7.逃亡と追跡の攻防戦

 多段関節状の腕を振り回す敵4体。その4体の猛攻で視界投影型ディスプレイインサイトビューには義体各部の異常を警告するアラートが鳴りっぱなしだ。展開しているはずの拒絶障壁ウィラクトシールドも数発で破壊される。単純に鞭みたく振るっているだけではないのか?

「ぐぁっ……」

 1本の腕が腹部を貫通、続けて2本が胴体を貫いてくる。義体が限界だ。敵も多いし、できれば省エネで行きたかったのだが……。

「パージ!」

 全身の機械式義体を全て切り離し、無形体アモルファス化する。パーツ類が落下していく。

「また作り直さないとなっ!!」


 敵4体が振り回す腕にかき乱され俺は人間型を止め、敵1体の目前で人型に再成形、手刀をさらに鋭く、光の刀を形作り、その刃を多段関節の隙間へと刺し入れる。俺が通過すると同時に敵の腕が切れ飛ぶ。

「っ!? う、うがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 腕を切断された敵は一瞬戸惑い、直後に斬られた部位を掴み、野太い悲鳴を上げる。なんか、切断面から煙が上がってないか……?


 悲鳴を上げる1体を気にすることもなく、残り3体が襲い掛かってくる。

 敵が接近するより早く肉薄し、フェイスカバーに迫撃掌アサルトを撃ち込み、さらに別の敵の背後に回り込みバックパックを引きはがす。最後3体目は攻勢手甲ガントレットで全身を打ち砕く。


 4体全員が鈍いうめき声を上げつつ落下していく。全員がエグゾスーツの破損個所から煙を噴き上げている。

「人間じゃ……ない?」

 スーツ破損個所からは、粘膜状のぬめりのある肉質が覗いていたように見えた……。

「……、今は調べる余裕はないか……」

 多段関節を持つ敵機が更に多数、俺に向かって接近してきていた。




 敵を10体ばかり落としたところで、さらにもう1機の敵空母が加わり、敵総数はさらに50ほど増えた。いつの間にか俺の周囲には多段関節持ちばかリになり、それも遠距離から重力波と遠距離攻撃による牽制ばかりで近寄ってこない。かと思えば、露骨に攻撃対象を要塞に変え、俺がフォローに向かうことを強要してくる。明らかにこちらの消耗を狙った戦術で、正直一番やられたくない方法だ。

「アッシュ! まだか!!」

 焦りの気持ちからか、聞こえないはずのアッシュに向け、俺は独り言ちる。


『確認しました! コースケさん! 無事ですか!?』

「アッシュ!!」

 要塞が向かっていた進行方向、そちらからこちらに向かってくる機影が5隻。アッシュ搭載の魔導艦、ファフニールを先頭として4隻の魔導艦がこちらに向け最大戦速で接近してくる。


「え……?」

 内、1隻から閃光……。ちょ、これ直撃コース!?

「うぁぁぁぁっとぉぉぉ!!」

 俺は焦って回避行動をとる。直後、俺が居た場所を何かが超高速で通過し、敵機十数体が粉々に吹き飛ぶ。


「ちょ、俺に向かって投槍砲撃つなって!!」

『ちゃんと避けれたでしょ? 効果的な援護射撃よ』

 思念波を通じエリーゼがシレっと言い放つ。いくら無形体アモルファスでもレミエルの投槍砲の直撃受けたら壊れちゃいけないPEバッテリーとか吹っ飛ぶっての。


 レミエルが投槍砲を放った魔導艦からマグナが飛び立つ。そのマグナは空を蹴り、残像を残しながら通過、あっという間に敵エグゾスーツが切り刻まれる。

『エリーゼ様から援護いただいておきながら軟弱なことを……』

 アルバートが空中を変態機動で飛び回りつつ、そんなことをのたまう。くそぅ、この間マグナの中でどんなことになっていたのか、エリーゼにばらすぞ。っていうか、あのマグナに"空中を蹴る"なんていう機能付けたっけ?


 他の魔導艦からも、翼の付いた飛行ユニットを装備したマグナが離陸し、要塞をかばうように隊列を展開する。


『こちらはメディオ王国軍! 所属不明部隊に告ぐ! 直ちに停戦し撤退せよ! さもなくば我が部隊を以って殲滅する!』

 エリーゼの強気な勧告が、思念波を通じて戦場に響いた。



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 重崩撃を打ち込むも、エムルスは腕を渦のように巻き、軽々と受け止めます。

「はん! あんたの"技"も、空中じゃ大したことないわね!!」

「ぐっ!!」

 エムルスは逆の腕を横薙ぎに振るってきます。私は障壁を展開し受け止め、遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートに着地します。

 エムルスは鞭のような両手を恐ろし速さで振り回します。私は遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートで空中を滑るように移動し、これを回避します。

 先日見た時は、彼女のスーツの腕はあのような状態ではありませんでした。何かが……、そう、とても嫌な予感がします。


 振るわれる腕を障壁で弾き、私は遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートを蹴って空を舞います。エムルスの頭上を飛び越え、既に彼女の背後に回り込ませていた遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートを足場とし、エムルスの背後に向けて──

「遅いんだよっ!!」

「ぐぇあ!」

 エムルスの脚がゴムのように曲がり、背後に居た私を上へと打ち上げます。関節の無い場所……、大腿部がぐにゃりと曲がったように見えました。よく見れば、足の装甲も細かく分離しています。


 エムルスが大きく振りかぶり、全力の叩きおろしが私を襲います。遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートを破壊しながら、私は要塞の方向に向け吹き飛ばされました。重力を段階的に発生させ、勢いを殺し、両足を滑らせつつ何とか要塞の上に着地しました。ついに要塞のところまで押し込まれてしまいました……。


 要塞の上にエムルスも着地します。

「うふふふふふ、"重撃姫"と呼ばれたアナタが無様ねぇ♪」

「私を……、その名で呼ばないでください……。」

 思いのほかダメージが大きいのか、声がしっかりと出ません。

「ええ、いいわ。もう呼ばれることもなくなるしね……」

 エムルスがゆっくりと近づいてきます、バイザーで顔は見えませんが、きっと嫌らしい笑みを浮かべているのでしょう。


 その時、周囲の状況が一変しました。新たな部隊が現れ、"帰還軍"を牽制します。


『こちらはメディオ王国軍! 所属不明部隊に告ぐ! 直ちに停戦し撤退せよ! さもなくば我が部隊を以って殲滅する!』


「はぁ? なによアレ……」

 不機嫌そうに述べるエムルスは、直後バイザーに左手を当てます。

「はっ? 撤退? 何言ってんのよ、あんな部隊くらいで……、時間?……、そう、仕方ないわね……」

 どうやら連絡が入り、彼らは撤退するようです。正直、助かりました……。

「チッ、いいところなのに」

 エムルスは私を一瞥し、背を向けて……、再度私を見ました。既に帰還軍は撤退を始めています。


「あんたに止めを刺す時間ぐらいはぁ、あるわよねぇ!!」

 腕のしなりを利用した高速の突きが放たれます。回避が──

 途端、私の体全体が何かに覆われ、グイッっと横方向へと引っ張られました。突きは私の横を通過し、要塞の屋根を削ります。

「ちょっと、邪魔しないでよ!!」

 私のすぐ横に青い焔が収束し、人型を形作ります。

「お仲間さんは引き上げてるぜ?」

「うるさいわね!!」

 エムリスの激高する声の直後、ドンッという鈍い重低音ともに、人型を作っていたコースケさんが弾けて消えました。

「コースケさん!!」

「重力波か、なかなか面倒な力だな」

 コースケさんの姿がエムルスのすぐ横に現れたかと思えば、その拳がエムルスの頭部バイザーを捉えました。


 破損し、飛び散るバイザー。その中から現れたのは、先日みたエムルスの顔……とは異なり、顔の半分がまるで軟体動物のような組織に変貌した顔でした。

「ぐがぁぁぁぁ!! な! なんなのよ、これはぁぁぁぁ!!」

 エムルスは顔の軟体組織から煙を噴き上げつつ、苦しみの声を挙げています。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 彼女は悲鳴を上げながら飛び去って行きました……。


「大丈夫か?」

 コースケさんに手を差し出されても、すぐには動けませんでした。私は最後に見たエムルスの姿は……、

「あ、あれは……、まさか……、感染者?」



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 ディール粒子、忌まわしきその粒子を媒介として流れるエネルギー、それに触れ焼けただれる組織は煙を噴き上げながら、激しい痛みを発していた。

「うぐぅぅぅぅあぁぁぁぁぁっ!! くそっ! くそっっ!!」

 朦朧とする意識の中、かろうじて空母にたどり着き、クリーンルームの中へと飛び込む。叩くように"洗浄"ボタンを押し、室内からあのいやらしい粒子が除かれるのをじっと耐える。


 室内は浄化されても、痛みはすぐには消えない。脳裏にちらつく"あの女"の顔。

「くそがぁぁぁっ! あの女!! くそ! くそ! くそ! くそ!」

 彼女は自分の腕をクリーンルームの壁に何度も叩きつける。しかし一向に苛立ちは収まらない。

「ころしてやる!!」


 脳裏に何度もちらつく"重撃姫"の顔。エムルスと呼ばれたこの女は、"感染"により既に正しい思考を失いつつあった。

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