第142話 視線
その日の夜、柚希から呼び出され、今は柚希の部屋の前にいる。
軽くノックをすると、直ぐにドアが開き招き入れられる。
お互いがいつもの定位置に着いた事により、柚希が口を開いた。
「今日の帰りに話した事は覚えてる?」
あんな衝撃的なセリフを忘れる訳がない。
だが、その前に疑問に思った事を聞いてみる。
「口調が元に戻ってるな」
「当たり前でしょ? それとも家でも先輩って呼ばれたい?」
「いや、このままでいいです」
「それならツッコまないでよ」と言い、再度聞いてくる。
「それで? 覚えてるの?」
「ああ、忘れられる訳ないだろ」
「そう」
言いながら足を組み替えて
「沙月ちゃんの方が結果的に良かったって言ったけど、別に沙月ちゃんを利用してヒドイ事をしようとは思ってないから心配しないで。寧ろ二人にとって都合がいいかも」
俺達にとって都合が良い?
「どういう事だ?」
「それはまだ教えられないよ」
簡単には教えて貰えるとは思っていなかったが、やはり柚希が何か企んでいる事への不安は拭えない。
どうしたものかと考えていると、不意に柚希のスマホの通知音が鳴った。
今までの会議中に鳴った事が無かったので少し驚く。
柚希はスマホを少し弄ったあと、ポイッと枕元の方へ投げると、話を再開した。
「それと新島先輩の件なんだけど……」
思い出した! 柚希は楓に向かってヒドイ事を言ったのだ。
それを謝らせないと!
そう思い立ち上がろうとすると、柚希のスマホが震え出した。
今度はメッセージでは無く通話のようだ。
しかし柚希はスマホをチラリと見るだけで、通話に出る気配がない。
俺が居るから通話に出れないと思い
「一旦部屋に戻るから通話に出ていいぞ」
と言い、立ち上がろうとすると
「別に出なくて問題ないから此処に居て」
「いや、でも……」
「私が問題ないって言ってるんだからいいの!」
「ったく、わかったよ」
未だ震えているスマホを横目に座り直す。
それと同時に「さっきの事だけど」と切り出し
「新島先輩に謝ろうと思ってるから安心して」
「へ?」
思わず変な声が出てしまった。
さっきまで柚希に絶対に謝らせてやると意気込んでいただけに呆気にとられる。
聞き間違いかと思い聞き返すと「ふざけないで」と怒られてしまった。
「謝る事は良い事だけど、柚希が自分から謝るとは思って無かった」
「何それヒドイ! でも前までの私だったら謝ってなかったかな~」
「そうだろ? だから驚いてるんだよ」
「今はお兄ちゃんのグループとも仲良くしていかなきゃだから、新島先輩とのわだかまりを無くしておきたいっていうのが本音かな」
「という事は計画の邪魔をされたくないから謝るって事か?」
「それもあるけど、今後お兄ちゃんを心配させないって言ったからっていうのもあるかな」
「そうか」
「それに新島先輩にはヒドイ事言ったっていう自覚はあるから」
柚希が楓に謝るのは良い事だけど、計画の邪魔をされたくないから謝るというのはどうなんだろう。
でも、楓にヒドイ事を言ったと自覚して、俺に心配させたくないから謝るとも言っている。
どちらが柚希の本音か分からない。
「私から言いたい事はそれだけだから今日はもう解散ね」
こうして久しぶりの会議は終了した。
次の日、始業前に今日から始まる期末試験の勉強をしていると、柚希が教室に顔を出した。
昨日の様に俺にベッタリしてくるかと思いきや、柚希は楓の所まで行き、何やら話して二人で教室から出て行った。
暫くして楓だけが教室に戻ってきた所をみると、昨日言っていた様に柚希は楓に謝罪をしたのだろうと結論付けた。
そして予鈴が鳴り、期末試験が開始された。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り三日間続いた期末試験が終了した。
「やっと終わったー!」
と田口が心の底から叫んでいる。
通常なら皆から田口の高いテンションにしかめ面するクラスメイトも、今日だけは田口と同じ想いらしく、誰もツッコまなかった。
帰り支度をしていると、やはりというべきか、柚希が教室までやって来た。
驚くことに柚希は試験期間中もわざわざ休憩になる度に2年の教室までやって来ていた。
俺が「試験は大丈夫なのか?」と聞くと「今更慌てても結果は変わらないよ」と正論で返してきた。
帰り支度が終わり、いつもの様にグループ合流しようとすると、窓際に人だかりが出来ているのが目に入った。
何かあったのか? と人だかりに近づくと
「スゲー可愛い!」「誰か待ってるのかな?」「声掛けてみようかな」「お前じゃ無理だよ」
といった声が聞こえた。
誰か居るのか? と人垣を掻き分けて外を見ると、校門の所に沙月が立っていた。
何で沙月が居るんだ? と混乱していると、柚希が
「私が沙月ちゃん呼んだの。今日で試験休みだから遊ぼうと思って」
と満面の笑みで言ってきた。
だったら別に学校で待ち合わせなくてもいいだろ。
等と考えていると、柚希はおもむろに窓を開けて
「おーい、沙月ちゃーん!」
柚希が大きな声で呼びかけ、手を振っている。
それに気づいた沙月が手を振り返す。
一連の流れを見ていた男子達が
「柚希ちゃん知り合いなの?」「あの制服ってお嬢様学校で有名な桜臨高校だよね!」「紹介して!」
と、一気に柚希に注目が集まる。
少し困った顔をしながら
「えっと、友達ではあるんですけど……」
柚希にしては歯切れが悪い返事だなぁと思っていると
「とーもーやーさーん!」
沙月が俺の名前を叫んだ。
それを聞いた男子達が今度は俺に詰め寄って来る。
「佐藤君も知り合いなの?」「どういう関係?」「柚希ちゃんという後輩が居るのに羨ましい」
等と言いながら目をギラギラさせて詰め寄ってくるので、どう対処するべきか考えていると
「沙月ちゃんは友也先輩の彼女ですよ~」
と爆弾を投下すると同時に
「それと、私は友也先輩の妹です」
という言葉で男子のみならず、女子まで食いついてきた。
食いついてきた女子の中に早川も居て
「年下はべらすなんて、友也ってロリコンだったの?」
いきなりロリコン扱いしてきた。
流石にこれには反論しなければならない。
「ロリコンじゃねぇよ! 大体同じ高校生と付き合ってるんだからロリコンじゃないだろ!」
真っ向から反論すると、早川はニヤッと笑い
「ふ~ん、やっぱりあの子彼女なんだ~」
しまった! 嵌められた! と一瞬考えたが、別に隠す事でもないので開き直る事にした。
「まぁな。それじゃ彼女が待ってるからもう帰るわ」
と言ってその場を離れた。
「佐藤君はやっぱり凄いな~」「あんな彼女俺も欲しい」「パないわ~、佐藤君まじパないわ~」
と言った声を背中越しに聞きながら教室を後にした。
俺の後に着いてきていた柚希が
「あ~あ、私が妹だって知られちゃった~」
等と言っていたが、その表情はどこか満足そうだった。
昇降口を出て校門まで行くと、柚希が沙月の所まで行き
「今日はごめんね~。学校まで来て貰っちゃって~」
「大丈夫だよ~。友也さんが学校で人気な所みれたし~」
と言いながら手を繋いでキャッキャしている。
こう見ると、柚希が沙月を親友だと思ってるのが良く分かる。
「沙月、今日は柚希の我儘で悪いな」
「大丈夫ですよ~。そうだ! 友也さんも一緒に行きましょう!」
「それいいかも~、さすが沙月ちゃん!」
そういえば二人で遊ぶとか言ってたな。
「俺も混ざっていいのか?」
「問題ないです。柚希ちゃんもいいよね?」
「うん、私も大丈夫だよ」
「という事なので、早速行きましょう!」
そう言って二人が歩き出したので、その後を着いて行く。
着いた場所は駅に隣接する喫茶店だった。
なんでも、今日新発売のケーキがお目当てらしい。
「私と柚希ちゃんがコッチに座るので友也さんは反対側でお願いします」
「ああ、分かった」
席に着きメニューを眺め、注文を済ませる。
暫く雑談をしていると注文したケーキが運ばれた。
因みに俺はチーズケーキタルトを頼んだ。
二人が頼んだ新作ケーキを見て興奮気味に
「美味しそ~」
「ね~、それに可愛い~」
二人共「可愛い~」を連呼しながら写真を撮る。
写真を撮り終え、二人同時にケーキを口に運ぶと幸せそうな表情を浮かべる。
「どうだ? 美味いか?」
「すっっっっごく美味しいです!」
「先輩も頼めばよかったのに~」
沙月と柚希は新作ケーキに満足している様子だった。
ケーキを食べながら雑談していると沙月が
「柚希ちゃんはどうして友也さんの事先輩って呼んでるの?」
と疑問をぶつけた。
しかしこういった質問が来る事を予想していたであろう柚希は
「家以外では先輩って呼ぶようにしたの。ちゃんと公私は分けなきゃと思って」
「そうなんだ~、さすが柚希ちゃんだね」
上手いこと誤魔化す事に成功した。
今の質問のお返しとばかりに柚希が質問する。
「沙月ちゃんと先輩は何処までいったの?」
「「ぶふっ!?」」
柚希の質問に二人同時に動揺する。
沙月は顔を真っ赤にしてこちらをチラチラ見ながら
「えっと、それは……」
「それは?」
「き、キスはしました」
「キャー」
柚希はワザとらしい反応をしてこちらを見ると
「それじゃあさ、このケーキを先輩にあ~んしてあげれば?」
とんでもない提案が出て来た。
それに対し俺が反対すると「もしかして恥ずかしいの?」と煽って来た。
「別に恥ずかしくないけど、こんな所でやるような物じゃないだろ」
「え~、私なら平気だけどな~」
「柚希は平気だろうけど沙月が困るだろ?」
と言って沙月を見ると、フォークを持って
「と、友也さん、あ~ん」
耳まで真っ赤にしながら沙月がフォークを口元に運んでくる。
恥ずかしいならやらなければいいのに。と思いながらスプーンに乗ったケーキを食べる。
「キャー、ラブラブだねー!」
と柚希がはしゃいでいる。
その姿を見てイラッとした俺は
「今度は柚希の番だな」
と言ってやった。案の定柚希は固まる。
しかしそれは一瞬の事で、柚希はスプーンを手に持ち
「先輩、あ~ん」
とフォークを差し出してきた。
今度は俺が一瞬固まり
「本気か?」
「先輩がやれって言ったんじゃないですか」
「そうだけど……沙月はいいのか? あ~んされちゃうぞ?」
「え? 兄妹だし私は問題ないですよ」
「だそうですよ、先輩」
くそ! 柚希に一泡吹かせようとしたのが間違いだったか。
観念した俺は柚希から差し出されたケーキを食べた。
「どうですか先輩、美味しいですか?」
「美味しいです」
「先輩ってもしかして私のこと……」
「バカな事言うな!」
てへっ! とワザとらしく舌を出して誤魔化す姿にイラッとした。
これじゃ柚希に弄ばれてるだけじゃないか。
と考えていると、何処かからか視線を感じた。
辺りを見回すが、他の客はお喋り等に夢中でこちらを気にした様子もない。
気のせいかと思っていると、柚希のスマホから通知音が鳴った。
柚希はスマホを見ると、一瞬だけ険しい顔になったが直ぐに笑顔になり
「今日は楽しかったね~」
「そうだね~」
と、いつもの笑顔に戻っていた。
その後喫茶店を出て解散となった。
喫茶店で感じた視線は気のせいではなく、俺達が家に着くまで俺は視線を感じていた。
視線を感じる度に振り返る。
しかし誰も居なかった。
それを何度も繰り返す内に、知らず知らず背中に冷たい汗が流れた。
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