな話終わり終わり!私、欲しい武器があるから武器屋に行きたいんだ。良いかな?」
「もちろん良いよ。」
武器屋に行くと、彼女は刀ではなく細剣が置いてある所に行った。
「うーん…売り場には無いみたいね。」
「材料持ち込みで作ってもらう事も出来るみたいだし、聞いてみたら?」
「多分足りてると思うけど、一応聞いてこようかしら。」
アリンちゃんは工房のカウンターに行った。
「
「久々にすげぇ武器を頼まれたなぁ。でも姉ちゃん、こんだけ集めて貰って悪いんだが、これだと雷鳥の風切り羽根が足りてねぇですぜ。」
「えっ…それじゃ…」
僕は袋の奥にたまたまあった雷鳥の風切り羽根を出した。
「はい、これ。」
「え、本当に良いの?」
「うん。今日のお礼だよ。」
アリンちゃんは目を輝かせながら言った。
「じゃあ、これで作って下さい!!」
「良い友達居て良かったな、姉ちゃん!2時間くらいしたらまた来てくれ!」
店を出ると、僕達はあと2時間どう時間を潰すかという話になった。
「今度は私、ハンナが行きたい所に行ってみたいな。」
「えっ…良いよ僕は…」
「もう…遠慮しないの。」
「じゃあ…魔石のお店に行きたいな。なんとなく御守りが欲しいんだ。」
「良いね。ちょっと遠くになるけど、案内するわ。」
僕達は、街の中心から少し離れた魔石の店に入った。各国から仕入れられた魔石が、落ち着いた雰囲気の店の中にたくさん売られていた。かなり値が張りそうなものもいくつかある。
「あの…銀貨5枚で買うなら、どの辺りがオススメですか?」
とりあえず店の人に聞いてみる。
「そうね…ブラッドコーラルのペンダントとか、ピンクパールのピアスが人気よ。それぞれ水難避けと安産の加護が込められてるの。参考までに、その値段で買えるのはこの辺り。」
店員が指差した品物の中に一際目を引くものがあった。それは真っ黒な色をしていて、光に照らされると優しく光輝く石のネックレスだった。その引き込まれるような感じは、何だかアリンちゃんの瞳を彷彿とさせる。
「これは…」
「黒曜鏡のネックレスね…テスカトリポカの加護で、良くも悪くも見えないものを見せる石よ。でも、悪い事が見えても乗り越えれば良い方向に向くはず。」
アリンちゃんは何処か不安そうだ。
「大丈夫?ちょっと不吉な感じがするけど。」
「うん。だってほら、なんか君に似てるような気がするじゃん。」
「そうかなぁ…」
銀貨5枚でこれを買うと、僕は早速自分の顔や手を写してみたりしてみる。やっぱり綺麗な魔石だ。そして店を出て日光に照らされると、この石は更に綺麗に、そして優しく輝いた。
「細剣ができるまで後40分くらいね。戻った頃には出来てそうよ。」
「そりゃ、僕も楽しみだ。」
所々寄り道しながら武器屋に戻ると、何やら人がたくさん集まって工房を覗いていた。どうやら、みんなアリンちゃんが発注した細剣に注目しているようだ。
「おっ、姉ちゃん。出来たぜ。でもお前、本当にこれを使いこなせるのか?」
アリンちゃんは出来たばかりの細剣を持って武器の試斬スペースに移動した。野次馬が部屋のすぐ前まで来ていた。
白い鞘から剣を抜くと、黒い刀身はみるみるうちに美しい青白色になった。形状からして、どうやら細剣とは言いながら刃は付いているようだ。
構えた後に木を軽々と真っ二つにし、宙に浮いた木を突き刺すと、雷鳴と共に木は4つに引き裂かれた。着物を着ているとはとても思えない身のこなしだ。
アリンちゃんがこちらに満面笑みでグッドサインを送ると、野次馬からは歓声が上がった。何度か見てきた光景だが、何回見ても彼女の剣を振る姿は言葉では表せない程美しくて…でも何故だか怖さも覚えてしまう。
僕はアリンちゃんが満足そうに新しく買った武器の話をするのを聞きながら、夕方の街を歩いて彼女を寮まで見送った。
「じゃあね、ハンナ。また明後日。」
ほんの少しの名残惜しさを感じながら、僕は宿に向かった。太陽は海とは反対側に沈んでいき、街を穏やかな夕焼けの景色に包んでいった。
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