第32話 初めてのデート

 柚希に見立てて貰った服を着て、昨日よりも早く家を出た。

 10分前行動の新島を待たせたら何を言われるか分からない。

 新島が何を考えているかは分からないが、初デートには変わりない。

 ふと電車の窓に映った自分を見ると顔が少しニヤけていた。

 危ない危ない。キチンと表情を作らないとな。


『何ニヤけてんの? キモイ』


 と言われるのが容易に想像できる。

 楽しみにしてたとか思われたくないしな。


 ターミナル駅に着き、待ち合わせ場所まで歩いて居ると、上り線の改札から新島が出てきた。

 まだ約束の時間の20分前なのに。

 早めに家を出て正解だった。


「よ、よう新島、早いな」


 と声を掛けるとビックリした表情で


「え? 友也君こそ早いじゃん」


 と返されたが、違和感がある。

 そうか! 猫被ってるんだ。 俺しか居ないのになんでだろう。


「ああ、昨日10分前行動は当たり前って言われたからな」

「でも20分前はやりすぎじゃない?」

「新島を待たす訳にはいかなかったからな」

「友也君優しいね~」


 なんだこれ? 学校での新島とも雰囲気が違う。

 

「それで、これからどうするんだ? 買い物するんだったよな」

「うん、ちょっと見てみたい服とかあるから。ごめんね、付き合わせちゃって」

「いや、別にいいけど」

「ありがと♪ 行こっか」


 駅の近くに目当ての店があるという事で、二人並んで歩き出す。

 ターミナル駅なので構内は人が多い。ぶつからない様にと思っていたが様子がおかしい。

 前方から来る人はまるで俺達を避ける様にずれる。

 そしてすれ違いざまにこっちを見てくる。

 最初はどうしてか分からなかったが、すれ違う人の視線を追うと皆新島の事を見ている。

 新島の圧倒的な美少女っぷりで知らない人は気圧されてしまっているのだろう。

 そんな美女の隣を歩く俺はどう見られてるんだろうか?

 というか俺は視界に入っていないかもしれない。

 そんな事を考えていると不意にほっぺたをつつかれた。


「どうしたの? ずっと緊張した顔してるよ」

「いや、えっとデートって初めてだからどうしたらいいか分かんなくて」


 確かに緊張はしてたけど顔にまで出てたとは。


「へぇ~、今日はデートって思ってるんだ?」

「あ、ごめん。違うよな、買い物しに来ただけだもんな」

「私はデートだと思ってるよ」


 と吸い込まれそうな笑顔で言ってくる。

 その笑顔は反則だろ。自分の顔が熱を帯びるのが分かる。


「そんなに肩肘張んなくても楽しければいいんだよ」

「そ、そういうもんなのか?」

「楽しくなかったら二人でいる意味ないでしょ?」

「そ、そうだな」


 さっきから何なんだこのキャラは。

 普段よりも可愛いから余計やりづらい。


 目的の洋服店に着くと無邪気に洋服を見て手に取り


「これとかどうかな? 似合う?」


 と聞いてくる。

 こんなシチュエーションを俺が体験するなんて夢にも思わなかった。


「うん、超似合ってる」

「カワイイ?」

「あ、うん。カワイイ」

「じゃあ買っちゃおうかな~」


 まるで恋人同士のやり取りじゃないか!

 それにいつも見てる新島より可愛く見えるのはなんでだ!


「ねぇねぇ、佐藤君はどんなのが好き?」

「えっと、このスカートとかカワイイと思う、かな」

「じゃあこれ買ってくるね~」

「え? ち、ちょっと……」


 止める間もなくレジに向かって行った。

 俺のセンスだぞ? 本当に大丈夫なのか?

 でも、さっきのスカートを穿いた新島を想像すると似合ってるんだよな。


「ただいま~。買っちゃった」

「ホントにそれでよかったのか?」

「友也君が私に似合うと思って選んだんでしょ? なら大丈夫!」

「ならいいんだけど」


 本当に買っちゃったよ。 これ、後から請求とかされないよね?


「すぐ選んで買ったつもりだったけど結構時間経ってる。ごめんね、退屈だったでしょ?」

「いや、大丈夫だよ」

「近くに喫茶店があったからちょっと休憩しよっか」

「そうだな」


 洋服店を出ると斜め向かいに喫茶店があり、来た時に何故気づかなかったのか不思議だ。

 昔からある古風な喫茶店だ。店内も落ち着いていてBGMもいい雰囲気を醸し出している。

 二人掛けの席に向かい合わせに座りそれぞれ注文し、そんなに待たずにコーヒーが運ばれてきた。

 ちなみに新島はココアを注文していた。 意外な事にコーヒーが苦手らしい。


「コーヒーが飲めないって私子供だよね」

「そんなのは人それぞれだから気にする事は無いと思うぞ」

「ありがと♪」


「友也君はさ、どんな女の子が好きなの?」

「げほっげほ! いきなりどうしたんだ?」

「南に好意を持たれてるって知っても興味無さそうだったから」

「いや、興味が無いって訳じゃなくて実感が沸かないんだよ。ずっとぼっちだったし」

「じゃあ、告白されたら付き合うの?」


 新島のその言葉に俺の心の奥底にある何かが顔を出す。


「いや、俺なんかと付き合っても楽しくないと思うし、そもそも告白なんてされる訳ないって」

「ふ~ん」


 こういう時はどんな話題を出せばいいんだ? 

 新島は好きな奴いるのか? ってこれじゃ俺が気にしてるみたいだしダメだな。

 くっそ! 何か話題はないのか? 

 

『相手の事を話題にすればいいのよ』


 という柚希の言葉を思い出して、新島を観察しようと顔を上げると新島と目が合った。


「……」

「……」


 なんで新島はずっと俺を見つめてるんだ?


「……」

「……」


 新島の大きく透き通るような瞳に吸い込まれる様な錯覚に陥る。

 それに心なしか新島の顔が少し赤くなってるような……。

 

「………」

「っ……」


 可愛いな。それに新島の付けている香水の香りだろうか? ほんのりと甘い匂いがする。

 ずっとこうしていたいとすら思えてくる。

 俺は無意識に新島の名前を呼んでいた。


「楓……」


 俺の無意識の名前呼びで新島はハッ!っと意識が戻ったように俺から視線を外す。


「あ、えっと。ごめんない、この後用事あるんだった。先に帰るね」

「え? あ、ああ」

「お会計は済ませとくから、それじゃまたね」


 と捲し立てる様に言って店を出て行ってしまった。

 無意識とはいえ名前で呼んだのがマズかったのかな。

 俺も店を出て帰路に着く。

 今日の無邪気な新島が頭から離れない。

 帰りの電車に乗ろうとした時、スマホの通知音がなった。

 画面を見ると新島からだった。


「さっきはどめんなさい。せっかく付き合ってくれたのに」

「気にするな、さっきは俺も悪かったしな」


 これでやり取りは終わりだろうと思い、スマホをしまおうとすると、再び通知音が鳴った。


「これからは、楓って呼んでね♡」


 メッセージを確認した俺はその後家に着くまでの記憶が無かった。

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