第8話 不穏の埋め火

 ローシャは長い弓に矢をつがえると、とてつもない速さでそれを放った。


「そんな程度で俺を倒せると思ったか?」


 セルバンテスは矢を手で払いのけるように弾きながら武器も持たずに突撃してきた。

僕は火薬の爆発を利用して威力を高めた銃剣の突きを繰り出したが、これも手で防がれてしまった。

 手を見ると、魔術で発生させたような渦が見えた。無詠唱で魔術を行使して自己を強化しているのだろう。


「ローシャ、時間を稼ぐ事は出来るかな?」

「出来なくはないけど、どうするんだ?」

「まぁ見てて……」


 僕は刃の先に手を当てながら詠唱を始めた。


「まぁ関係ねぇ…さっさと失せやがれ!!」


 ローシャとセルバンテスが徒手空拳で戦っているが、どう見てもローシャが押されている。焦る気持ちを抑えながら魔術の準備を進めていく。


「はあああぁ!!!」


 セルバンテスがローシャの腹を蹴飛ばすと、ローシャは気を失って倒れしまった。ほぼ同時に魔術の準備が完了した僕は、遮光眼鏡をかけて銃剣先をセルバンテスに向ける。


「パラライズルート…更に、カソードルゲイザー!!」


 まずはセルバンテスを魔術で拘束し、すぐさまレーザーの魔術を相手の魔力切れまで撃ち込む……

 自分の魔法の燃費は良いとは言えないので半ば賭けではあるが、今の状況ではこれしか出来ない。


「ッ……クソがぁぁ!!」


 セルバンテスの声が、レーザーを放出する音の中に微かに聞こえる。

 魔力不足からくる目眩に耐えながら、レーザーを放つ…が、ついにレーザーを放つ事は出来なくなった。


「ハァ……ハァ……無駄に抵抗しやがって…もういい…テメェから始末してやるよ!!」


 激昂して目を見開いたセルバンテスが僕に向かって走ってきた。


「やめろっ!!」


 アリンが駆けつけてきてセルバンテスに斬りかかったが、セルバンテスは刀を手で受け止めた。


「どんな業物だろうと、当たらなければ同じ事だ。残念だったな!」

「このままじゃ刀が折られちゃう……仕方ない……」


 アリンは手早く左手に持っていた刀をしまい、別の剣を抜いた。それは黒紫色をした細剣だった。


「狂い裂け…ティルフィング!!」


 アリンが左の剣で突きを繰り出すと、それを防ごうとしたセルバンテスの左腕は爆発するように吹き飛んだ。


「ああぁぁあぁっ!!!」


 セルバンテスは肩を押さえてしゃがみこんで、痛みに顔を歪めている。


「また…助けられちゃったね。」

「間に合って良かった…立てる?」


 アリンは、僕の手をつかんで立つのを手伝ってくれた。彼女の手は少しひんやりしてるように感じた。


「そういえば、あなたの名前は?」

「ハンナ・ブランシュだよ。見ての通り狩人さ。ありがとう、アリンちゃん。」


…ちゃん?思いがけず出てしまった呼び方に、僕は焦って赤面した。


「改めて…私は港湾兵団に所属してる黒嶺亜燐くろみねありんよ。」

「あっ!そういえばローシャは?」


 ローシャの方を見ると、寝そべったまま手を振っている。


「カイン、回復してくれ…全身が痛てぇ…」


 カインは慌てて駆け寄って魔術で回復を始めた。そうこうしていると、エリーゼが声をかけてきた。


「一回兵団に戻りましょうか。あ、ハンナとローシャも来てね。私達に協力してくれたから、謝礼金を渡すわ。」



 夜になる頃、僕達は兵団本部があるポートフレイにやってきた。本部につくと、僕達はエリーゼの部屋に入った。


「ハンナ、ローシャ、今日はありがとう。これ、少ないかもだけど謝礼金ね。」


 金貨三枚…武器の改造には十分な資金だ。ポケットに金貨をしまうと、僕は宿を探す為に本部を出ようとした。すると、カインが急いで入って来た。


「エリーゼさん、大変です!セルバンテスに話を聞いたら革命軍リベレーターの奴ら、要石を集めている事が分かりました!

一つが彼らの手中にあるのはほぼ確実です。」


 それを聞いて、エリーゼの顔は瞬時に険しくなった。僕もローシャも驚いて、その場で立ち止まった。


「何!?目的は分かるかしら?」

「いえ……それは何も……」


 要石は5つ集める事で、生命の蘇生など通常ではあり得ない魔術を可能にしてしまうというアイテムで、守護する為の仕掛けが配置された聖域に保管してある。

 かつては挑戦者も絶えなかったが、すべて集めた者は数名しかいないとか。そんなアイテムを革命軍リベレーターが手にいれているとは恐ろしい話だ。


「とはいえ…こんな話を無闇に広めては、それこそ革命軍リベレーターの思うツボよね…」


 混乱に乗じて何かをするというのは彼らの常套手段だ。魔族を排斥する為なら、彼らは手段を選ばない。



 僕はあれこれ考えて、ある一つの考えが頭にが浮かんだ。


「事情を知っている僕達で要石を集めるというのはどうでしょう?そうすれば、彼らの下に全ての要石が集まるという事態は回避出来ます。」


 エリーゼは頷いて僕の話を聞いた。


「分かったわ。明日、アリンも呼んで話し合いましょう。でも今日は一度解散ね。」


 ふと、アリンちゃんの事が気になった。


「あの…エリーゼさん…アリンちゃんは今何をしてるんですか?」

「アリン?あぁ…疲れてるから帰って早々に夕食も食べず寝ちゃったわ。」


 会いたいとは思ったが、寝てしまっているのなら無理に起こす訳にもいかない。この夜は手頃な宿を探してさっさと寝る事にした。



 翌日、僕は起きてすぐに兵団本部のエリーゼの部屋に行った。扉を開けると、昨日革命軍リベレーターと戦った全員が待っていた。


「よし、全員揃ったみたいね。とりあえず、昨日分かった事をおさらいしましょうか。」


 エリーゼがそう言うとカインはメモを取り出して、話を始めた。


「昨日セルバンテスへの事情聴取で、革命軍リベレーターは要石を一つ手に入れているらしい事が分かった。目的は不明。

対抗策としてハンナは、俺達で要石を回収しようと提案した…とまぁ、こんな感じだ。」


「でも、アタイ達にその実力はあるのかちょっと心配です。」


 エリーゼは自信ありげに答えた。


「平気よ。私は長命種族で80年前に試練を突破した人達の1人と戦った事あるけど勝てたし、みんな私が見てて十分な強さはあると思うわ。」


 彼女がそう言うのなら勝算が無い訳ではないだろう。


「聖域には早ければ今日の昼から出発するが、ローシャとハンナはそれでも良いか?危険な作戦ではあるし、日数も長いから別に辞退しても構わない。」


 僕は決まった仕事があるわけではないので、引き受けることに抵抗は一切なかった。ローシャは一瞬考えたような顔をしたが、すぐに、これ以上あいつらを好きにさせる訳にはいかない…と答えた。


「じゃあ、ここにいる全員で行くって事で良いわね。昼までに準備して戻って来なさい。」


 エリーゼがそう言うと、各自が準備に取り掛かった。


 僕は店に行って魔弾を購入し、兵団本部に戻ろうとした。すると、アリンちゃんの後ろ姿が見えた。


「アリン…ちゃん、あ、あの…改めて…よろしくね。」


 すっかり彼女の虜になった僕の口調は、いかにもたどたどしい。声をかけられた彼女は驚いたように振り向き、私の目を見て穏やかに微笑んだ。


「なんか上手く表現できないんだけど、こうなる気がしてたんだ。よろしくね!」


 僕にそう返すと、彼女はポーションを売っている店に入っていった。その時の黒くて綺麗な髪が脳裏にこびりついて離れなかった。今度は嫌われたくない…失いたくない…色々な気持ちを押し殺して、僕は兵団本部まで歩いた。

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