4.再会リリア

 街道警備実戦訓練は無事(?)終了し、おれたちはベネに到着した。今日明日とベネに宿泊、明日は休息日で、明後日に今度は正規の討伐部隊に同行して帰る予定だ。

 久しぶりのベネの町だ。訓練の一環とはいえ、これは里帰りになるのかな。

 本来なら討伐兵団の宿泊棟に泊まるのだが、おれはここに実家がある。あらかじめ教官に事情を説明したところ、この二日の宿泊は実家でしてもいいとの許可をもらった。


「1年半ぶりか……、」

 おれはその見慣れた木製家屋の前に立ち、以前なら毎日何度も出入りしていた木戸の前に立っていた。

 おれは8歳で両親を亡くした。近所の人達のお陰で何とかここまで生きて来れた。特にジェイスさん一家には実の息子のようにお世話になった。

 理解してもらえているとはいえ、おれの我儘で上京した手前……、なんだか妙に緊張するな。

「よし……。」

 おれは気合を入れ、木戸を開くために取っ手に手を──

「おかえりなさいルクト! 遅かったじゃない!! 待ってたんだからね!!」

 おれが取っ手を持つより早く扉が開かれ、中から幼馴染のリリアが飛び出してきた。潤んだ眼でおれを見上げ、両手で俺の右手を包むようにつかむ。

「リリア、ただい──」

「心配してたのよ手紙書いても全然返事くれないし返事くれても少ししか書かれていないし毎日ちゃんとご飯食べてるかなとか毎日ちゃんと睡眠とってるかなとか私とっても心配したんだからねルクトは夢中になるとすぐにご飯わすれたり夜更かししたりするんだから私が朝起こしに行ったときに徹夜で起きてた時なんてものすごくビックリしたんだからね私がやっぱり王都についていってあげるべきだったかなぁって何度も思ったし今でも何度も思うのよ私が一緒にいるべきって私準備もしてたんだよルクト明日休みだよね明日一緒に買い物行きましょう私の荷物もあと少し足りないだけだから明日買い物したら十分に準備が整うと思うの準備さえできれば明後日ルクトと一緒に王都へ行けると思う王都に着いたらどうしようかなルクトがお世話になってる下宿に私もお世話になろうかなルクトの部屋でもいいかなどうしよう恥ずかしいルクト王都で大変な目にあってるといけないし毎日一緒に居たほうがいいよねルクトもそのほうが安心だし私も心配ないし絶対そのほうが良いよねルクトそういえば少し様子がかわったね王都で何かあったのかな王都には女の人もたくさんいるよね私どうしようルクトが私以外の女の人と何かあったらって思ったら正気でいられなくなっちゃうよルクトもしかして王都で女の人と会ってたりしないよねルクトもしかして下宿に女の人いたりしないよねルクトもしかして女の人と話したりしてないよねルクトもしかして女の人見たりしてないよねルクトもしかして──、」

「これ、そのぐらいにしなさい」

 ジェイスさんがリリアの肩に手を置き、リリアを止めた、止めてくれた。話の過程でどんどんとリリアの瞳は怪しい光を帯び、握られたおれの手はミシミシと異音をあげていた。あと少し遅かったら、義手が握り潰されていたかもしれない。おれこの先、無事に生き残れるのかな……。ジェイスさん、"そのぐらい"ではなく、完全にやめさせてほしいです。


「息子が里帰りしたんだ。今日は帰ってくれ。」

 おれがそんなことを思っていると、ジェイスさんは家の中の誰かに向け言葉を発した。誰か来ていたのか?

「……、そうですか、残念です。」

 食卓で話をしていたのだろう、その男は席を立ち、外へと出てくる。

 背中まであるダークブラウンの髪を後ろでまとめ、開いているのかわからない程に細い目は、すれ違う時におれとリリアを一瞥した。特にリリアを見る視線には異常な熱を帯びていたように感じられた。

 おれはその背中が見えなくなるまで見送った。何の話をしていたのかわからないが、あの視線……。交渉に失敗したとしても、あれは諦めていない者の目だ……。





「私は反対しておるんだがなぁ……。」

 ジェイスさんはエールを飲みながら、そう零す。俺はジェイスさん宅で夕食をいただいていた。おれの正面にはジェイスさん、その隣は奥さんであるメリルさん。おれの隣はリリアだ。

 なんでも、リリアにはかなりの魔法適性があったらしく、本人の強い、非常に強い希望もあって、来年から王都の兵学校に入学する予定らしい。

 ジェイスさんは反対しているそうだが、「私の反対を聞くような娘じゃないからな」と諦め気味だ。

 おれが以前行っていた魔力袋アニマ拡張訓練の方法を手紙に書いたことがあったのだが、どうやらリリアはそれを毎日続けたらしく、その結果、魔力袋アニマがかなり発達し、今でも簡単な魔法なら行使できるそうだ。おれはどれだけ訓練しても効果がほぼなかったのに……。これが才能なのか……?

 だが、この状況。おれが手紙に訓練方法を手紙に書いたことが原因なのか……? なんだか申し訳ない気分になってくる……。




「るくとぉ……、むにゃ」

 膝枕ってこうじゃない。おれが先日見た膝枕は違った。

 夕食後、リリアは必要以上におれにベタベタとくっつき、ジェイスさんの厳しい視線に耐えかねたころ、おれの膝を枕にして寝てしまった。あ、涎が垂れた。


「すまんなルクト君、リリアは毎日君の話ばかりしておってなぁ。たぶん舞い上がりすぎて疲れてしまったんだろう。」

「はは……。」

 そうっすね、舞い上がり方が尋常じゃなかったですね。


「でも、王都にやるのは案外いいかもしれんな……。」

 ジェイスさんは少し遠い目をし、何かを思い出すようにつぶやく。

「もしかして、先ほどの客人ですか?」

 おれの言葉に、ジェイスさんの表情が一瞬曇る。

「リリアには特別な才能がある……。だからぜひとも自分たちの組織へ、という勧誘だよ。」

「組織?」

「"魔力の徒"という名の集まりで、魔法使いの地位向上を目的とした集団らしい。」

「それはなんとも……、」

 怪しげな組織だな。


「断っているのだが、しつこく連日勧誘に来ていてね……。」

 これはなんだっけ、コースケさんの記憶で見た……、悪徳商法? じゃなくて、カルト? なんか違うな……。

 確かに、王都までは勧誘に来ない可能性は高そうだ。仮にそこまで追いかけてきたとしても、王都ならおれが何とかできると思う。

「まぁ、しつこく勧誘されるだけだからな……。少し我慢すれば、いずれ諦めるさ……。」

「……、そうかもしれないですね。」

 おれがそう言った直後、遠くで爆発音が響き、遅れて家が微かに振動した。


「爆発!?」

「いでっ」

 膝の上にいるリリアのことを忘れ、おれは勢いよく立ち上がり、家から外へ出た。背後からは「ちょっとルクト、痛いじゃない」という文句が聞こえた気がするが、まずは確認が先だ。


 遠く、日が暮れて暗くなったにも関わらず、町はずれの空に赤く染まった煙が上がっている。

「あの場所は……、マグナ格納庫!?」

 町の主要施設は大抵中心部にあるが、マグナ格納庫だけは町はずれにあった。格納庫を町のど真ん中に作ってしまったら、出撃のたびに街中をマグナが闊歩しなくてはいけないからだ。そんなマグナや各種装備を格納している格納庫から火の手が上がっている。


「何があった! どうした!?」

 ジェイスさんに続き、メリルさん、リリアが家から飛び出してくる。

「兵団施設が燃えているようです。すみません、おれ行ってきます。」

「ルクト!!」

 リリアは不安気な表情でおれを見つめる。

「大丈夫だ、みなさんは家から出ないようにしてください!!」

 おれは振り向くことなく駆け、木々に隠れて見えなくなったところで背嚢に偽装していたアーマーを展開、両足のフィールド発生器を起動し、夜空へと飛び立った。



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「ルクト……。」

 私はやっぱり、まだ待つことしかできない。魔法の練習をして、魔力袋アニマが大きく成長したのに……。

 私もっとがんばる。もっと訓練して、魔法もたくさん覚えて、ルクトと一緒に戦えるように、いえ、ルクトを護れるように、ルクトが働かなくても大丈夫、私が戦えればルクトは安全よね、そしたらルクトはずっと家にいてくれて、私の帰りを待っていてくれて、おいしい料理作ってくれたりして、でも、料理よりもおれは君が食べたいよなんて──

「リリア!」

 背後からのお父さんの声に振り向く。お父さんが地面に倒れている。

「え?」

 直後、頭の後ろに何かがぶつかった──

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