6.終焉 ~エピローグ~

 魔王ディヴァステータは全滅、巨人ヨトゥンも全滅、住民たちも全て奪還した。

 幹操作点メインノードを押させているため、操作点ノードも増やせない。


 既にほぼ全壊したシェイドボディのみとなったオメガ。

「終わりだ、オメガ。」

 俺は落ち着いて、だが、怒りを込めて告げた。




『ふ、』

 シェイドボディが起き上がり、僅かに肩を震わせる。

『ふは、ふはっはっはっはっはっ!!』

 オメガは急に笑い出した。俺たち7人に緊張が走る。



『どうやら今回は私の負けのようだ。仕方がない、大人しく引き下がろう。』

 途端、シェイドボディは支えを失った張りぼてのように崩れ落ちる。



 唐突な沈黙。突然の事態に、全員が一瞬唖然とした。



『え、これで終わったのか?』

 あまりのあっさりとした展開に、戸惑いの声を上げるアルバート。


「いや、まだだ。」

 情報端末メディアが感知したネットワークトラフィック情報。そこには確かに流れていくモノが存在した。



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 リンクを切断。

 やれやれ、まさか自分で操作点ノードを切ることになるとは……。


 反省すべき点はある。これまで直接的に私を脅かす存在はいなかった。そのため、システムの脆弱性にこれまで対応していなかった。加えて、少々高い頻度で旧人種共に干渉しすぎた。


『今回はあえて辛酸を舐めよう。どうせ私には寿命は無い。ここでゆっくりとセキュリティ対策などしつつ、奴らが老いて死ぬまで待たせてもらおう。』

 忘れ去られた5体目の魔王ディヴァステータ。未完成品で名も無いこいつは、いい隠れ蓑だ。


『奴らが老いるころには、幹操作点メインノードの小娘も老衰死するだろう。そうすれば再び操作点ノードも展開できる。』


 それまでは少々退屈を持て余すが……、

『それも今回の教訓としておくとしよう。』



「大丈夫だ、退屈にはさせない。」

 そこには先ほどまで王都に居たはずの"奴"がいた。なぜここがわかった!! なぜこの空間にいる!?


『な、なぜだ!! どうやってここへ!?』

「お前の通信は全く隠ぺいされてない。ダダ漏れだから追跡しやすい。」

 奴は腹立たしい仕草で、私の欠点を指摘してくる。


『そうか、幹操作点メインノードから……!! な、なにぃぃ!?』

 奴の背後から、黒いシミがこの空間へと広がっていく。

 シミに侵食され、この空間が消失していくのが分かる。


「システム・アルファで占有した思考領域を利用させてもらった。王都の住民5万人からのDDoS攻撃だ。」

 ここの領域が無意味なデータで埋め尽くされていく。私の身体も足から消えていく。


『な、わ、私が、消える! 私は新人類! 人類種の革新を体現する者だぞ……!? こんなところで滅びてよいはずが無いっ!! 私の消失は大いなる損失だ! 人の! 人類史上における、最も重要な──』

 気が付くと口が消え、声が出なくなっていた。


 奴はひどく侮蔑した表情を私に向けていた。

 許さん! 私に向かって!!

 このようなことが許されて──




 ──プツッ ツーーーーーーーーー



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 オメガが逃げ込んだ先。そこは無意味なデータに埋め尽くされ、闇の中へと消えた。

 俺はそこまでを見届けるとその場所から出る。


 意識は一気に王都郊外にあるアモルファスボディに戻る。




「……、終わったな。」


「ええ、終わりました。」

 俺の言葉にレインが答える。


「皆も、ありがとう。助かった。」

 俺は皆を振り返りつつ、礼を述べる。


「べつにお前のためじゃない。」

 フィーデはぶっきら棒にそういうと、颯爽と姿を消す。

 なんだかテンプレ過ぎて感動すら覚えるんだが……。



「礼には及ばないわ。お互い様よ!」

 レミエルのコックピットを開き、エリーゼが告げる。


「まあ、貴様にしては良くやったかな。」

 アルバートは少女を抱えた状態でコックピットから姿を現す。


『皇帝陛下も、奴に操られていた、ということか……。』

 白銀の仮面で表情は見えないが、思念波に伝わる声のトーンは低い。

「ハーヴァシター卿……。」

 エリーゼは気遣わしげにつぶやく。


『エリザベート殿下、私にチャンスをいただけないだろうか。』

 殲滅卿はエリーゼに向き直し、姿勢を正す。


「……、聞かせて?」

 エリーゼが先を促す。

 殲滅卿は腰を折り、軽く頭を下げた状態で続けた。

『今回の侵略は皇帝陛下のご指示によるもの。それもおそらくはオメガ、奴の干渉の影響だと考えられる。』

 僅かに視線を上げ、なおも言葉を続けた。

『ならば、奴が滅された今、侵略を続ける理由は無い。私は帝都に戻り、陛下に"停戦"を上奏する。』


 しばし睨み合うように制止する2者。


「……わかったわ。ハーヴァシター卿の言葉を信じましょう。」

『ご厚情に感謝する。』

 殲滅卿は更に深く頭を下げる。


 そのとき、王都から騒がしい声が聞こえてくる。

 どうやら正気に戻った住民たちがなにやら混乱しているようだ。


「アル! 住民たちが大変よ!」

 そういつつ、エリーゼは俺に一瞬ウインクし、その後レミエルのコックピットを閉じて、王都に向けて駆けて行った


「え、エリーゼ様!?」

 アルバートも慌てて後を追う。


『卿らにも世話になったな。』

 殲滅卿は俺、レイン、ルクトへと順に視線を移す。

『また会おう。』

 殲滅卿はふわりと浮き上がり、東に向けて飛び去る。あのまま飛んで帰るのか、やはり生身とは思えない……。




「コースケ……」

 フルフェイスを開き、素顔の状態でルクトが話しかけてきた。ここまで1年以上、毎日鏡で見ていた顔が目の前で動いているのには何やら不思議な感覚がある。

「……さん。」

 え、急に敬語?


「どうした、いつもみたいにコースケでいいんじゃない?」

 俺の言葉に、ルクトは少々ばつが悪そうな表情だ。


「いや、実際に合ってみると、かなり年上だなって……。」

「……、まあ、話しやすい話し方でいいけど……。」

 ルクトは小声で「ならこれで」と言いつつ続けた。


「この装備、このまま、おれが使っていいです?」

 ルクトの身体には俺が取り付けた義手義足、それにパワードアーマーが装着されている。


「構わない、というか、むしろルクトの身体をずっと借りっぱなしで、かなり無茶もしたし。そのくらいお安い御用だけど……。」

 いや、装備外したら手足なくなってしまうから、どちらかと言えば外せないんだが……。


 俺の言葉に、ルクトは嬉しそうに軽くガッツポーズをとる。

「よっし! なら、今日からおれが"ソルドレッド"ですね!?」

 なんかやたら喜んでるけど、そんなになりたかったの!?

「あ、ああ。いいけど……、でもルクトはマグナ乗りが夢だったんじゃ──」 

「それはもちろん。でも、王都を護るヒーローってかっこいいじゃないですか!」

 俺の問いかけに、ルクトはキラキラとした目で答える。これってアレか。もしかして中二のアレか?


「早速、混乱する王都の人々を助けてきます!」

 フルフェイスを閉じ、ルクトは滑るように空を駆けて行った。


「あー、黒歴史にならなきゃいいけど……。」

 俺としては祈るしかないな……。




「……。」

 王都郊外の丘陵地にレインと二人だけで残された。妙な沈黙が二人の間に流れる。でも不思議と嫌な感じはしない。


「これから……、」

「はい。」

 レインは、話し始めた俺の言葉の続きを待つ。


「これから、どうしようか。」

「……。」

 レインはしばし沈黙する。


「私は……、私の使命は、"オメガの抹消"でした。"鈴城怜スズシロレイ"は、そのためにこの身体を造りました。」

 自分の胸に手を当て、暗い表情で俯きつつ、彼女は言葉を続けた。


「その使命が達成された今、私は……、存在し続けていいのでしょうか……。」

 レインが俺を見つめる。その瞳には悲哀と、そして諦念が滲んでいる。



「生きていくことに、許可なんてない。」

 俺はレインの両手を掴み、なおも続けた。

「やっと重荷が降りたんだ。これからは好きに生きていいってことだよ。」


「……、いいのでしょうか……?」

 レインの表情はそれでも暗い。


「何か目的が必要だっていうなら、お、俺のた、ために生きてくれ! ……、俺もレインのためにゴニョゴニョ──」

 言っていて途中から無性に恥ずかしくなり、顔を逸らしながら、そして末尾はだんだんと声が小さくなってしまったが、レインに伝えた。


 横目で見たレインは、一瞬何があったのかわからない顔をしていた。が──、


「はい……。」


 柔らかな笑みを浮かべつつ、レインは答えた。





 日が落ちていく。

 長かった、とても長かった一日が終わる。


 オレンジ色の光の中、真っ白なレインはとても綺麗に見えた。


 俺は彼女を救えただろうか。

 彼女を、その宿命から解放できただろうか……。


 いや、これが終わりじゃない。



「これからが始まりなんだな……、」


 レインは少し不思議な顔をした。俺は軽く首を振る。



 レインの潤んだ瞳が近くに見える。



 自然と近づいていく二人、そして……。


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