6.帰還軍

 衛星軌道上、そこには"彼ら"が持ち込んだ兵器、質量弾降下装置"ゲイボルグ"があった。

 ゲイボルグにはGバッテリーが搭載され、重力操作が可能だ。そして重力操作により、衛星軌道上に漂う多量のデブリを回収・圧縮し、質量弾として成型する。装填できる質量弾は1発。しかし発射後には再びデブリを回収することで、約2週間ほどで質量弾を再生成することができる。

 "彼ら"はこれまでに2度、この兵器を使用し縮退炉を破壊してきた。そして今まさに3発目が発射されようとしていた。


 ゲイボルグに搭載されたカメラがターゲットを捉える。上空から見ればただの黒い丸。その名称を知る者ならば"防衛要塞アーク"と呼ぶであろう施設が対象だ。


 ──質量弾、軌道予測、予測完了

 ──衛星位置、軌道問題なし

 ──射角補正、発射位置確認、発射まで残り10

 ──9

 ──8

 ──7

 ──6

 ──5

 ──4

 ──3

 ──2

 ──1

 ──発射



 かくして地上のあらゆる物を穿ち破壊せしむ大質量の槍が放たれた。それは大気の摩擦にも耐え、対象となった物は何であろうとも破壊される──、はずだった。



 ──た、ターゲットが、い、移動しています!!



==================================================



「こ、この要塞、飛べるのですね……」

 フィルトゥーラが半分引きつった顔で言う。ここを占拠してすぐにレインが説明してたんだが、たぶん聞いてなかったんだろうな……。


 ここは防衛要塞アークの中央管制棟の中、コントロールルームだ。本来なら30人規模で各種管制を行うのだろう、多数の座席とコンソールが準備されている。が、残念ながら今はそれだけの人員が居ないため、中央のメインコンソール部にレインが座り、そのすべてを一人でコントロールしている。え? 俺とフィルトゥーラ? 役に立たないので、レインの後ろで邪魔にならないように静かにしています。


「センサー確認、上空からの攻撃……、来ます。衝撃に備えてください」

 コントロールルームにある巨大モニター、そこに映る後方の景色に一筋の光が走り、直後に凄まじい光があふれる。一瞬遅れて要塞全体が轟音と共に激しく揺さぶられる。


 光が収まった後には、粉塵を噴き上げるきのこ雲が発生していた。

「熱線、放射線などの反応はありません。爆発兵器ではなく、おそらくは質量兵器です」

「こんなの連発されたら逃げ場はないか……」

 もし連発できるなら既にやっているはず。連発しすぎると荒れ地だらけになってしまうから連発しない、という可能性もあるが……。


「連発は、できないです……」

 いつものような明るさの無い、神妙な表情で言葉を絞り出すようにフィルトゥーラが呟く。

「次弾装填に2週間ほどかかりますから、連続では来ないです……」

 2週間かけてどうやって次弾装填しているのか気になるところだが、とりあえずしばらくは安全らしい。


「いいのか? それはその、機密じゃないのか?」

 俺の言葉に、フィルトゥーラは静かに頷く。

「私のこと、"私たち"のことを、話します……」

 彼女は一拍おいて、再び口を開く。


「私たちは、火星からの帰還軍です……」

「火星!?」

 フィルトゥーラの言葉に、俺は意図せず素っ頓狂な声で返してしまった。

 火星に人類が居たとは知らなかった……。"帰還"って言ってるところからしたら、完全な異星人ってわけでもないんだろう。

「私は──」

 フィルトゥーラの言葉を遮り、コントロールルーム内にけたたましいアラート音が鳴り響く。

「非常に興味深い話の途中でしたが、ゆっくりさせてはくれないようです」

 レインの言葉と共に、大型モニターに2機の飛行物体が映る。最大望遠による拡大で、それが箱型の飛行船のような物であることがわかる。

「あれは帰還軍の飛行空母!」

「足が速いです、10分後には追い付かれます」


「レインはここで要塞を使って迎撃を! 俺は外に出る!!」

 コントロールルームの扉に体を向けつつ俺はレインに告げる。レインは頷き、コンソールに向き直る。

「フィルトゥーラは……」

 一緒に外へ! と言いかけ俺は飲み込む。相手は彼女の同胞だ。戦わせるのは酷だろう……。

「行きます、私も一緒に戦います!」

 既に彼女は意思を固めていたらしい。その瞳には強い意志を示す光が宿っていた。

「わかった、たのむ」


 ──第一種戦闘配備 これは訓練ではありません。 繰り返します……


 アラート音と共に鳴り響く戦闘配備の指示音声を背に、俺たちは要塞の外へと飛び出した。






 天井に接続している中央管制棟の頂上からドーム上部へと出る。晴れた空、明るい太陽の光がほぼ真上から降り注ぐ。頬に風を感じながら進行方向の逆、後方に目をやると、先ほどモニターで見た飛行空母が視認できる。


 飛行空母から多数の飛行体が発艦し、こちらへと迫る。

「100機は居るかな……、フィルトゥーラ、空中戦は?」

 俺の隣に立ち、彼女は両手の厳ついガントレットの調整をしている。

「生身より遥かに高く跳躍はできますが、さすがに飛行まではこの装備ではできません」

 あまりじっくり見たことは無かったが、フード付きの外套に隠された背中にも何かを背負っているらしい。どうやらこの装備で重力を操作しているようだ。対して、目の前に展開中の敵さんは空をスイスイと飛んでいるようだ。"エグゾスーツ"とか言っていたか、同じく重力を操作できる装備でも、性能が違うらしいな……。


「なら、俺が空中で迎撃、フィルトゥーラは要塞の上で──」

 言葉を遮るように、俺たちが先ほど出てきたハッチから何かが飛び出し、頭上で静止する。

遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピート?」

 8基の遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートが俺たちを囲むようにクルクルと宙を舞う。

『私はコントロールルームから動けませんが、ソレでフィルトゥーラのサポートはできます』

 レインの声が思念波で届く。レインは要塞をコントロールしつつ、遠隔で遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピート8基を操作し、フィルトゥーラをサポートするらしい。


「よし、ならノルマは50ずつか、なかなか重たいな……」

 気合を入れつつ、俺は自身の体表を装甲板へ変性させた。

「ぜ、全機落とさなくてもいいのでは……? というか、アッシュはどこに?」

 フィルトゥーラはキョロキョロと周囲を見渡しつつ聞いてくる。この娘、要塞占拠後に話した内容を本当に全く聞いてなかったらしい……。まあいっか、いずれわかるだろう。

「とりあえず時間を稼いでくれ、そうしたらアッシュが間に合う」

「え? あ、はい」

 頭上に疑問符が浮かぶような表情でフィルトゥーラは頷いた。やや締まらないやり取りの後、俺たちは要塞から飛び立った。


 フィルトゥーラは遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートの1基の上に立ち、その推力により上昇していく。俺も両足から思念力ウィラクトを発して上昇していく。



 正面から敵機3体が接近、両手に装着している機銃を乱射してくる。俺は両手に小型の拒絶障壁ウィラクトシールドを斜めに展開し、弾丸を受け流す。足から発する思念力ウィラクトを偏向させ身体をロールしながら3体の下をくぐる、交錯の瞬間、1体の腹を攻勢手甲ガントレットで撃ち抜き通過する。


 撃ち抜かれた1体がキリモミしながら落下していく。残った2体からミサイルが4基発射される。

「追尾ミサイルかっ!」

 ミサイルは俺の機動を追跡し急速に距離を詰めてくる。照準されないように不規則機動を取りつつ、速射束撃ガトリングで4基のミサイルを打ち落とす。さらに増えた敵機から機銃が十字砲火で殺到し、さらにミサイルも発射される。

「さすがに50機! 完全に四面楚歌だな!!」

 無幻残影デヴァイドミラージュで分身体を生み出し、デコイとしてミサイル追尾を回避、両手両足のフィールド発生器を全て推進力に変換、今までの倍以上の速度で敵機集団へ飛び込み、手あたり次第に叩き潰す。

「うぁぁぁぁぁぁっ」

 俺の接近に狼狽えた敵の悲鳴が響く。

「やりにくいなっ!!」

 胸部に一撃を入れ、敵エグゾスーツの無力化を狙う。打たれた敵は落下していった。単なる自己満足かもしれないが運が良ければ生き残れるだろう……。


「!?」

 突然、頭部目掛けて襲い来る何かが視界に映りこむ。俺は咄嗟に頭を腕で庇う。ギャギャギャという耳障りな音と共に、機械式義手の削れる振動。視界投影型ディスプレイインサイトビューには右腕損傷の表示が灯る。


 他のエグゾスーツと比べ特異な容姿、両手が多段関節になっている敵機が4体、いつの間にか俺を取り囲んでいた。多段関節の両手は、うねうねと気持ち悪い動きをしている。まるで鞭みたいだ。

 4体が一斉に動き出す!

「速っ!?」

 直後、雨のように襲い来る鞭の乱打が俺の全身を強かに打ち付ける。視界投影型ディスプレイインサイトビューは機械式義体各部の重大な損傷を知らせてくる。


「簡単には落とさせてくれないみたいだな」



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 レインさんが操作する遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートを足場にさせてもらい、私は空へと上がりました。"思念波に意識を乗せる"というのは、この星に来てから初めてやったことですが、レインさんやコースケさんとのやり取りで慣れたのか、今では戦闘中でも自然とできるようになりました。戦いながら次に飛び移りたい方向を"思念波に乗せる"と、レインさんがそれを理解し、遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートをその場所へ回してくれます。相手は戦闘用エグゾスーツで、私の持つ調査員用の簡易装備から比べると完全に上位互換品です。

「もう1機!!」

 遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピート8基を足場とした空中での機動は、彼らにとっては相当読みづらいのでしょう、圧倒的な装備差を覆し、私は"同胞"達を撃退していきます。


 ──こんなやり方は間違っていますっ!!


 もっと平和的な"帰還"もあるはずです。それを探るためにも── !?

 足場としていた遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートが撃破され、墜落していきます。


「任務放棄の次は裏切りかしら?」

「エムルス!!」

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