10.殲滅卿

『総員! 無理な交戦は避け、東方向へ退避!!』

 エリーゼからの指示が伝達される。

 視界投影型ディスプレイインサイトビューで表示されたコンパスが示す東、確かにそちらには唯一巨人が居ない。だが、巨人の呼び声で集まった多数の小型中型モンスターが立ちふさがる。


『ルクト! 東の退路を確保して!!』

『了解!』

 

「レイン、エリーゼの援護を頼む。」

 あの程度の群れなら俺一人で十分だ。それよりは巨人複数の相手をしているエリーゼの方が心配だ。

「むぅ、わかりました。コースケ気をつけて。」

「ああ、レインもな。」

 レインは渋々納得してくれたらしく、エリーゼたちの援護に飛び去る。

 俺は東側のモンスター群に向けて飛翔、両手で速射束撃ガトリングを撃ちこむ。小型モンスターが砕け飛び散る。


「げぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ」

 中型の黒い猿が跳躍し、飛びかかってくる。

「お前、久しぶりだなっ!!」

 掴みかかってくる手を弾き、脳天に踵落しを食らわせ叩き落とす。


 周囲、目算で中小数百のモンスターが一斉に俺に向かってくる。両手を広げ、左右に向けて速射束撃ガトリングを乱射する。

「シャァァァァァッ」

「キシャァァッ」

 小型モンスターがたちまちはじけ飛んでいく。


「ガルガァァァァァ!!」

 中型の狼が飛びかかってくる。突進に交錯するように頭を鷲掴みにし、迫撃掌アサルトで吹き飛ばす。


「おぉぉぉぉぉぉ!!」

 一方向に向けて両手の速射束撃ガトリングを撃ちこむ。よし、見通しの良い退路が開いた。


『エリーゼ!!……っ!!』

 振り返った先、そこには惨劇が広がっていた。


 バスティ機も既に大破し、巨人により踏み砕かれている。80余名の歩兵も残り10数名。まさに全滅状態だ。残っているマグナはレミエルのみだ。


『ルクト……、逃げなさいっ』

 レミエルの周りに3体の巨人が群がる。

『コースケ、来ては、だめ……、です……』

 レインは多段式魔導加速銃スコルペンドラを掃射し、3体の巨人に牽制を行っている。

「クワァッ!!」

 巨人の放つ思念力ウィラクトが命中し、レインが吹き飛ぶ。


「レイィィィン!!!」

「コースケ……、危ない……」

 レインの声が聞こえた気がするが、俺は構わずに突撃する。両脇の多段式魔導加速銃スコルペンドラを乱発、巨人の一体の頭部に連続命中し、巨人が腕で頭を庇う。


 弾切れの多段式魔導加速銃スコルペンドラは背部へ戻し、続けて左手で速射束撃ガトリングを撃ちこみながら、右手はチャージする。

 巨人の耳が目の前だ。

「くらえぇぇぇぇ!!」

 耳穴内部に向けて自壊迫撃アウトバーストを叩き込む。


「ガバッ」

 眼窩、鼻腔、口腔の全てから体液らしきものを吐き出しつつ巨人が転倒する。


「レイn──、」

 突然、巨大な物体と衝突、天地が回転し気が付けば地面に落下していた。


【WARNING】

【WARNING】

【WARNING】


 全身に一斉に赤色の警告表示が灯る。


 どうやら巨人に叩き落とされたらしい。気が付けば制限解放リリースも解除されていた。迂闊に突っ込みすぎたか……。


「ごはっ」

『レイン!! ルクトっ!!!』

 エリーゼの悲痛な声が響く。

 口に濃厚な鉄の味、鼻からも何かが漏れ出している。

 仰向けの状態で見上げた先、レミエルが2体の巨人相手にギリギリで立ち回る。更に残り1体の巨人は地面から何か拾い上げる。


「れ、レイン……、くっ、」

 このままじゃ、レインが、エリーゼが……、

 更にもう1体の巨人が接近してくる。巨人はその大きな足を持ち上げ、足の作る影が俺を覆う。


 俺はあちこち痛む体を起こし、左手をかざす。フィールド発生器が過剰圧縮の軋みを上げる。

 巨人の足が俺を踏み潰さんために落下してくる!



 次の瞬間、巨人の足がひざから曲がった。


 ひざが真横90度で曲がっている。あの方向には普通曲がらない。


「クルワッ?」

 巨人が素っ頓狂な声を出す。

 俺は気づいた。その巨人の向こう側、空に黒い人影が浮いている。


 黒い人影が両手を振りかざす。レインを持ち上げていた巨人の腕が捻じ曲がり、その手からレインが零れ落ちる。

「レイィィィン!!」

 俺は全身に鞭打ち、落下していくレインを空中で抱き止める。


「クルワァァァァァァッ!!」

 巨人が怒りの咆哮を上げながら、空中の人影に襲い掛かる。が、その人影は全く動じず、巨人に向けて右手をかざす。


「ク、クル、ククルゥ……、」

 巨人が急に動きを止め、頭を抱え震える。直後、巨人の頭部が潰れた卵のようにはじけ飛んだ。



『全隊、殲滅せよ!』

 空に在る人影の号令で、10機のマグナと魔法兵数十名が巨人への攻撃を開始する。


 腕の中のレインが僅かに呻く。

「うぅ、コースケ……、」

「レイン、すまない。」

 レインは俺の言葉にゆっくりとかぶりを振る。レインの義体にアクセスし状態をスキャンする。

 各部にダメージや破損は発生しているが、命に関わるほどではないようだ、よかった。


『無事!?』

 レミエルが周囲を警戒しつつ、俺の間近まで移動してくる。レミエルもかなりボロボロだ。装甲板も何か所か剥がれ、左腕は動いていない。真紅のマントなどは根元にその名残が窺える程度だ。


「ああ、俺たちは大丈夫だ……、それよりすまない、部隊が……。」

『これは指揮官、私の、責任よ……。』

 エリーゼは言葉を詰まらせる。周囲に生き残った歩兵も集まってくるが、10名も居ない。



「巨人……は?」

 腕の中でレインがつぶやくように述べる。


『我々の隊が戦っている、直に殲滅するだろう。』

 レインの問いに答えたのは、聞きなれない伝心ディチーテの声だった。

 先ほどの黒い人影、もとい黒いロングコートのような衣服を纏った男が、緩やかに舞い降りてくる。



『せ、殲滅卿……。』

 エリーゼがつぶやく。


『その呼び名はあまり好きではないな……、エリザベート・ナトリー・レミエル・メディオ殿下。』

 その黒いロングコートの男は、やや高い位置から見下ろすように述べる。青みの強い黒髪を背中まで伸ばし、顔面は全て白銀の仮面に覆われており、表情は窺えない。エリーゼがずいぶんと苦い表情をしているのは怪我のためだけではないようだ。


 殲滅卿。

 その名はルクトの記憶にある。ヴァラティ・ハーヴァシター、神聖レジオカント帝国軍機甲騎士団の団長。史上類を見ないほどの強力な物理魔法を操り、あらゆる魔法は効果が無く、破壊できないものは無いとまで言われるほどだ。あまりの力と、敵対するものは非情に殲滅することから付いたあだ名が"殲滅卿"だそうだ。

 噂によると、新兵の頃に大きな怪我を負い、顔に酷い傷があるために仮面を着けているとか。先ほどから伝心ディチーテで会話するのもそのためかもしれない。


 そんな殲滅卿と、その配下らしきマグナが10機。まさしく隣国である神聖レジオカント帝国の軍、メディオ王国としては緩衝地帯の領有権をめぐって対立しており、仮想敵国として設定されている間柄だ。


『そう警戒素無くても良い。今回、我々の作戦目標はあのモンスター共だ。』

 そう言いつつ、殲滅卿は巨人を見る。


 先ほどまで3体で暴れていた巨人どもは10機のマグナに包囲され、すっかり手玉に取られている。10機のマグナは連携し、巨人を転倒させた上で頭を潰していく。


『ずいぶんと処理に手馴れているのね、ハーヴァシター卿?』

 レミエルは警戒の色を解いていない。確かに10機居るとはいえ、非常に効率的に巨人を討伐している。

『ふむ……、我が国でもあれらはそれなりに発生したのでね。』

 ハーヴァシターは明言していないが、あの戦い様を見る限りでは、相当数を討伐していそうだ。


 そうしているうち、更に2体の巨人が丘を越えて姿を現す。

『帝国軍だけに任せられないわ。ルクト、まだいける?』

「ああ。」

 体中の痛みは既にカットした。順次ダメージコントロールを行い、体内のμファージが修復していくだろう。

「わたしも、いけます……。」

 レインの義体状態は先ほどより明らかに回復している。すごい修復速度だな……。


 俺とレインは揃って飛び上がり、新たに現れた2体の巨人に向け飛翔した。






 日も傾き、空が朱に染まる頃、やっと巨人の襲撃が止んだ。結局、更に5体も巨人を討伐、帝国軍も合わせれば10体以上倒したことになる。


『だいたい片付いたわね。』

 俺とレインがレミエルの近くに着地すると、エリーゼが声をかけてきた。

「ああ、これ以上の追加は遠慮願いたいね。」

 帝国軍を警戒しつつの戦闘だったため、正直かなり気疲れした。

 目的は"巨人型モンスターの討伐"とは言っていたが、そのまま信じるのも危険だし、警戒しないわけにはいかなかった。結論を言えば、警戒は杞憂だったわけだが……。


 観察していた帝国軍の動きでわかったが、巨人は頭部にコアのような部位があり、そこが弱点のようだ。そこさえ潰せれば即死する。しかし、頭部の外殻は特別硬く、更に内骨格まで存在するためコアを破壊するのは中々に骨が折れた。とはいえ、急所を意識してからは、割とスムーズに討伐できたと思う。


『大方の処理は終わったようだ。そろそろ我々は奴らを探して移動する。』

 レミエルと俺、レインの間近、ハーヴァシター卿が緩やかに降下してくる。


『完全にやつらを駆逐するつもりかしら?』

『我々は奴らを"侵略的外来種"と位置付けている。自国を護るためには駆逐することが必要だろう。』

『ここは"帝国領"ではないけれど?』

『だが"王国領"でもあるまい?』

 エリーゼとハーヴァシター卿の空気が張り詰める。心なしか周囲の思念力ウィラクト反応が上がっているような気がする。



 ふっ、とハーヴァシター卿が気を抜くと、一気に周囲の空気が軽くなる。

『今回は、"王国軍"の駆逐は任務に含まれてはいない。ここは大人しく退いておくとしよう。それに、メディオ王国のヴェタスマグナに加え──、』

 ハーヴァシター卿は俺たちに視線を向ける。

『油断ならない者もいるようだ。今の戦力では大きな被害が出るだろう。それは本意ではない。』

 こいつ、暗に負けないと言ってやがる。しかし、確かに奴の力と部隊戦力を考えると……。


『移動するぞ!』

 ハーヴァシター卿は再び浮かび上がり、マグナ10機を擁する500名ほどの部隊に移動を指示する。

 

「……、見逃されたということか……。」


 帝国軍部隊が東に消えていく。俺たちはそれを見送る。


「……ん?」


 北東方向。夕焼けに照らされ、朱に染まる美しい斜面を持つ山。それは周囲から少々飛び抜けた高さを持っていた。


「あ、あれは……富士山……?」

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